主を賛美せよ!!

2006.1.22(SUN)
新城教会 滝元 順師

旧約聖書 歴代誌第二 20章20節〜23節
こうして、彼らは翌朝早く、テコアの荒野へ出陣した。出陣のとき、ヨシャパテは立ち上がって言った。「ユダおよびエルサレムの住民よ。私の言うことを聞きなさい。あなたがたの神、主を信じ、忠誠を示しなさい。その預言者を信じ、勝利を得なさい。」それから、彼は民と相談し、主に向かって歌う者たち、聖なる飾り物を着けて賛美する者たちを任命した。彼らが武装した者の前に出て行って、こう歌うためであった。「主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。」彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、主は伏兵を設けて、ユダに攻めて来たアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので、彼らは打ち負かされた。アモン人とモアブ人はセイル山の住民に立ち向かい、これを聖絶し、根絶やしにしたが、セイルの住民を全滅させると、互いに力を出して滅ぼし合った。

 ハレルヤ!今朝、皆さんとともに礼拝を守ることができ感謝します。今日は「主を賛美せよ!!」というタイトルで学びます。
 新城教会に一九九二年、聖霊様が訪れてくださいました。その前後から、一つのしるしが与えられ、賛美が新しくされました。今、「ざわめき」という賛美が全国で歌われていますが、それは、新城教会の霊的流れが歌となったものです。それは私の弟、滝元開から始まりました。彼は普通の男で、昔は音楽的才能は私の方が上ではないかと思っていました。しかしある時から彼の上に、賛美が降ってくるようになりました。そして、その賛美が「甲子園ミッション」を通して、全国に流れて行きました。
 先週はアメリカ、ロサンゼルスで新しい「ざわめき」のレコーディングが行われました。それも、アメリカの有名なクリスチャン・ミュージシャンたちが協力してくださり、少しの予算で、大きな仕事をして来ました。その報告を少し聞き、主の御名をあがめたいと思います。これも、主への賛美です。

(滝元開先生の証)
 ハレルヤ!皆さんの熱いお祈りに支えられ、ざわめきのアメリカでのレコーディングが祝福されたことを感謝します。結論から言うと、主の大勝利が表されました。主が日本のリバイバルのために、これからの世界のリバイバルのために、立ち上がって戦っておられることを、目の当たりにした十一日間でした。毎日、一日が終わると、「すごい。神様はすごい!」と一分一秒すべてを、主が導いてくださっているのを感じました。紅海が分かれて歩いたような毎日でした。ロスに行く前、イザヤ書五章二十六節の御言葉が与えられました。
 『主が遠く離れた国に旗を揚げ、地の果てから来るように合図されると、見よ、それは急いで、すみやかに来る。』
 主が遠く離れた国、アメリカに旗を掲げてくださり、主が合図されると、「見よ、それは急いで、すみやかに来る。」と読みました。どんな人々が、急いですみやかに来て、この働きを助けてくださるのかと思いました。
 今回私は、メールだけでミュージシャンと予定のやりとりをしていました。「賛美を通してリバイバルを前進させていただくため、新しいCDを作ります。もしも時間が空いていたら、そして、予算はこれしかありませんが助けていただけたら、助けてください。」とメールしました。
 そうしたら、その中から多くのミュージシャンが私にコンタクトを取って下さいました。メールだけでしたので、果たして当日来てくださるのだろうか、はっきりわからない現状でした。ですから、あらかじめ誰が来ると、はっきり言うことができませんでした。そのような中、神様が御言葉を掲げて旗を揚げてくださったと信じ、アメリカへ乗り込んでいきました。
 アメリカに行く途中、イザヤ書十三章二節の『はげ山の上に旗を掲げ、彼らに向かって声をあげ、手を振って、彼らを貴族の門に、はいらせよ。』という御言葉が与えられました。「賛美の旗を山の上に掲げなさい」と言われたので、まず、とりなしの祈りから始めました。とりなしの祈りとともに、戦いの旗を街の上に掲げに出かけていきました。
 「グリフィスパーク」という山は、草木がなくはげ山のようでした。そこは、ロサンゼルスが一望できる場所でした。今回のレコーディングの中、主が勝利が打ち立てられ、賛美の旗印とともに、霊的戦いの旗印の下でレコーディングが始まると信じました。前半三日間の内、一日はレコーディングがありましたが、次の日にはまた、とりなしに出かけました。ロサンゼルスでレコーディングをするので、ロサンゼルス発祥の土台に祈りを置こうと出かけていきました。そこは、カトリック教会があり、偶像礼拝が行われている場所でした。多くの人がマリヤの元にひざを屈め、花を手向けていました。スペイン系の人が多くいました。悪しき霊的原動力が打ち砕かれるように祈りました。
 また、アズサ・ストリートにも行って祈りました。そこは、リバイバル発祥の地でもあり、今年、ちょうど百年が経つと言われます。その場所に百年前に聖霊が降り、大いなることが起こされました。しかもそれは黒人から始まったリバイバルでした。今回、多くの黒人ミュージシャンが助けて下さったので、そこに真実な火が燃えて、大いなるわざが起こされるようにと祈りました。そこには記念教会が建っています。百年前、その家の前でメッセージをすると多くの人が悔い改めて、イエス様を信じたそうです。
 次にハリウッドにある「キャピタルレコード」という所に行き祈りました。芸能界や音楽界の中心的な場所で祈りました。レコーディング前の三日間はとりなし祈り、主の旗を掲げれば必ず大きな勝利が与えられると信じて祈りました。
 そして金曜日から、日曜を除いて、五日間のレコーディングを行いました。毎日、朝から夜まで、ぶっ通しで行いましたが、約束通りすべてのミュージシャンが来てくださり、素晴らしいレコーディングとなりました。世界のトップミュージシャンでも、主を愛し、イエス様のために助けるという方が来られました。全部で、十八名のミュージシャンたちが助けてくださいました。多くのプロ・ミュージシャンが来て、素晴らしい賛美が成されました。
 一般の音楽界の方々と接する中で、「どうしてそんな人たちがあなた方の所に来るのですか。どういうコネクションがあるのか?」と聞かれます。「コネクションとは、イエス様だけだ」と答えました。そうとしか答えることはできません。イエス様は、「これは、わたしのプロジェクトだから、わたしがする」と語ってくださり、すべてのスケジュールを導いてくださったことを感謝しました。これから日本での作業が始まります。引き続き、お祈り下さい。イエス様に全ての栄光をお返しします。
(ここまで証)

 どんなにすばらしいCDができるのか楽しみです。神が人を動かされる時、奇跡的な動きが起こります。
 考えてみると、私も賛美がなければ現在、牧師をしていなかったかも知れません。私は牧師の家庭に生まれましたが、賛美が大嫌いでした。昔は、賛美歌と聖歌が中心でした。歌詞が三番、四番、五番までという、長いものが多かったです。当時の教会音楽はオルガンでした。足踏オルガンで、私の母が奏楽していました。
 私の中学生時代、ちまたはエレキ・ギターブームで、私は「ベンチャーズ」というグループの大ファンになって、彼らの音楽にのめり込んで行きました。この村で、最初にエレキ・ギターを購入し、朝から晩まで弾いていました。音を出すスピーカーがなかったので、ある日、有線放送のスピーカーにつないで演奏して、全部落に音が流れてしまったこともありました。私は毎日激しい音楽を聴いていました。当時はそんな音楽を聴く者は不良というレッテルが貼られ、私の中学時代は心配されました。
 しかし私の信仰生活の中で、心に入った思い出のメッセージがありました。ある牧師が、人の心には二羽の鳥が入っていると言いました。一羽は鳩、もう一方はカラスだと言いました。そして、どちらの鳥に餌を与えるかで人生が変わるというメッセージでした。そして、悪い音楽を聴いていると、カラスが餌を食べて大きくなり、鳩をつついてカラスに支配されるというのです。カラスは悪魔の象徴だと言いました。しかし逆に、いつもイエス様と共にいると、鳩が大きくなりカラスをやっつけると言われました。子どもの頃、そのメッセージが心に入りました。
 考えてみると、私はカラスばかりに餌を与えていると思いました。皆さんはどうでしょうか。もし皆さんの心の中に、鳩とカラスがいたら、どちらに餌をあげているでしょうか。
 私はいつも両親の隣の部屋で、ギターを弾いて両親と喧嘩していました。私は心が責められました。いつもエレキ・ギターばかり弾いて、賛美を嫌っていてこのままではいけないと思いました。そんな時、父が、「お前、一度エレキ・ギターで賛美歌を弾いてみろ」と道を開いてくれました。父にとって、それは大きな妥協だったと思います。
 私は得意になって教会でエレキ・ギターを弾きました。その時の皆の反応は、「こんなの聴いてはいられない」と怒って窓を開けました。
 しかし神様はそのような中、私たちを賛美の働きに導いてくださいました。「グロリア・シンガーズ」という、フォーク・グループを結成し、賛美をするようになりました。その頃は、エレキブームは去り、フォーク・ブームになっていました。私は賛美があったので、人生が支えられて来たと思います。賛美は単なる歌とは違います。

 人間だけに歌が与えられています。他の動物が歌詞を作り、メロディーを付けて歌っている姿を見たことことはありません。人間だけが歌います。それは単に楽しむ意外に、どうしても必要な事として与えられたのです。一日くらい音楽がない日があったらどういう感じでしょうか。音楽がない日があったら、異様だと思います。スーパーマーケットに行っても音楽が鳴っていなかったら、買い物する気は起こらないかも知れません。音楽に乗せられて、買い物するところがあると思います。昔、魚屋の前で魚の歌が流れていて、肉を買おうと思っていても、魚を買ってしまったことがありました。神様が人間に必要なこととして音楽を与えています。
 しかしかつて、日本から音楽が消えた日がありました。それは昭和天皇が死んだ日でした。その日は、日本から音楽が消えました。しかし平成の初め日、それは日曜日でした。教会では賛美がなされていました。それはある意味で、この時代に神様がリバイバルを起こしてくださるという、約束にも思えます。
 「第二歴代誌二十章」は、賛美について教えています。一節から四節には、先ほどお読みした内容に至る事件について記述があります。

『この後、モアブ人とアモン人、および彼らに合流したアモン人の一部が、ヨシャパテと戦おうとして攻めて来た。そこで、人々は来て、ヨシャパテに告げて言った。「海の向こうのアラムからおびただしい大軍があなたに向かって攻めて来ました。早くも、彼らはハツァツォン・タマル、すなわちエン・ゲディに来ています。」ヨシャパテは恐れて、ただひたすら主に求め、ユダ全国に断食を布告した。ユダの人々は集まって来て、主の助けを求めた。すなわち、ユダのすべての町々から人々が出て来て、主を求めた。』

 イスラエルと分かれて出来た「ユダ王国」に「カナン人」言われる敵国が連合を成して攻めて来ました。そして、目前まで近づいてきました。ユダの軍隊は彼らと比べると小さく、一気に攻め込まれたら滅ぼされてしまう危機的状況でした。そんな中で、彼らは何をしたのでしょうか。三節から四節に、

『ただひたすら主に求め、ユダ全国に断食を布告した。ユダの人々は集まって来て、主の助けを求めた。すなわち、ユダのすべての町々から人々が出て来て、主を求めた。』

とあります。危機に瀕した時、ユダの人たちが集まって主を求めました。国の存続の危機だったので、人々は声を上げて真剣に主を求めました。九節に、

『 もし、剣、さばき、疫病、ききんなどのわざわいが私たちに襲うようなことがあれば、私たちはこの宮の前、すなわち、あなたの御前に立って――あなたの御名はこの宮にあるからです。――私たちの苦難の中から、あなたに呼ばわります。そのときには、あなたは聞いてお救いくださいます。』

神の宮には、主の御名が付けられていたので、主の御名によって真剣に神を求めました。十二節から十三節に、

『私たちの神よ。あなたは彼らをさばいてくださらないのですか。私たちに立ち向かって来たこのおびただしい大軍に当たる力は、私たちにはありません。私たちとしては、どうすればよいかわかりません。ただ、あなたに私たちの目を注ぐのみです。」ユダの人々は全員主の前に立っていた。彼らの幼子たち、妻たち、子どもたちも共にいた。』

とあります。国の存亡危機に瀕したときに、幼子から年寄りまで出てきて、心から主を求めました。
 時々、危機に出会うことがあります。しかし、その中で勝利する秘訣は、心の底から主を求めることです。その時、主が助けてくださいます。
 今週、私はコロンビアの「カリ」という街に行きまので、来週の日曜日にはいませんが、次の週にその報告をしたいと思います。皆さんもぜひ、コロンビアの奉仕のために祈っていただきたいと思います。
 コロンビアは少し危険な国です。外務省のページを見ると「渡航延期を勧告いたします」と書かれています。国全体には危ないのですが、私が行く「カリ」という街については「カリは除く」と書かれています。なぜならば、十年ほど前、カリにリバイバルが起こったからです。「トランスフォーメーションT」にカリについてのレポートがあります。その街はかつて麻薬流通の中心地であり、暴力の街であり、多くの売春婦やゲリラがいて、アルコール中毒患者や麻薬中毒患者にとっては「天国」と呼ばれる悪名高き街だったようです。街に教会があり、クリスチャンもいましたが、教会やクリスチャンの力は弱かったようです。
 ある日、中心的な働きをしていた牧師が暴漢にピストルで撃たれて、瀕死の重傷を負いました。それで彼のために、街中のクリスチャンが集まって祈り始めました。しかし残念ながら、彼は亡くなってしまいました。けれども、その事件を通して、教会とクリスチャンが立ち上がり、「このままでは街が滅びてしまう。国は滅びてしまう」と、街のスタジアムに集まって、九十日間連続して真剣に街のために祈りました。その時、主がその街に訪れて下さったのです。それまで、多くの殺人事件や麻薬密売があった街に、主が訪れてくださり、犯罪率が下がり、麻薬組織が解体され、まだまだ完璧ではありませんが、前よりずっと良い街になったのです。
 私は今回、殺された牧師の教会で一週間奉仕をします。今は奥さんが牧会されています。去年、アメリカのヤキマに行くと、五千人の集会で奥さんが証をされました。その集会の後、ジョー先生と私とその先生で交わりをしました。そして、私にカリの街に来て欲しいとジョー先生を通して話が来ました。それで、行くことになりました。ぜひ祈って支えてください。主が訪れた街に行くことができることは感謝です。しかしまだ完璧ではなく、たくさんのニーズがあるので、そのために働いてくださいと言われています。神様の計画の中で、進みたいと願います。主がスケジュールを立ててくださるならば、スペシャルな時が待っていますから、心配していません。しかし、皆さんの祈りを必要としています。ぜひ祈ってください。
 昔も今も、主の働かれる原則は同じです。真剣に主を求めるときに、来てくださいます。神様は全てのことをご存じですが、私たちが主をお招きしなければならないのです。先日フィジーから来られたブニアニ先生も、「街にイエス様をお迎えしましょう。」と言われました。私たちも、そのように導かれていると思います。今日本は平和であるように思いますが、背後では、暗闇の力が働いています。すでに十年前と比べると、社会はずいぶん悪くなっています。先日、豊川市で殺人事件がありました。ブラジル人の家に強盗が入り一家の主人が惨殺される事件がありました。そして昨日、父親を亡くした少年が教会に来ました。私は、家族が癒されるように、また、日本に働く暗闇の力が打ち破られるように、心から祈りました。すでに社会は悪くなっていますが、もっと悪くなってどうにもならなくなってから助けを求めるのではなく、聖書の原則をよく理解して、街のために真剣に祈ることが大切です。
 今日の午後は「愛知県民の森」で祈るときがあります。ぜひ、真剣に日本のリバイバルを祈りましょう。ユダの住民がどうにもならない、敵が目前に迫って、奴隷にされるかも知れない、皆殺しにされるかも知れないという時、真剣に主を求めました。その時、何が起こったのでしょうか。主は、レビ人ヤハジエルに霊を注ぎ、今後起こることを告げられました。十四節から十七節に、

『ときに、主の霊が集団の中で、アサフ族の出のレビ人ヤハジエルの上に臨んだ。彼はマタヌヤの子エイエルの子ベナヤの子ゼカリヤの子である。彼は言った。「ユダのすべての人々とエルサレムの住民およびヨシャパテ王よ。よく聞きなさい。主はあなたがたにこう仰せられます。『あなたがたはこのおびただしい大軍のゆえに恐れてはならない。気落ちしてはならない。この戦いはあなたがたの戦いではなく、神の戦いであるから。あす、彼らのところに攻め下れ。見よ。彼らはツィツの上り道から上って来る。あなたがたはエルエルの荒野の前の谷のはずれで、彼らに会う。この戦いではあなたがたが戦うのではない。しっかり立って動かずにいよ。あなたがたとともにいる主の救いを見よ。ユダおよびエルサレムよ。恐れてはならない。気落ちしてはならない。あす、彼らに向かって出陣せよ。主はあなたがたとともにいる。』」』

 主を呼び求めるとき、必ず答えを与えてくださいます。祈りというパートが残されていることは嬉しいです。八方塞がりのような時があるかも知れませんが、いつも天は開いています。呼び求めたら、主は必ず答えてくださいます。もし皆さんの中で、危機に瀕しておられる方がいたら、叫んで下さい。主は答えてくださいます。
 何と答えてくださるでしょうか。それは、『恐れるな。気落ちするな』と答えてくださるのです。今日も主が皆さんに語っておられます。『恐れるな。気落ちするな!』
 ユダの人たちはこの預言を受け取りました。そして、二十章二十節から二十二節。

『こうして、彼らは翌朝早く、テコアの荒野へ出陣した。出陣のとき、ヨシャパテは立ち上がって言った。「ユダおよびエルサレムの住民よ。私の言うことを聞きなさい。あなたがたの神、主を信じ、忠誠を示しなさい。その預言者を信じ、勝利を得なさい。」それから、彼は民と相談し、主に向かって歌う者たち、聖なる飾り物を着けて賛美する者たちを任命した。彼らが武装した者の前に出て行って、こう歌うためであった。「主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。」彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、主は伏兵を設けて、ユダに攻めて来たアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので、彼らは打ち負かされた。』

 ユダの人たちは、兵力も武器もなく、連合軍に相対するだけの力はありませんでした。しかし神の御言葉を信じました。次の日、主が語られた通りに、戦争に出て行きました。その日の戦法はどんなものでしょうか。これまでの歴史にない、信じられない戦法を使いました。それは、賛美する者たちを選び、軍隊の最前線に立たせたのです。そこで彼らは賛美しました。『主に感謝せよ。その恵はとこしえまで。』

 先ほど、素晴らしい聖歌隊の賛美を聴きましたが、たとえば、今戦争が起こって敵が攻めてきたとします。今から五百年ほど前、この地では「設楽原の戦い」がありました。連合軍が攻めてきて、どうしようもない中にあるとします。その時、聖歌隊とゴスペルクワイヤーの方々に、「戦いの最前列に立って歌ってください。武器を持つ者たちは後ろに隠れてついていきますから…」と言ったらどうでしょうか。それは人間の楯、同然です。そんなことは考えられないことです。しかしこの時の戦闘では、ヨシャパテ王はそのような戦法を組んだのです。

『彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、主は伏兵を設けて、ユダに攻めて来たアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので、彼らは打ち負かされた。』

 「伏兵」とは、隠された兵士です。たぶん、天使たちが投入されたのかも知れません。何しろ、伏兵が出てきて、戦わないのに敵は打ち負かされたのです。
 私たちが旧約聖書を理解するときに、新約聖書の視点を重ねて理解すべきです。旧約に記録されている実際の戦争は、新約聖書の世界では「霊的戦い」です。「私たちの戦いは血肉の戦いではなく、霊的な戦いである」と教えています。私たちの人生に起こってくる様々な問題の背後に、霊的な敵が存在します。いつも私たちの背後に敵がいて、私たちを奴隷にしようとしている状況があります。そんな時、どうしたら勝つことができるのかという、霊的法則を教えています。それは、人生の先頭に賛美を置いて下さい。そうすれば、主は伏兵である天の軍勢を遣わし、目に見えない敵を一掃してくださるのです。
 この教会に聖霊が注がれる前、新しい歌が与えられました。なぜ新しい歌が与えられるのだろうかと思いました。それは「賛美が最前線に行く」ことを表していたと思います。
 一九九二年に聖霊が訪れてくださいました。その年、新城教会では、正月休みに一つのプログラムがありました。それは、「九十二時間連鎖賛美」でした。四日間ほど、ずっと賛美が続けられました。前にも後にも、それほど長い賛美をしたことはありません。その年に、主が訪れてくださったのには、霊的原則があるのです。
 人生にも同じ事が言えます。私たちが賛美を中心に置くならば、主が伏兵を遣わし、勝利を与えてくださいます。
 使徒の働き十六章二十五節から二十六節に、

『真夜中ごろ、パウロとシラスが神に祈りつつ賛美の歌を歌っていると、ほかの囚人たちも聞き入っていた。ところが突然、大地震が起こって、獄舎の土台が揺れ動き、たちまちとびらが全部あいて、みなの鎖が解けてしまった。』

とあります。パウロとシラスが捕らえられて、明日は死刑にされるかも知れないという状況でした。他の死刑囚とともに捕らえられていました。そのような中、パウロとシラスは賛美し祈っていたとあります。詩篇を見ると、「賛美と祈りは両翼」であると記されてます。彼らは牢獄の中で、賛美と祈りをしていました。他の囚人たちは聞き入っていました。普通なら、夜中に歌ったら怒られますが、彼らは聞き入っていました。囚人たちは、明日は殺されるかも知れないという恐れで、眠ることができなかったのだと思います。しかしその時、獄舎の土台が揺れ動き、出ることができました。十六章三十節から三十一節に、

『そして、ふたりを外に連れ出して「先生がた。救われるためには、何をしなければなりませんか。」と言った。ふたりは、「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」と言った。』

とあります。ここで家族の救いについて約束されています。家族がまだ救われていなかったら、皆さんの家で賛美してください。主が伏兵を設けて、霊的な獄舎が揺り動かされ、家族が救われます。
 この御言葉は偶然のように感じますが、背後には神の約束がありました。詩篇一四九篇一節から九節に、

『ハレルヤ。主に新しい歌を歌え。聖徒の集まりで主への賛美を。イスラエルは、おのれの造り主にあって喜べ。シオンの子らは、おのれの王にあって楽しめ。踊りをもって、御名を賛美せよ。タンバリンと立琴をかなでて、主にほめ歌を歌え。主は、ご自分の民を愛し、救いをもって貧しい者を飾られる。聖徒たちは栄光の中で喜び勇め。おのれの床の上で、高らかに歌え。彼らの口には、神への称賛、彼らの手には、もろ刃の剣があるように。それは国々に復讐し、国民を懲らすため、また、鎖で彼らの王たちを、鉄のかせで彼らの貴族たちを縛るため。また書きしるされたさばきを彼らの間で行なうため。それは、すべての聖徒の誉れである。ハレルヤ。』

 『彼らの口には、神への称賛』とありますが、「称賛」という言葉は、聖書中一箇所しか使われていません。「最高の賛美」という意味を持つヘブル語です。この賛美があるときに、『鎖で彼らの王たちを、鉄のかせで彼らの貴族たちを縛るため。』とあります。それは第二歴代誌二十章のストーリーに共通します。目に見えない敵が賛美によって打ち負かされていくというのです。どんな賛美でしょうか。五節に、

『聖徒たちは栄光の中で喜び勇め。おのれの床の上で、高らかに歌え。』

とあります。「床の上」とは、一般的に自分の家です。皆さんの寝床がある場所であり、生活の拠点です。そこで主を賛美してくださいと教えています。
 『彼らの口には、神への称賛、彼らの手には、もろ刃の剣がある』とありますが、「称賛」という賛美は、「霊的戦いの賛美」だと思います。この教会に与えられた賛美も、霊的戦いの賛美でした。
 賛美には「神様は素晴らしい!」という賛美もありますが、神が最も、私たちに願っておられることは、神がかつてサタンに奪われた「栄光を取り返す」ことなのです。戦いの賛美は、「神への称賛」として、一番高い賛美になると信じます。それは真の意味で、神の栄光を取り戻すことになります。それが「床の上」で、あなたの「家族の中」で賛美するときに起こります。主が伏兵を設けて救い出してくださいます。
 「おのれの床の上で高らかに歌え」とは、朝起きたときに巡っている賛美であると思います。時々、寝床の上で賛美が与えられます。それは一日のテーマの預言的な賛美かも知れません。それを受け取って、最前線において賛美するときに敵の力が破られるのです。賛美と祈りは両翼なので、「祈り」を受け取ることもあります。私は今朝起きたら、祈りを受け取りました。賛美と祈りが与えられたらそれをキャッチし、一日の先頭に置くときに、敵の力が破られるのです。
 第二歴代誌二十章三十節に、

『このようなわけで、ヨシャパテの治世は平穏であった。彼の神は、周囲の者から守って、彼に安息を与えられた。』

と結んでいます。彼らが賛美を中心的に置いて戦ったときに、主がその治世を平穏に守ってくださったとあります。彼らに安息を与えてくださったとあります。
 今週、主の前に心から賛美する者でありたいと願います。単なる普通の音楽とは違い、戦いの武器となるように願っています。お祈りします。


[バックナンバー]