あなたの全生活を守ってくださる神

2007.8.26(SUN)
新城教会牧師 上條実師

旧約聖書 詩篇121篇
私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。
私の助けは、天地を造られた主から来る。
主はあなたの足をよろけさせず、あなたを守る方は、まどろむこともない。
見よ。イスラエルを守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない。
主は、あなたを守る方。主は、あなたの右の手をおおう陰。
昼も、日が、あなたを打つことがなく、夜も、月が、あなたを打つことはない。
主は、すべてのわざわいから、あなたを守り、あなたのいのちを守られる。
主は、あなたを、行くにも帰るにも、今よりとこしえまでも守られる。

 ハレルヤ!昨日、青年会が主催する「The Call」という集会が御津町で行われましたが大勢の方が集まられ、神様の祝福をいただくことができたことを感謝します。先週まではチケットが二百枚ほどしか売れておらず、チケットが売れないと言っていました。しかし感謝な事に、昨日は会場に人々が満たされ大変良いコンサートを持つことができました。祈りを答えてくださった主に栄光をおかえしします。またご奉仕してくださった兄姉に心から感謝します。
 また祈っていただいておりますハワイリバイバルミッションも、少しずつ準備が進められております。スタッフも色々な所から集まっています。滝元里辺架姉と岡本泉姉と滝川充彦兄以外に、平岡先生の教会から黒川姉、そしてアメリカの教会のジョー・ハイト先生の娘さんのチェルシーさんと妹さんも奉仕してくださっています。また今週からはロンさんの娘さんが来られることになっています。ぜひ覚えてお祈りください。しかし本日の礼拝ではビザの関係上、滝元里辺架姉が戻ってきました。今から少し証をお願いしたいと思います。

(里辺架さんの証)
「ハレルヤ!皆さん、お久しぶりです。やはりホームである新城教会は良いです。先ほど賛美をしながら涙が出そうになりました。また先ほど挨拶の時間では、皆さんが「祈っているからね」と言ってくださり、本当に祈られていることを感謝しました。私たちがハワイに出かけて行くとき、「狼の中に二匹の小羊を送るようなものだ」という話をある方がしていました。しかし二匹の小羊は、あちらで頑張っています。最近になり色々な方々が奉仕に来て下さっています。神様にある人事はすごいと思っています。ジョー先生の娘チェルシーとその妹オースティンが来るようになり、また今日からロンさんの三女アスティンサンが来られることになっています。神様はこの世界の三種類の黒、白、黄色が揃い「これから何が起こるのかなあ。」と楽しみにしています。神様が必要なパートを備えてくださっています。滝川充彦兄も奉仕してくださっていますが、彼は自分の仕事をこんなふうに説明します。「僕はみんなの癒し系アイテムだから…」と言い、私たちの元気がなくなると、『勇気を出して』のフレーズで「元気を出して…」と歌って私たちを励ましてくれます。私たちの基本的な働きは、色々な教会に入って出ていき、「ぜひハワイリバイバルミッションのために祈ってください。ささげてください。よろしくお願いします」と言って、宣伝しています。ハワイの方々を集会に集める役割ですが、段々その働きが大きくなり、今では三十程の教会が一緒に協力してくださっています。ある時は困難を覚えますが、貴重な体験をさせていただいています。最近ハワイで聞く話で、預言者やビジョンを通して語られていることばがあるようです。それは「太平洋の真ん中のハワイの地に、神様が大きな石を用意されており、それが太平洋の真ん中に落とされる日が十月だ」と言われている方がいるようです。その方は全くハワイリバイバルミッションの働きを知らない方です。石が太平洋の真ん中に落とされると、それが大波になり太平洋を覆うと言うのです。それがリバイバルの波ということなので私たちも期待しています。ぜひそのリバイバルが始まるのを見るために、十月にはぜひハワイへお越し下さい。ハワイリバイバルミッションのテーマソングが『勇気を出して』ですが、私たちのスタッフの中だけのテーマソングがあります。仕事が詰まってしまった時に、スタッフの誰かが「私たちは何のために働いている?」と言うと、「リバイバルのためだよ」と言います。そんな時に、誰かがこの歌を歌い始めます。それは『ざわめき5.5』の「おい、がんばろうよ」です。何かあると、この歌にあるように、みんなで「頑張ろうよ!」とみんなで励まし合ってこの歌を歌いながらいつも頑張っています。能力も権力もなく、ただ神の霊によってしか動くことができない私たちですが、皆さんのお祈りで支えられていることをいつも感じています。私が不安になって「私たちの将来ってこれからどうなるんだろうね?今後日本のどこかでリバイバルミッションの大会があった時、また私たちかり出されるのかねぇ」と言うと、泉姉が「日本だったら、こんな何もできない私たちをつかわないでしょう。」と言います。何もできないこんな私たちですが、神様のため働けるのは幸いです。リバイバルの石が投下される十月に、ぜひハワイに来てください。一緒にリバイバルを見ましょう。ありがとうございました。」(ここまでが証し)

 ありがとうございました。今まで学生であった彼女たちが、英語ができると言うことでハワイに行き奉仕をしています。文化が違うアメリカという国で奉仕するということで不安なことが多々ありますが、今まで主は、働きを大きく進めてくださっています。ハワイで働いている兄姉のために、引き続き祈ってください。み霊のタイミングの中で、時を捕まえて働けるようにお祈り下さい。私は八月一日から八日までハワイに行き、ハワイリバイバルミッションの初日に行われるランチョン会場をリサーチしました。その会場がなかなか決まらず、会場どりが難航していました。時間的な関係で、今日までに決めなくてはならないと言う朝に、「聖霊の働きをここに置いてください。神の計画をここに降ろしてください。」と皆で真剣に祈りました。そして前回日程があわなくて断られたホテルに、再度電話して見ようと言うことになりました。するとハワイの方々が一番集まりやすいアラモアナホテルというホテルで、ちょうど良い広さのホールが一ヶ所のみキャンセルが出て空いていました。ショッピングモールの駐車場が隣にあり、無料で何台でも置くことができ、神の奇跡を見せていただきました。すべてを守ってくださる神さまに心から感謝しました。
 また私は先週の木曜日から日曜日まで静岡県の三島市にある教会の子どもキャンプで奉仕しました。日曜日は礼拝と夜の聖会と奉仕させていただきましたが、大変祝福されました。お祈りを感謝します。キャンプでは私がメッセージをしたことを、なんとみんなメモを取っていました。驚きました。そして集会後先生とメッセージの中で恵まれたことを話す時を持っていました。驚きました。新城教会の子ども会では考えることのできないことです。参加して二十名ほどの子どもたちが日本のリバイバルを真剣に求めて祈っていました。新城の子ども達にも見習わせなくてはと思うほど、行儀の良い子ども達でした。いつも皆さんがお祈り下さるので、足らない私ですが、私を守ってくださいます。これはただ神さまからの祝福です。感謝します。
 私はつい最近、豊橋の家庭集会の兄姉たちとともに津具村に行きました。そこで新城教会の原点となった所を見させていただきました。私の両親が結婚後開拓伝道に入った津具村の滝元家の実家で祈る時を持つことがでました。私は何回もその場所に足を運んでいますが、今回つくづく思わされたのは、「新城教会は、今までなんと神様の守りがあったんだろう、助けられてきたんだろう」と言うことです。今現在は家が二軒しかありませんが、当時もたった四軒でした。その山奥から設楽町八橋に出て、その後新城市に来ました。最初は新城中学校の近くに教会がありました。そして今あるこの場所に移り、最初は赤い屋根の百名ほどが入る教会を建て、その後増築して二百五十名の教会が建ちました。その教会は、木造で立てられ、シロアリに食われ、いつ倒れるかわからないような状態でした。しかし何と一九八〇年にこの教会が与えられました。建物だけでも守られています。会堂だけでなく、兄姉も神様の守りが与えていることがわかります。津具村の滝元明牧師夫妻で始まった伝道が、なんと今年はハワイまで出ていって大集会を持つことができるようになりました。全ての生活の中で神は祝福と守りを与えてくださいました。しかしハワイの大会を準備する中で色々な困難があります。文化の違いや経済的問題など様々な問題の中で、進まずに大丈夫だろうかと不安に陥ります。そのような中で今回詩篇一二一篇のみ言葉を与えられました。必ず主が私たちを守り、勝利を与えてくださるという約束を与えられ、大変私は励まされました。まず始めに詩篇一二一篇一節から二節に見ると、

『私は山に向かって目を上げる。私の助けは、どこから来るのだろうか。私の助けは、天地を造られた主から来る。』

三十年数年前、日本の教会界でとっても人気のある賛美グループがありました。それは「グロリアシンガーズ」というグループです。メンバーは滝元順牧師と滝元望、滝元開がメンバーでした。全国の各教会から招待され、様々なコンサートを持ちました。そのグロリアシンガーズは、当時はカセットテープでしたが、売り出されました。その彼らのアルバムで『私は山に向かって目を上げる』という、先ほど読んだみことばの曲を歌われています。この「山」は神がおられる場所としてのシオンの山であり、またエルサレムは天然の要害といわれる程の山や谷に囲まれ、外敵の侵略から守られていました。また山とは自分の目の前立ちはだかる問題。越えられるかわからない困難や危険、病気などに直面します。その時『私の助けはどこにあるのか。』と自問自答する時があります。その答えは二節で、『私の助けは、天地を造られた主から来る。』と言っています。み言葉には力あります。天地を造られた主は、私たちをつくられた主です。そして助け主であり、私たちの悩みも苦しみすべてご存知なのです。詩篇一三九篇一節から四節にこんなことばがあります。

『主よ。あなたは私を探り、私を知っておられます。あなたこそは私のすわるのも、立つのも知っておられ、私の思いを遠くから読み取られます。あなたは私の歩みと私の伏すのを見守り、私の道をことごとく知っておられます。ことばが私の舌にのぼる前に、なんと主よ、あなたはそれをことごとく知っておられます。』

大きな問題に直面する時、私たちはどうしたら良いかわかりません。立ちすくみ、どうしたら良いのかわかりません。しかし「主はあなたを探り、私を知っておられる。」主があなたを探ってくださり、あなたを知っておられるというのです。そして神さまと言うと何か遠くにおられる存在のように感じますが、あなたは私の歩みと私の伏すのを見守り、私の道をことごとく知っておられるというのです。そして、私の舌にのぼる前に、全部知っておられるというのです。また詩篇一三九篇九節から十四節には、

『私が暁の翼をかって、海の果てに住んでも、そこでも、あなたの御手が私を導き、あなたの右の手が私を捕えます。たとい私が「おお、やみよ。私をおおえ。私の回りの光よ。夜となれ。」と言っても、あなたにとっては、やみも暗くなく夜は昼のように明るいのです。暗やみも光も同じことです。それはあなたが私の内臓を造り、母の胎のうちで私を組み立てられたからです。私は感謝します。あなたは私に、奇しいことをなさって恐ろしいほどです。私のたましいは、それをよく知っています。』

とあります。神さまは、やみも暗くなく夜は昼のように明るくして下さるというのです。いくら私たちに問題があったとしても、神さまは私の内臓を造り、母の胎のうちで私を組み立ててくださったのです。十四節に

『私は感謝します。あなたは私に、奇しいことをなさって恐ろしいほどです。私のたましいは、それをよく知っています。』

とあります。おどろくほどの奇跡を与えて下さる神さまです。勝利を下さるのです。一三九篇二十三節から二十四節には、

『神よ。私を探り、私の心を知ってください。私を調べ、私の思い煩いを知ってください。私のうちに傷のついた道があるか、ないかを見て、私をとこしえの道に導いてください。』

とあります。私のような小さな者の、心の奥底までも調べ尽くして下さり、癒して下さる。どんな傷ついていても癒して下さるとあります。自分では気付かずにいる、困難や問題さえも、「私のうちに傷ついた道があるかないかをみて、私をとこしえの道に導いてくださる」とあります。神様のみ言葉は私たちの慰めです。この世の中に問題のない方はいません。戦いに疲れ、前線から退くときもあります。しかし神さまは私たちを慰め、癒してくださいます。更に詩篇一二一篇三節から四節には、

『主はあなたの足をよろけさせず、あなたを守る方は、まどろむこともない。見よ。イスラエルを守る方は、まどろむこともなく、眠ることもない。』

私たち人間は時間に拘束されています。忙しいときや問題が進んでいるときは、もっと解決に、時間があったらと思います。思い煩っているうちに、時間切れとなり、大波の中に飛び込んでいってしまう時があります。しかし私たちの神は、人間的な時間を過ごす神ではなく、まどろむことも、眠ることもありません。時間を超越し、永遠の神です。ハワイリバイバルミッションについて考えても、非常に大きな戦いであり、不安になる時があります。先ほどお話ししたようにランチョンが会場が決まらず、困っていた時、その時に一番良い会場を与えてくださいました。最初から与えられていたら、こんな神の助けを経験できませんでした。恵みを恵みと感じることができなかったと思います。しかし私たちはちょうど良いときに神様が道を開いてくださいました。前の晩まで全くノープランでした。全く分かりませんでした。しかし眠っているときに神が道を開いて下さいました。悪魔は信仰を持っている者に、隙を狙い、誘惑をかけてきます。そして私たちに不信仰を持たせます。ハワイリバイバルミッションは主が計画して下さった。主の戦いだと思って元気をだして出かけるのですが、いざ現場に行くと、しなえてしまい、大丈夫だろうかと思うことがあります。そんな中、あまねく全地を見られる神が、眠っている間に備えてくださり、助けてくださると教えています。また一二一篇五節から六節に、

『主は、あなたを守る方。主は、あなたの右の手をおおう陰。昼も、日が、あなたを打つことがなく、夜も、月が、あなたを打つことはない。』

『あなたの右の手を覆う影』とありますが、聖書で「右の手」とは利き手という意味があります。ですから利き手で敵と戦って下さるのです。私たちはどんな日照りで暑い中で、熱中症で倒れてしまうような状態であっても、主が聞き手である右の手で戦ってくださるのです。何か問題があって主を求めているときに、主は「はいみ言葉の剣です。あなたがこれで戦いなさい」と言って剣を渡して下さっているかのような気がしていましたが、そうではありません。私たちには決して何も力がありません。私たちはただみ言葉を宣言するだけです。神さまはあなたに戦うように言われてますが、実際は主が戦ってくださいます。ですからあなたは信仰を持って戦うという意思を持ち、問題の前に立ち上がる時、神ご自身が戦って下さいます。
 出エジプト時には昼は砂漠で暑く、そして夜は砂漠で冷えてきます。出エジプトの時に昼は雲の柱、夜は火の柱で導いてくださったとあります。人生、神が導いてくださったらどんなに楽かと思います。出エジプトの時、行く道を示すために、昼は雲の柱。夜は火の柱があり、それが止まったときは止まり、動いた時に民は動いたと書かれています。しかしある先生のメッセージでこのように言われていました。砂漠地帯で日が照っていると非常に暑くてたまりません。雲の柱が出たことは、昼でも日で暑くならないように雲の柱で太陽を遮っていた。また夜は砂漠地帯で寒くなり、凍えるときがあるが、火の柱が出て、明るくして下さるだけでなく、温かくして下さる。寒さからも守られると言われていました。人生には色々な障害物や問題があります。人間の体は弱く、病気になったり、精神的にも病気になることもあります。太陽がさんさんと体や心に当たり暑くてたまらず、倒れそうになっても、寒くてどうにもならないような状況の中にあっても、主はあなたを覆う影であり、昼も日があなたを打つことがなく、夜も月があなたを打つことがないと覚えてください。詩篇九十一篇一節から七節に、

『いと高き方の隠れ場に住む者は、全能者の陰に宿る。私は主に申し上げよう。「わが避け所、わがとりで、私の信頼するわが神。」と。主は狩人のわなから、恐ろしい疫病から、あなたを救い出されるからである。主は、ご自分の羽で、あなたをおおわれる。あなたは、その翼の下に身を避ける。主の真実は、大盾であり、とりでである。あなたは夜の恐怖も恐れず、昼に飛び来る矢も恐れない。また、暗やみに歩き回る疫病も、真昼に荒らす滅びをも。千人が、あなたのかたわらに、万人が、あなたの右手に倒れても、それはあなたには、近づかない。』

あなたがいつもどんな場所にいても守ってくださる方である神がおられることを覚えてください。詩篇一二一篇七節に、

『主は、すべてのわざわいから、あなたを守り、あなたのいのちを守られる。』

とあります。ここにある「いのち」は、新共同訳聖書では「魂」という意味することばでもあります。霊的な戦いの中で困難を覚えるときがあります。どうしたら良いかわからない困難なときもあります。その時主はあなたを守り、あなたのいのちを守ってくださるのです。私たちは全ての生活で勝利をすることができます。私たちの信じている神は陰と陽を与えるような神ではありません。良いことが遭ったら、次は悪いことがあるというのではなく、主はいつも良い方であり、良い物を下さる方です。主のプランの中に、陰、わざわい、試練はありません。常に圧倒的な、勝ち得て余りある勝利を神が与えてくださると約束してくださっています。ローマ書八章三十七節に、

『しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。』

このみ言葉の剣をあなたの利き手に握りしめてください。今どんなに大きな危機の中にあって苦しんでいたとしても、またどうしても前進できないといわれる方も、悪しき策略を見破ってください。あなたが悪魔と戦うのではなく、主が戦ってくださいます。

『しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。』

私たちを愛してくださった方によってとあります。勝利者であるイエスキリストが戦ってくださる。あなたは剣をにぎり、前進する時与えられるのは、圧倒的勝利です。勝ち得て余りある祝福です。そして最後に詩篇一二一篇八節、

『主は、あなたを、行くにも帰るにも、今よりとこしえまでも守られる。』

とあります。口語訳聖書には『あなたの出ると入るとを守られる』とあります。ここでは出エジプトの時、エジプトを出発してカナンに入るまでのことを意味しています。私たちの生活の中でともにいる主は、私たちの全生活を守って下さいます。約束の地カナンに入ることができます。全てに勝利があります。永遠の御国に入ることができます。特別私たちは今年の十月に控えている「ハワイリバイバルミッション」も、また日本のリバイバルにも、すでにリバイバルの約束を手にしています。私たちの目には、まだ色々な大きな問題があり、時に立ちすくみ、一歩も前に出られなくなって立ち止まってしまうときがあります。出エジプトの時も同様でした。目の前に紅海があり、後ろはエジプトの軍隊が追って来て、どうすることもできない窮地に立たされた時もありました。ヨルダン川を渡る時水かさが増して渡ることができませんでした。食べるものがなくなった。水がなくなった。等々大きな戦いがありました。しかし主はその都度勝利と奇跡と守りを下さいました。今日主は私たちに、信仰持って一歩進みなさいと言われます。大きな問題があっても、前に進みなさいと語っています。なぜなら主が共にいるからです。ある時は問題を見て遠回りをしたくなります。ここから逃げだしたいと思う時があります。また今度こそダメだろうという窮地にあう時が来ます。クリスチャンではない方に、あなたはどんな神様を信じていますかと聞かれると「はい、「救い主です」「今も生きています」「勝利者です」「祈りを答えて下さいます」等答えはします。しかし自分は、そのように言っても、心の中は不信仰だらけです。祈っても答えられなかったらどうするのだろうと考えています。今日私たちは、主が全生活の中で助けを下さることを信じて下さい。不信仰になった時、詩篇一二一篇をお読み下さい。主が必ず守ってくださる。主が助けてくださる。主は生きていると宣言して下さい。あなたに最高の祝福をくださいます。今日主の前にすべてを明け渡し、大胆に立ち向かい一歩前に進み出て行きましょう。私たちにはなにも力はありません。しかし一人一人の右の手に権威を与えてくださり、み言葉を宣言していくときに、主が直接私たちの問題に介入してくださり、勝利を与えてくださいます。昼も日が私たちを打つことがなく、夜も守ってくださいます。いつも素晴らしい祝福を受け続けることができます。そして今度は、あなたがその祝福を分け与える器となることができます。お祈りしましょう。


[バックナンバー]