今週の礼拝メッセージ
2000.12.3(SUN)
見えない世界のクリスマス
新城教会牧師 滝元順牧師

<今週のメッセージの御言葉>
新約聖書 ルカの福音書1章26節?31節

ところで、その六か月目に、御使いガブリエルが、神から遣わされてガリラヤのナザレという町のひとりの処女のところに来た。この処女は、ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけで、名をマリヤといった。御使いは、はいって来ると、マリヤに言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」しかし、マリヤはこのことばに、ひどくとまどって、これはいったい何のあいさつかと考え込んだ。すると御使いが言った。「こわがることはない。マリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです。ご覧なさい。あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。

 早いもので十二月になり、クリスマスの時期が来ました。クリスマスの雰囲気が町に溢れています。しかし、世間一般のクリスマスは本来のクリスマスの意味から遠く離れています。今日私たちは、「見えない世界のクリスマス」と題し、クリスマスに見えない世界でどのようなことが起こったのか、また、現代でも、クリスマスの時期に起こる事柄として捕らえ、商売のために使われているクリスマスではなく、目に見えない世界で起こるクリスマスに目を向けて、この十二月、魂の救いのために働きましょう。
 ルカの福音書二章、そして、マタイの福音書をみると、オリジナル・クリスマス・ストーリーが記されています。そこに、一般の飾り付けでも登場しますが、多くの「御使い」が現れます。目に見えない世界には、神様の下で仕えている天使達が存在します。クリスマスの時には、特に、天使たちの働きが活発になります。イエス様の生まれる前、バプテスマのヨハネが誕生しましたが、ヨハネの誕生時にも天使が現れて、父親であるザカリヤに誕生を告げました。エリサベツとザカリヤは共に年をとっていましたが、子どもが生まれるというお告げから始まっています。ルカの福音書一章十一節からに、

『ところが、主の使いが彼に現われて、香壇の右に立った。これを見たザカリヤは不安を覚え、恐怖に襲われたが、御使いは彼に言った。「こわがることはない。ザカリヤ。あなたの願いが聞かれたのです。あなたの妻エリサベツは男の子を産みます。名をヨハネとつけなさい。』

 この夫婦には子どもがありませんでした。そして、主人も奥さんも年老いてしまい、もうこの夫婦に子どもが生まれるはずはないと誰もが思っていました。しかし、この老夫婦に子どもが生まれるという預言を天使が告げたことから、クリスマス・ストーリーは始まっています。また、その六ヶ月後、マリヤに天使が現れました。マリヤは処女でした。結婚もしていなかったマリヤに、一章二十八節で、

『御使いは、はいって来ると、マリヤに言った。「おめでとう、恵まれた方。主があなたとともにおられます。」』

突然、御使いによって語られたマリヤは戸惑いました。すると、一章三十節、三十一節に、

『こわがることはない。マリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです。ご覧なさい。あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。』

イエス様の誕生も御使いがマリヤに告げました。また、二章では、羊飼いが夜番しているところに天使が現れて、『きょうダビデの町にあなたがたのための救い主がお生まれになりました。この方こそ、主キリストです。』と伝え、彼らがダビデの町ベツレヘムに行くと、イエス様に出会ったと記されています。
 このように、クリスマス・ストーリー中に多くの天使たちの働きを見出すことができます。
 私は数年前、今の天皇ご夫妻にお会いしたことがあります。同席し、共にお茶を飲んだことがあります。とは言っても、父と田中先生が招かれたのに、ただついて行っただけですが。天皇ご夫妻の周りには、侍従たちや護衛が多くいて、第一の衛所、第二の衛所と衛所が多くあり、堅く守られていました。国を代表する人物なので、彼らに仕える人たちが多くいて、全くの別世界でした。
 しかし、私たちクリスチャンは、神の皇太子であり、王家の者たちです。見えない世界では天使達が多く私たちの周りで仕えています。
 外務省に働いていた人に聞いた話ですが、天皇陛下が海外に出張する時は大変だそうです。今回、スーパーミッションの順序を整理するために、台本を作ります。どんな時に何をするかという予定表を作り、その通りに集会を進めていきます。同じように、彼らが海外に行くときには、しっかりとした計画書を前もって作るそうです。どんな計画でしょうか。彼らの計画は、何時何分どこに行くというのではありません。それは、「三歩」歩いて何をするかという計画書だそうです。そのように細かい台本を作り、天皇がどこを歩くかを決めて、どこに警備を置くのかを前もって決めているようです。外務省の方々も大変だと思います。
 しかし、クリスチャンの周りはどのような状況か知っていますか。詩篇に一三九篇三節に、

『あなたは私の歩みと私の伏すのを見守り、私の道をことごとく知っておられます。』

と書かれています。三歩に一歩ではありません。主は、私たちの「一歩一歩」を全て知っておられるのです。天皇陛下は三歩に一つですが、私たちには天使が周りにいて、一歩一歩をことごとく知って守っているのです。見えない世界においてはこのようなことが起こっています。特に、クリスマスの時は、イエス様の誕生に関わって天使が真剣に働いたということです。
 神の働きが始まる前に、天使や天の軍勢が活発に働きます。この十二月は天使が日本で真剣に働くよう神に祈りましょう。私はいつも天使の絵を見て寂しく思います。悪魔は天使の姿を弱体化しています。天使というと、たいてい森永キャラメルのマークのような、蝶々の親戚のようなのを想像しますが、あれは違います。天使は戦いの軍勢です。私たちを守るために、剣を持った軍勢がこの集りの中にも、あなたと共に働いていることを知って下さい。
 そして、その背後で、更なる偉大な方の働きを見ることができます。バプテスマのヨハネの誕生の時に天使が、『彼は、ぶどう酒も強い酒も飲まず、まだ母の胎内にあるときから聖霊に満たされ、・・』と語りました。バプテスマのヨハネは、お母さんのお腹の中にいる時から聖霊に満たされていました。そこには神の霊である「聖霊様」が強く臨まれていました。また、イエス様の誕生は、聖霊様が臨まれたことによって起こされました。処女マリヤに聖霊が臨まれ、いまだかつてなかった奇跡が起こりました。それは処女が妊娠したのです。バプテスマのヨハネは、処女ではなく老夫婦の間に生まれました。しかし、イエス様は処女マリヤから生まれました。

『御使いが言った。「こわがることはない。マリヤ。あなたは神から恵みを受けたのです。ご覧なさい。あなたはみごもって、男の子を産みます。名をイエスとつけなさい。その子はすぐれた者となり、いと高き方の子と呼ばれます。』

 人間の力ではなく、聖霊の力が処女マリヤを覆ったときに、御子イエス様が生まれました。ここに偉大な聖霊様の力を見ることができます。また、バプテスマのヨハネの母、エリサベツとマリヤの間にも、聖霊様が働いたことが記されています。ルカ一章二十四節から、

『その後、妻エリサベツはみごもり、五ヶ月の間引きこもって、こう言った。「主は、人中で私の恥を取り除こうと心にかけられ、今、私をこのようにしてくださいました。』

と書かれています。この箇所を読み、皆さんはどのように感じられますか。聖書は推測しながら読むと楽しいものです。今、日本に「引きこもり」という問題があります。数百万人が家から出ることができず、引きこもっているそうです。
 ここに、エリサベツおばあさんは妊娠して、五ヶ月間引きこもったとあります。なぜ彼女は引きこもったのでしょうか。ここで、クイズを出します。エリサベツは、
1、宗教的なきよめの意味でエリサベツは引きこもった。
2、年老いてから妊娠したので恥ずかしくて外に出ることが出来なかった。
3、妊娠があまりにも精神的ショックであったため、それを整理するために五ヶ月かかった。
4、つわりがひどかった。
 さて、どれだと思いますか?なぜ彼女が引きこもったのでしょうか。その答えは、私にもわかりません。何れにしても、五ヶ月間引きこもっていました。しかし、彼女が外に出たきっかけは、イエス様を身ごもったマリヤがエリサベツを訪問した為でした。ルカの一章四十一節に、

『エリサベツがマリヤのあいさつを聞いたとき、子が胎内でおどり、エリサベツは聖霊に満たされた。』

と書かれています。マリヤがエリサベツに挨拶すると、母子共に聖霊に満たされ、子どもは胎内で踊ったのです。ここで聖霊様の働きがどのようなものであるかを見ることができます。特に、聖霊に満たされた人との出会いは、人生を変えるのです。そして、引きこもった人を引き出すのは聖霊様の働きです。持つべきものは、聖霊に満たされた友です。聖霊様に導かれた友だちとの交わりの中で、自分も聖霊に満たされ、妊娠しているお母さんはお腹の子まで聖霊に満たされるのです。挨拶の声だけで子どもが踊ったというのです。どんな挨拶をしたのでしょうか。この頃ならば、「おっはー」と言うのでしょうか。何と言ったかわかりませんが、挨拶したら子どもが胎内で踊りました。胎教というのがありますが、ご主人が聖霊に満たされ、お腹の赤ちゃんに「ハレルヤ」と挨拶すると通じるようです。今、妊娠中の奥さんを持つご主人方、聖霊に満たされてください。そうすると、バプテスマのヨハネと同じように、子どもが胎内で聖霊に満たされるのです。
 次に、聖霊様の働きは、最初にしるしを与え、その後に実体を与えるということです。この時のしるしは、おばあさんが妊娠したことです。これは考えられないことです。一般では信じられないことが起こりました。これはイエス様誕生のしるしでした。処女が妊娠するなど信じられないことです。しかし、その前に、マリヤへの励ましのためにも、エリサベツが選ばれたという役目もあると思います。
 その後で実体がありました。聖霊がマリヤを捕らえ、処女マリヤがイエス様を身ごもりました。それを知ったマリヤは、その事実を処理しきれませんでした。その時、天使が言ったことは、「見て下さい。エリサベツを。おばあさんなのに妊娠して六ヶ月も経っているのではないですか。神にとって不可能なことはありません。」聖霊様の働きは、このように、最初にしるしが来て、後から実体が来るということです。
 リバイバルも同じだと思います。最初にしるしが来ます。そして実体が来ます。ある意味で、私たちの教会に色々なしるしが起こってきましたが、これはこれから起こる実体への信仰を持つための神様からの励ましです。新城教会に、一九九二年に聖霊様が訪れました。あれは、「やがて、国規模でリバイバルが来る」という一つのしるしであると信じます。やがて実体が来るのです。皆さんのところにも最初、聖霊様の訪れが「しるし」として現され、やがて実体が訪れるのです。クリスマスの時には、聖霊様が強く働かれることを見ることができます。
 この十二月、天の軍勢が活発に動き、また聖霊様が強く働かれます。クリスマスの時期、見えない世界でそれらが起こっています。この十二月に期待して下さい。
 同時に、イエス様のお生まれと共に、敵の力も働きました。悪霊もクリスマスに真剣に働きました。クリスマスにどこで悪霊が働いたのでしょうか。聖書を注意深く読まないとなかなか、それを見い出すことができません。マタイの福音書、ルカの福音書を見てもクリスマスは喜びのしるしばかりで、「本当に、悪霊は働いたのですか?」と言われるかも知れません。しかし、注意深く読むと、その中に敵の策略を見ます。案外、クリスマス・ストーリー一般論の中で、実は敵の働きであったのにもかかわらず、美化されて騙されているものがあります。
 マタイの福音書二章一節から、

『イエスが、ヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東方の博士たちがエルサレムでやって来て、こう言った。「ユダヤ人の王としてお生まれになった方はどこにおいでになりますか。私たちは、東のほうでその方の星を見たので、拝みにまいりました。」それを聞いて、ヘロデ王は恐れ惑った。エルサレム中の人も王と同様であった。』

と書かれています。東の方から博士達が、(恐らくバビロニア帝国のあった方面だと言われている)何千キロも旅をして、イエス様を拝みに来ました。このストーリーを劇にしたり、東の博士は素晴らしい人たちだと思うかも知れません。イエス様を拝むために、何千キロも旅をして、素晴らしい人たちだと考えるかも知れません。しかし、これは美化されたストーリーです。これは、預言が成就されるために用いられたこともありますが、同時に暗闇の世界の動きをも見ることができます。新改訳聖書では、「博士」と訳されている言葉は、間違いではありません。しかし、よく調べてみるとギリシア語の原文で使われている言葉は「マゴス」という言葉です。これは他の箇所にも出てきます。使徒の働き八章にサマリヤの町にシモンという男がいたと記されていますが、その人の名を「マゴス・シモン」と言いました。これは、「魔術師シモン」でした。マゴスという意味は、「魔術師」という意味です。ではなぜ、博士と訳したのかと言われるかも知れません。「マゴス」という言葉が魔術師になる前は、「マギ」という言葉でした。バビロニア帝国後のメディアに属する人々に「マギ」というグループがおりました。彼らは当時の学問にたけた、知恵ある人たちでした。しかし、彼らの学問の中心は「占星術」でした。博士と言っても現代の博士の概念とは違う、「星占いの博士」でした。当時、バビロンから中近東には占星術が発達しており、彼らは星占いを通して実績をあげていました。そして、彼らは占星術を通して、天体に何らかの異変をキャッチしました。「これは何か、大王が生まれたのではないか」ということで、調べに行ったのです。彼らは占星術によってイエス様の所在を見つけだしました。最近は占いブームです。占星術は良く当たって素晴らしいという人がいます。気軽に占いが横行しています。簡単に占いに手を出してしまいそうな環境です。私は、霊的戦いという見地から、時々占いのホームページを見るのですが、動物占い、フルーツ占い、回転寿司占いまで、くだらない占いがたくさんありました。占いブームと言われていますが、絶対に占いには手を出さないで下さい。
 占星術により、イエス様の所在が大体エルサレム付近ではないかというところまで魔術師達は絞り込んで来ました。そして、当時の王ヘロデに出会い話を聞き、「ベツレヘム」で救い主が生まれるという情報をキャッチし、ベツレヘムまで出かけて行きました。そして星に導かれて、星がイエス様が住んでいる家に星が止まったと書かれています。
 「星に導かれた」といっても、何万光年も彼方にある星がどのように道を導くのでしょうか。生誕劇では、星からのスポットライトがイエス様の家に当たり、「ここだ」というのですが、そんなはずはありません。その真の意味は、占いによるものです。星が導いたということは、星占いによってイエス様の住んでいる家までを特定できたということです。占いは力のあるものです。イエス様のお生まれも察知し、イエス様が住んでいた家も特定しました。この事件は、イエス様がお生まれになってから二年くらいの時代的隔たりがあると言われていますが、占いは当たるかも知れませんが絶対に関わってはいけません。占い師の所に行くと全部あたるし、なくした物も見つかる。すごいと言う人がいます。しかし、関わってはいけません。なぜならば、その事から生ずる結果が悪いのです。イエス様が占星術者に発見された後に起こった事件を忘れないで下さい。それは、イエス様のいのちが狙われました。ヘロデ王はイエス様を殺そうとしました。そして最終的には、その近辺に住む、二歳以下の男子が全員虐殺されるという悲しい事件に発展しました。それは聖書の預言の成就でもありますが、占星術に関わるとどのような結果が現れるかについても教えています。だから、占いから離れるべきです。占い=降霊術です。今日本に占いが溢れていても絶対に関わらないようにして下さい。クリスマスの時は、まことしやかな神様の働きのように見える背後に悪霊の力、暗闇の力が働いているのです。私たちはそれをしっかりと見抜き戦っていかなくてはなりません。「昔、占星術に関わったことがある」という方は、今日はしっかりと悔い改めて断ち切って下さい。結果は「死の霊との関わり」になるのです。それは死と悲惨な破壊が起こる可能性を秘めています。
 このクリスマスの時には、天の軍勢、聖霊様も働かれますが、そのような暗闇の力も働くときです。私たちは聖霊に満たされ、霊の目をしっかりと開き、天の大軍勢と共に暗闇の力を打ち破らせていただきたいと願います。クリスマス集会においても、神様の御わざが現され、人々が御言葉を通してイエス・キリストを信じることができますように。十二月になり、ちまたではクリスマスの飾り付けで色々な楽しい雰囲気もあるかも知れませんが、見えない世界でクリスマスにどのようなことが起こっているのかをしっかりと捕らえたいと思います。
 このクリスマスに、更に天の大軍勢が動員され、日本において主の御わざが現されるように、また、聖霊様が強く働かれるように、占星術も星の力も完全に打ち破られるように。 先週、祈祷会の中で祈ったことがあります。それは、自分の星座についてです。あれは占星術的なものです。だから、星と星との間に巣を作って攻撃している悪霊の力が打ち破られ、つながりが完全に断ち切られるように祈りました。今日、もう一度、皆さんで祈りたいと思います。これらを簡単に考えてしまうことがありますが、それらも大きな死の力との関わりです。私たちは、占いに関わったことを神様の前に悔い改めて、たとい星の間に巣が作られていたとしても、そこから引き下ろされますように。今日は皆が聖霊に満たされ、喜びに満たされるように祈りたいと思います。一言お祈りします。

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