「主のみこころを悟る者となろう」
〜次のステップに前進するために〜


2009.11.8(SUN)
新城教会 滝元 順 牧師

マルコの福音書 6章41節〜52節
『するとイエスは、五つのパンと二匹の魚を取り、天を見上げて祝福を求め、パンを裂き、人々に配るように弟子たちに与えられた。また、二匹の魚もみなに分けられた。人々はみな、食べて満腹した。そして、パン切れを十二のかごにいっぱい取り集め、魚の残りも取り集めた。パンを食べたのは、男が五千人であった。それからすぐに、イエスは弟子たちを強いて舟に乗り込ませ、先に向こう岸のベツサイダに行かせ、ご自分は、その間に群衆を解散させておられた。それから、群衆に別れ、祈るために、そこを去って山のほうに向かわれた。夕方になったころ、舟は湖の真中に出ており、イエスだけが陸地におられた。イエスは、弟子たちが、向かい風のために漕ぎあぐねているのをご覧になり、夜中の三時ごろ、湖の上を歩いて、彼らに近づいて行かれたが、そのままそばを通り過ぎようとのおつもりであった。しかし、弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、幽霊だと思い、叫び声をあげた。というのは、みなイエスを見ておびえてしまったからである。しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ。恐れることはない。」と言われた。そして舟に乗り込まれると、風がやんだ。彼らの心中の驚きは非常なものであった。というのは、彼らはまだパンのことから悟るところがなく、その心は堅く閉じていたからである。』

 ハレルヤ!皆さんおはようございます。今のリソスの賛美はよかったですね。本当に彼らの年代にあったメロディーでした。「イエスさまの水を飲んで助かった」という、素晴らしい歌でした。Kさんのギターも泣きのギターで中々よかったです。新城教会では色んなグループがありますが、絶対中高生ではあのような歌詞は作らないだろうと思いました。
 人生は色々な展開があり、しかしイエスさまと出会う時に私達は変えられるわけです。今日、こうしてイエス・キリストを中心としてここに集まりました。イエスさまがこの地上に生まれなければ、誰一人として出会う事がなかったと思います。二千年前にイエスさまが生まれた事によって、お互いこうして友人関係となり、また永遠を共に過ごす仲間になったのです。

 皆さんに祈って頂いていますが、私はこれから二週間ほどご無沙汰させて頂きます。しかし、楽しみにして頂きたいのですが、来週は、アメリカのワシントン州タコマから、竹内先生が来られパワフルなメッセージを取り次いで下さいます。私は色々な所で先生方と交わりがあるのですが、竹内先生には素晴らしい視点があって、いつもお話をする時に心が燃えます。今、タコマで伝道されているのですが、丁度日本に帰っておられまして、礼拝メッセージと午後からも聖会を持って頂きます。是非とも期待して頂きたいと思います。
 私は今日の夕方、東京集会がありまして、明日、明後日と東京のある神学校で霊的戦いの講義をさせて頂き、その足でアメリカへ二週間ほど出かけます。ワシントンDC、ニューヨーク、ニュージャージー、シカゴと回りますが、毎日集会が入っているようで「大丈夫かな」と思いますが、韓国の方々と回る事になっています。是非とも祈って頂きたいと思います。

 今日は皆さんと共に、イエスさまが行った最も大きな奇跡から学んでいきたいと思います。今日のタイトルは、「主のみこころを悟る者となろう」また副題として、「次のステップに前進するために」とつけさせて頂きました。私達は前進しなければいけません。そのために何が必要か。それは、神のみこころを悟る事が最も重要です。

 実は今日読んだ箇所は、イエスさまが起こした奇跡の中で、最も多くの人がその奇跡を見、体験した箇所です。何と、五つのパンと二匹の魚を五千人に食べさせた、というものです。しかし五千人というのは、男だけで五千人であり、当時の文化として、成人男子しか数えない少々悲しい文化がありました。女性や子供達が排除されていたのです。ですから、ここにいた群衆は、多分二万人位はひしめいていたであろう思われます。何と、それが一人の少年が持っていた、五つのパンと二匹の魚から群衆が養われたのです。
 また、その後、イエスさまはガリラヤ湖の水の上を歩いたというのです。来年はイスラエル旅行がありますので、是非とも興味がある方は行ってみて下さい。ガリラヤ湖にも行く事ができます。ガリラヤ湖を遊覧船で巡る事が出来ます。イエスさまが歩かれた湖に行く事が出来ます。
 ある人がガリラヤ湖の船着き場に行くと「遊覧船五十ドル」という看板を見ました。すると彼は言いました。
 「五十ドルか、高いな。イエスさまも歩くわけだ」

 イエスさまは水の上を歩いたというのです。しかし皆さんどうでしょうか。五つのパンと二匹の魚を二万人ぐらいに食べさせたり、水の上を歩くなどというストーリーを、聖書に記入するのはあまり賢明ではないと思います。なぜなら、普通では絶対にありえないし、信じられません。自然界の法則に反しています。水の上を歩くなど、理論的には、右足が沈まないうちに、左足を出して左足が沈まないうちに右足を出せば歩けそうですが、重力の法則に反します。しかし、聖書は本当に起こったから記入したはずです。

 世界には色々な神話があり、日本神話にしても、ギリシャ神話にしても、ローマ神話、エジプト神話、ヨーロッパ神話にしても、全て、人間の手の届かない神代の時代に繰り広げられたというストーリーです。誰も神代の時代など行った事はありませんから、そんな所で何が起こってもかまわないわけです。
 しかし、聖書のすごいところは、イエスさまの誕生についても、ルカの福音書二章一節を見ると、『そのころ、全世界の住民登録をせよという勅令が、皇帝アウグストから出た。』と記されています。旧約聖書も、新約聖書の記述も、全て人々の生活のただ中で起きた事柄です。皇帝アウグストも、世界史に実在する人物です。また、イエスさまが歩まれたのも世界史の中で位置付けられている時間帯です。神代の時代など、人間の手の届かないようなものではなく、生活のただ中にイエスさまはお生まれになり、歩まれ、奇跡を行ったのです。それは神話とかいうレベルではありません。聖書を研究していくとわかりますが、それは本当に起こった事を、記者が感動を持って記したと言うことです。
 もしこの奇跡が本当に起こったのならば、イエス・キリストを信じても差し支えないです。しかしもしこれが嘘ならば、今日にでも、教会を解散した方がよいのです。何故なら、パンが増えたわけでもなく、水の上を歩けるわけがないのに、それらが加えられたとすれば罪深い事だからです。

 しかし、今話したように歴史のただ中で、人々の目の前で実際に起きた事柄を記録しているのが聖書ならば、信じるに足りることです。
 十一月になりクリスマスムードが高まってきましたが、イエスさまがこの地上にお生まれになったことも、地上を歩まれたことも、多くの奇跡を起こしたことも、全て事実です。イエス・キリストは今も生きておられるのです。私達は神話ではなく、生ける神と出会う事が出来るのです。

 この箇所を見ると、本当に多くの群衆がイエスさまの奇跡を体験ました。それを一番近くで見たのが誰かというと、イエスさまの弟子達でした。彼らは本当に感動的な毎日であったと思います。いつも、イエスさまの近くでイエスさまが起こされる様々な奇跡を見たからです。そして何と、パンと魚の奇跡の後は湖の上を、さも畳の上でも歩くかのように、歩いておられるイエスさまの姿を見たわけです。すごい感動であったと思います。
 けれども、最後になんと記されているかというと、弟子達も群衆達も、「彼らはまだパンの所から悟る事がなく、その心は固く閉じていた」と記しているのです。何と、そんなにすごい事が起こったにも関わらず、彼らの心は固かったのです。
 ということは、イエスさまは色々な奇跡を行われましたが、それ以上に人々に教えたかった事があったわけです。いつも話していますが、聖書は情報の書ですから、読者は起こった事柄全体を見渡し、イエスさまが教えたい事柄の中心を悟らなければいけないのです。
 それが何かというと”主のみこころ”です。先週も、ローマ十二章二節の箇所を引用させて頂きましたが、

『この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。』

 「心の一新、決断」について、お話しさせて頂きましたが、ここでは世と調子を合わせるのではなく、「神のみこころが何であるか?」という事を、関心の中心とするように勧められているのです。毎日の生活の中で何を中心軸にしたら良いのか、忙しいただ中にありますから、会社員の方々なら仕事が山積みだと思います。主婦の方も、子育てや色々な心配事で押しつぶされそうになっているのかもしれません。しかしそんなただ中にあっても、「神のみこころが何であるか」ということに、一番の関心を持って下さいという勧めです。
 我々が、神のみこころを知る事ができるならば、神はご自分と心が同じ人に力を現されるのです。それは教会も同じで、教会は神のみこころを中心的に求める場所でなければなりません。ただのイベントだとか、社会的クラブのようではいけないのです。主が新城教会に何を求めておられるのか、主のみこころを求める教会になるならば、必ずリバイバルが来るはずです。

 私達は日本のリバイバルを願っています。日本は今、クリスチャンが本当に少ないです。しかしこの国を創ったのは主ですから、必ず、日本を回復して下さるはずです。けれども、リバイバルのために必要なのは、教会と教会に属するクリスチャン達が主のみこころを悟り、常に求めていく必要がある事がわかります。案外私達は、それが見えなくなっているのではないかと思います。

 聖書を読む際に注目しなければならないのは、イエスさまご自身に注目しなければなりません。マルコ六章で奇跡を起こしたのはイエスさまです。イエスさまがどのような行動をとったのかに、関心を持たなければなりません。イエスさまは、このような大きな奇跡をなされた後に、どのような行動をとられたのでしょうか。
 我々は、一つの大きな仕事が終わると、「ああ、やっと終わった〜」と、全てを忘れてくつろぎたい気分になるものです。私も今回、二週間もアメリカで集会をしなければいけないので、「ちょっと辛いな、二週間も行くと言わなければよかった・・・」と思っています。私は韓国の方々に、「この期間なら行ける可能性があります」とお伝えしたのですが、「この期間はすべて来れる」と期日いっぱいに予定が入りました。多分、終わった時には、「やれやれ、やっと終わった〜」と全てを忘れたい気分になると思います。
 しかし、イエスさまの行動に着目するとそうではありません。イエスさまはこんな大きな奇跡を行った後に何をされたかというと、マルコ書六章四十五節。

『それからすぐに、イエスは弟子たちを強いて舟に乗り込ませ、先に向こう岸のベツサイダに行かせ、ご自分は、その間に群衆を解散させておられた。それから、群衆に別れ、祈るために、そこを去って山のほうに向かわれた。』

 イエスさまの行動は、我々とちょっと違います。まず、弟子達を強いて船に乗り込ませ、「向こう岸に渡りなさい」と言われました。その後、イエスさまは群衆を全て解散させ、自分は「すぐに温泉に行った」とは書いてありません。何と、「祈るために山に行った」と記されています。私達もこの姿勢を学ばなければなりません。一つの事が終わったら、「やれやれ」ではなく、すぐに祈りに行く姿勢に習わなければならないのです。その時に神は、新しい力をイエスさまに注がれ、働きが継続できたのだと思います。今週も忙しい仕事があり、一つの事が終わって、「やれやれ」と思うのかもしれませんが、その時にこそ祈る態度を習おうではありませんか。

 私も心がけている事は、どんなに忙しくても、月曜日の夜は県民の森の祈祷会に行って叫んで祈る事にしています。そうすると、次の働きの力が来ます。しかし、「ああ、疲れた」といって怠けると、神様の力を体験できません。やはり、イエスさまと同じように、私達は祈らなければいけません。

 マルコの福音書を見ると「すぐに」イエスさまが弟子たちを船に乗り込ませ、向こう岸に行かせた、と記されているのですが、これはマルコの視点です。イエスさまの行動はマタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの四つの福音書に記されています。それぞれの筆者によって、視点が少し違うし、表現が違うのです。それが聖書の面白い所でもあるのですが、マルコは案外大雑把な人だったようです。しかしヨハネの福音書を見ると、もっと細かい描写があります。やはり記者の性格があるのです。こういう所が聖書の人間的な血の通った、いいなと感じる部分でもあります。
 うちの教会のスタッフも大雑把な人もいるし、細かい人もいます。(誰かは想像におまかせしますが)私はとても大雑把な方ですが、細かい人もいて、うまくいくわけです。皆が細かいと大変なことになります。重箱の底を楊枝でつつくような事になりますから大変です。大雑把な人もいて、細かい人もいてうまくいくわけです。マルコの視点で行くと、イエスさまは「すぐに」弟子達を強いて船に乗り込ませ、向こう岸に行かせたような印象を受けます。「彼らはすぐにいったのか」と思いますが、ヨハネはじっくり見ていたのです。
 ヨハネ六章十六節〜十七節、

『夕方になって、弟子たちは湖畔に降りて行った。そして、舟に乗り込み、カペナウムのほうへ湖を渡っていた。すでに暗くなっていたが、イエスはまだ彼らのところに来ておられなかった。』

 ごまかせないですね。ヨハネはしっかりと見ていました。イエスさまは弟子たちに、「すぐに行け」と言ったのですが、弟子たちは、イエスさまの言いつけを聞いたようでしたが、彼らが舟に乗ったのは、「夕方になって湖畔に降りて行った」と記されています。
 神様は私達に、「すぐにやりなさい」と言われても、中々腰をあげない事もあるのではないかと思います。弟子たちは夕方まで陸地にいたらしいのです。
 イエスさまが、五つのパンと二匹の魚の奇跡を起こしたのは昼間だったと思われます。大勢の人々にパンを分け与え、その後群衆を解散させるなど、暗くなったら大変ですから昼間この奇跡は行われたはずです。皆、パンと魚をたらふく食べて、お腹いっぱいになったのです。
 皆さんいかがでしょうか、お腹がいっぱいになると動きたくなくなります。午前中仕事をして、昼ごはんをたっぷり食べ、一時からの仕事が憂鬱になるのは人の常です。イエスさまの弟子たちも同じだったと思われます。奇跡が起こった後、「さあすぐに、湖を渡って向こう岸に行きなさい」と言われたのですが、彼らは行くふりはしたけれど、木陰かどこかで眠っていたのかもしれません。そして、「あっ、暗くなってきた。さあ行くか」とあわてて出て行ったのでしょう。

 しかし、イエスさまが語られた時、すぐに行動をとる、という所に祝福があるはずです。実はその後弟子達に何が起こったかというと、湖に風が吹いて大変な目にあったのです。イエスさまが何故、強いて「早く行け」と言われたのかというと、すべてをご存知だったのです。夜になると風が吹くから早く行け、と言われたのだと思います。しかし、彼らはそれに従わなくて大変な目にあったのではないでしょうか。
 私達も同じような所があると思います。人生の中で、イエスさまの声を聞きながら、中々行動をとらないと、色々な問題に遭遇する事もあるかもしれません。今週も、主から声をかけて頂いたら、即、行動をとれる者になりたいです。私も本当にそのことを願っています。自分とか、回りの環境ではなく、主の声に敏感に反応したい、主のみこころに対応していきたいと願います。

 実はガリラヤ湖というテーマで聖書を学んでいきますと、ガリラヤ湖で弟子達が二回ほど嵐に出会ったと記されています。ガリラヤは、イエスさまと弟子達の生活の中心であり、同時に、そこはイエスさまの宣教の中心地でした。それも我々の人生と重ねる事が出来るのではないかと思います。私達は日本で暮らしています。ある方は新城で、豊川で、豊橋で、周辺の街々で暮しています。その街が生活の中心地でありますし、そこが宣教の現場なのです。イエスさまにとっても、弟子たちにとっても、ガリラヤ湖周辺がそのような場所でした。そしてそこに二つの嵐が起こりました。それは人生の中にも「二つの嵐」が起きる可能性を示しています。

 まず第一の嵐は、マルコの福音書四章三十五節〜三十九節、

『さて、その日のこと、夕方になって、イエスは弟子たちに、「さあ、向こう岸へ渡ろう。」と言われた。そこで弟子たちは、群衆をあとに残し、舟に乗っておられるままで、イエスをお連れした。他の舟もイエスについて行った。すると、激しい突風が起こり、舟は波をかぶって水でいっぱいになった。ところがイエスだけは、とものほうで、枕をして眠っておられた。弟子たちはイエスを起こして言った。「先生。私たちがおぼれて死にそうでも、何とも思われないのですか。」イエスは起き上がって、風をしかりつけ、湖に「黙れ、静まれ。」と言われた。すると風はやみ、大なぎになった。』

 これがどのような嵐であったかというと、以前にここからお話しさせて頂きましたからそちらも参照して頂きたいと思いますが、これは「妨害の風」であり、「霊的戦いの風」です。その背後に、ゲラサを支配していた悪霊どもが関わっていたと、お話しさせて頂きました。ゲラサは、豊穣神デメテルが仕切っていた場所でした。この悪霊は、自然界を支配し、風や波を支配できるとされる“カミ”でした。という事は、ゲラサに行こうとした途中で吹いた風は、「妨害の風」であったのです。
 しかし、この風に対してイエスさまは何をされたかというと、風の背後に働く敵に対して立ち向かわれたのです。「黙れ、静まれ!」と立ち向かった時、風がぴたりとやんで、凪になったと記されています。
 私達の人生の中にも“妨害の風”が吹くのです。そこには霊的な力が関わっているのです。その事に対してはどう対処したらよいかというと、「黙れ、静まれ!」と立ち向かわなければいけないのです。

 四,五年前になりますが、私はフェルナンド先生と一緒にプエルトリコというアメリカ領に属する島で奉仕をしました。するとある日、一人の牧師が私の集会に来て言いました。「順先生。私の住んでいる村に来て、祈ってくれませんか」
 彼は、神様からその村に行って伝道しなさいと言われて教会を始めたのですが、そこはプエルトリコ中からマリアを拝みに来るような、とても暗い気持ちの悪いカトリックの偶像礼拝が盛んに行われている山がありました。始め彼は行きたくなかったそうです。しかしそこに住んで伝道を始めました。その村で伝道会を始めると、必ず大風が吹いて、伝道会用のテントが吹き飛んでしまったそうです。やがて自分も健康を害して、本当に大変な事になったそうです。
 彼は私の所に来て上半身裸になりました。「これを見て下さい。私はつい最近、心臓病で死にかけたのです。」と手術の大きな跡を見せました。
 「どうしてですか」というと、ある時、気味の悪い声を聞いたそうです。「お前はこの場所で伝道するんじゃない。早く出ていけ、さもなければ殺すぞ!」
 その後、彼は心臓発作で倒れてしまったそうです。「私はそんな目にあったのです。私の村に来て祈ってくれませんか」と言いました。それを聞いて、私は、そんな村に行って命を落としたくないと思いました。しかしその日の私のメッセージは、「悪魔なんか怖くない!」と、語っていましたから、仕方なく彼についていきました。
 そして、マリアと色々なカトリックの偶像がまつられている山に、とりなしに行きました。するとその先生は、「私はちょっとこの山には登りたくない。危ないから・・・」と言いだし、私たちにも、「危ないから、山に近づかないほうがいい・・・」などいうのです。
 私は、「いまさら何を言っているんだ。いくぞ!」と言って登り始めると、途端に、今まで晴れていたのが急に曇り始め、大粒の雨が降り出し、足元の枯葉がくるくると回り始め、ついには大嵐になったのです(これは大げさではありません)本当にびっくりしました。
 「これは登らないほうがいいかな・・・」と思ったほどです。その霊山に登ろうとした途端、大嵐になり、鳥肌が立つような感覚でした。しかし、負けてはいけないと思い、登って行きました。そして、偶像がいっぱい立っている所まで登っていき、「主よ。今から何をしたらいいですか」と祈ったとき、この箇所が思い浮かびました。それは、イエスさまが言われた、「黙れ、静まれ!」です。その事を思い出して、山の一番高い所に登って、「黙れ、静まれ!」と宣言しました。(嵐が静まらなければどうしようかと思いましたが・・・)
 しかし皆で賛美し、「黙れ、静まれ!」と怒鳴りました。すると、瞬間的に風がやみ、ぴたりと雨がやんで、雲が裂け、日がさし始めました。私はその時、妨害の風には恐れず、立ち向かわなければいけないことが、はっきりと分かりました。
 プエルトリコ人の牧師は始め、山には登ってこなかったのですが、風がやんで晴れるとどこからともなく現れて、「すごい!日本人、サムライ!」など、訳のわからないことを言って喜んでいました。しかし私は、戦ってよかったと思いました。彼は恐れていたから、問題が起きたのです。権威を使い、恐れずに立ち向かえば必ず、勝利します。
 時々人生の中で妨害の風が吹く事があるかもしれませんが、そんな時はどうしたらよいのか、イエス様と同じように、「黙れ、静まれ!」と、主から与えられた権威を使い、立ち向かうしかないのです。この教会では、立ち向かう方法については、いやというほど教えていますから大丈夫だと思いますが、宣教のただ中に、また、生活のただ中に妨害の風が吹くことを聖書は教えています。

そしてもうひとつの風が、マルコ六章四十八節〜四十九節、

『イエスは、弟子たちが、向かい風のために漕ぎあぐねているのをご覧になり、夜中の三時ごろ、湖の上を歩いて、彼らに近づいて行かれたが、そのままそばを通り過ぎようとのおつもりであった。しかし、弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、幽霊だと思い、叫び声をあげた。』

この風は、妨害の風と言うよりも、イエスさまが風と共に近づいて来られたわけですから、「主の訪れの風」と見る事が出来ると思います。
 人生の中には、妨害の風も吹きますが、同時に、主の訪れの風を体験するのです。イエスさまは、漕ぎあぐねている弟子達の所に、風と共に近づいて来られたからです。それは主の訪れの時でした。
 しかしながら、弟子たちはその風に対応できず、逆に恐れてしまったのです。案外、神様が私達の所に訪れて下さっても、それに対応する事が出来ない事もあるのかもしれないと感じます。

ヨハネの黙示録三章二十節、

『見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。』

 『見よ、わたしは戸の外に立ってたたく』とは、主が訪れて下さっている様子です。ガリラヤ湖で主が風と共に訪れたのと同じように、主の訪れです。これがどこで語られているかというと、実は、黙示録には七つの教会が出てきますが、その中で「こんな教会にはなりたくない」と思われる、ラオデキヤ教会に対して語られている言葉です。ラオデキヤ教会がどう評価されているかというと、ヨハネの黙示録 三章十四節〜十七節、

『また、ラオデキヤにある教会の御使いに書き送れ。『アーメンである方、忠実で、真実な証人、神に造られたものの根源である方がこう言われる。「わたしは、あなたの行ないを知っている。あなたは、冷たくもなく、熱くもない。わたしはむしろ、あなたが冷たいか、熱いかであってほしい。このように、あなたはなまぬるく、熱くも冷たくもないので、わたしの口からあなたを吐き出そう。あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。』

 ラオデキヤの教会は、神様の目からどのように見られていたかというと、「熱くもない冷たくもない、生ぬるい」教会でした。ですから主は言われたのです。「あなた方、どちらかにしなさい。冷たいか熱いか、どっちかであってほしい」
 皆さんも、生ぬるいのは一番嫌だと思います。冷たく冷やしたものか、熱いものかどちらかがよいと思います。神様もそのようなお方です。どうせ信仰的に冷たくなるならば、氷が張るくらい冷たくなるか、もう一つは、本当に熱く燃えるか、どっちかにしてくれ、と言っているわけです。私達は冷たくなるのでなく、熱くなりたいものです。
 しかし、このラオデキヤの教会の人々は、熱いのか、冷たいのか、わからないような生ぬるい人達でした。しかし、生ぬるいから吐き出すぞ、と言われているような所にも、主は愛なるお方で、何と、訪れて下さったのです。

 しかしこのラオデキヤ教会の一番悪い所は、「熱くもなく冷たくもなく生ぬるい」と主から言われたのにも関わらず、それに「気付いてなかった」のが致命傷でした。三章一七節を見ると、

『あなたは、自分は富んでいる、豊かになった、乏しいものは何もないと言って、実は自分がみじめで、哀れで、貧しくて、盲目で、裸の者であることを知らない。』

と語られています。彼らは別に、自分達が熱いとか、冷たいとか、全く考えていなかったのです。これで満足だ、自分たちが最高だと思っていたわけです。
 「今最高に幸せ、これ以上なにが必要なの」という人も中にはおられると思います。 教会には、色々、苦しい事があって来られるのですが、信仰生活が長くなると問題もだんだん無くなって、「本当に幸せだ」と満足している人もおられるかもしれません。しかし、主の訪れの風がいつ吹くかというと、ハングリーに主を求めている時にも主は訪れて下さいますが、さらに気をつけなければいけないのは、満足しきっているただ中に主は来られるという事を、悟らなければならないのです。

 実は弟子達も、イエスさまのすごい奇跡を体験して、お腹がいっぱいになり、その時は満足しきってある意味、興奮のるつぼだったと思います。「イエスさまと一緒にいれば食いっぱぐれもないし、この方は必ず、イスラエルの王になるに違いない」と思って、イエスさまと一緒にいる事は嬉しかったと思います。満足していたと思います。
 しかしそんなただ中に、風と共にイエスさまが近づいて来られたのです。しかしその時彼らは、イエスさまをイエスさまと認識できなかったのです。何と、イエスさまが湖の上を歩いて近づいて来られた時、弟子達はどのようにイエスさまを評価したかというと、「弟子たちはイエスが幽霊だと思い、叫び声をあげた」というのです。「幽霊が来た!!」と、勘違いしてしまったのです。
 この辺のところから教えられる事は、主は私達が考えもしない方法で、私達の所に近づいて来られる事があるということです。分かりやすく訪れて下さればよいのですが、時には、全く予想だにしない方法で近づいて来られるのかもしれません。

 一九九二年二月一三日、私達の教会に聖霊様が訪れて下さいました。ある意味でそれは、予想だにしないような方法で、主が私達の所に訪れて下さったのです。ですから何となく、弟子たちの心境がわかる気がします。夜中に、まさかイエスさまが湖の上を歩いて近づいてくるなど、誰も予想しなかったと思います。それも何と、イエスさまは「そばを通り過ぎようとされた」というのです。意地悪いですね?手を振ってくれたらよいのに、船の横を、夜中に、すっと水の上を歩いて通り過ぎたら、誰でも「わっ、おばけだ!」と驚くのは当然だと思います。
 しかしそれは、主は私達の所に予想だにしない方法で訪れて下さる、という事です。

 私達は、日本のリバイバルを真剣に祈っています。また、皆さまが祈ってっ下さる事を心から感謝します。リバイバルを願って久しいのですが、我々が予想だにしない方法で、主は日本に訪れて下さるのではないか、と思います。それを私達は受け止める事が出来るかどうか、それが問題です。それが日本のリバイバルに関わるのではないかと思います。そんな中から示されるのは、私達が「経験の扉を閉め」、それを捨て去らなければいけないのではないかと思います。

 人は今までの人生経験の中で、一つの方程式を持っていると思います。それは自分の経験から設定した方程式です。中学生の時に、「Y=aX」という直線の方程式を勉強したことがあるかもしれません。aのところに、どのような変数を入れるかで、グラフの傾きが変わってくるのです。私達は、「経験の方程式」を持っていて、代数を色々と変えるのです。「この変数をいれたらこの傾きになり、このような信仰を代入したらシャープにできるんじゃないか」と。
 しかし、リバイバルのためには、私達が持っている経験の方程式を捨てなければいけないのです。神様から与えられるのは、未知の方程式かもしれません。それを受け取る用意をしなければならないのです。そうでないと、主の訪れに対応できないのです。

 また、恐れの扉や先入観、偏見の扉も捨て去らなければなりません。彼らは「幽霊は恐ろしい」という先入観を持っていたようです。そのために、恐れてしまったのではないかと思います。
 実は私達の教会で、霊的戦いが突然始まった時、皆、恐れました。何故恐れたのかというと、「悪魔や悪霊は恐ろしい」という先入観があったからです。「悪魔や悪霊などと戦ったら、逆にやられてしまう」と多くの人達が恐れた時期がありました。リバイバルは、私達が予想だにしない方法で、主が扉を叩かれる時ではないかと思います。

 実は、イエスさまが起こした奇跡・行動には、一つの目的がありました。それが何かというと、「イエスさまご自身が主であり、神である事を証明する」為でした。実はイエスさまが弟子達のそばを通り過ぎようとされたという、この行動も、いじわるではありませんでした。それは、神の訪れを表していました。モーセにこのような言葉が語られました。出エジ三三章二二節、

『わたしの栄光が通り過ぎるときには、わたしはあなたを岩の裂け目に入れ、わたしが通り過ぎるまで、この手であなたをおおっておこう。』

 この通り過ぎるという表現は、“神の訪れ”を表していました。また、エリヤがイゼベルに追われて四〇日間逃げて、最後にホレブ山に来た時、「外に出て主の前に立て」と言われました。すると「その時、主が通り過ぎられた」と表現されています。
 「通り過ぎる」とは、「主が訪れられた」ことを表しています。イエスさまは神であるということをこの行動によって、教えたかったわけです。

 しかし弟子達や民衆は、イエスさまが起こした奇跡の意味合いをよく理解していなかったのです。ヨハネ六章二六節〜二七節では、

『イエスは答えて言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。あなたがたがわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからです。なくなる食物のためではなく、いつまでも保ち、永遠のいのちに至る食物のために働きなさい。それこそ、人の子があなたがたに与えるものです。この人の子を父すなわち神が認証されたからです。」

 実は、弟子達も群衆も、何を期待していたかというと、イエスさまが癒しを与えてくれるとか、奇跡を行ってくれるとか、パンを増やしてくれるなど、目の前の奇跡だけに関心をもち、ただそれだけを求めていたのです。しかしイエスさまは、そこから教えたい事がありました。「パン」とは、命のパンである「イエスさまご自身」の事でした。そして、パンを割いて増えていくというのは、やがてイエスさまの十字架と復活によって与えられる、命が増える、人々が救われ、永遠の命が人々に与えられるという、真のパンを食べる者たちが受る救いと命を象徴する奇跡でした。ヨハネ六章三五節、

『イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。」

 イエスさまご自身がパンであったことをここで教えているわけです。このパンの奇跡で、人々が悟らなければいけなかったのは、イエスさまがメシヤであり、救い主であり、イエスさまを通して永遠の命が与えられるという事を悟らなければならなかったわけです。

 私たちも、時々、人生の中で奇跡を見る事が出来ますが、それは単なる奇跡ではありません。それは預言的な事柄であり、次に起こる主のみこころの準備なのです。ですから神の技を体験したら、そこで満足してはいけません。私達は、イエスさまが山に登ってすぐに主に求めたのと同じように、そこから主が語って下さる事柄について、求めなければならないのです。ある意味、主は、満足した生活のただ中に訪れるという事を、知るのです。

 実はイスラエルが、荒野を四十年間さまよってカナンの地に入った事について、「荒野は大変だった」とよく語られます。しかし、良く考えてみれば、別に荒野は大変ではなかったのではないかと思います。
 エジプトからカナンの地までは距離が近く、バスで行けばほんの数時間で着きます。そこに四十年間留まっていたというのは、案外、彼らは生活に満足していたのではないかと思われます。何故なら、昼は雲の柱、夜は火の柱で導いてくれ、朝はマナが降っていて、肉が食べたいと言えばうずらは飛んでくるし、食料の心配は何もなかったからです。また、水も湧き出ていたし、「靴もすり減らなかった」という奇跡まで起こっていたのです。
 私は、その四十年はもちろん大変なこともあったかもしれませんが、「こんなに楽な生活はない」と彼らは考えていたと思います。
 皆さんはどうでしょうか、働かなくても食料はあり、何もかも整っていれば、それで満足してしまうのではないでしょうか。結構、イスラエルの人達は荒野で案外満足していたのではないかと思います。しかし実は、最後にヨルダン川を渡って、カナンの地に入りましたが、それからは様子が全く変わりました。ヨシュア記五章十節〜十二節、

『イスラエル人が、ギルガルに宿営しているとき、その月の十四日の夕方、エリコの草原で彼らは過越のいけにえをささげた。過越のいけにえをささげた翌日、彼らはその地の産物、「種を入れないパン」と、炒り麦を食べた。その日のうちであった。彼らがその地の産物を食べた翌日から、マナの降ることはやみ、イスラエル人には、もうマナはなかった。それで、彼らはその年のうちにカナンの地で収穫した物を食べた。』とあります。

 何と、カナンの地に入った途端にマナがやみ、自分の手で収穫したものを食べなければならなくなったのです。それと共に、イスラエル軍の隊長であったヨシュアのもとに、一人の人物が現れました。
 ヨシュア五章十三節〜十五節、

『さて、ヨシュアがエリコの近くにいたとき、彼が目を上げて見ると、見よ、ひとりの人が抜き身の剣を手に持って、彼の前方に立っていた。ヨシュアはその人のところへ行って、言った。「あなたは、私たちの味方ですか。それとも私たちの敵なのですか。」すると彼は言った。「いや、わたしは主の軍の将として、今、来たのだ。」そこで、ヨシュアは顔を地につけて伏し拝み、彼に言った。「わが主は、何をそのしもべに告げられるのですか。」すると、主の軍の将はヨシュアに言った。「あなたの足のはきものを脱げ。あなたの立っている場所は聖なる所である。」そこで、ヨシュアはそのようにした。』

 イスラエルの人達は神様と四十年以上付き合ってきて、「昼は雲の柱、夜は火の柱」として導いて下さった方のことは十分知っていたはずです。
 しかしカナンの地に入ったら、全く違う姿で主は現れました。それが敵なのか、味方なのか、見分けがつかずヨシュアは、「あなたは敵ですか、味方ですか?」と聞くしまつでした。
 その人は言いました。「私は、主の軍の将として今来たのだ」と。何と、カナンの地に入った時の主の姿は戦いの姿でした。なぜなら、イスラエルの本当の目的というのは、カナンの地を奪還する、という目的があったからです。そこから本当の戦いが始まったのです。

 私達のクリスチャン生活も同じだと思います。始めは荒野型のリバイバルかもしれませんが、やがてカナン型リバイバルに前進していかなければならないのです。私達が満足してとどまっていてはいけないのです。主はノックして、「さあ、立ち上がって下さい、カナンの地に入るのですよ」と今、教会に語っておられるのかもしれないと、私自身この頃感じます。
 日本のリバイバルのために立ち上がって、戦う必要があるのです。満足して喜んでいるただ中に、主が訪れて下さる時、すぐに行動に移す者になりたいと願っています。そのためには、常に主のみこころを探り求めなければいけないのです。主が私達に何をさせたいのか、「主のみこころが何であるかをわきまえ知りなさい」と聖書は語っています。
 皆さんを、私を、主が救いだされたのにはわけがあります。ただ、苦しみから解放するだけではなく、必ず、あなたにさせたい仕事があるのです。あなたにしか出来ない仕事があるのです。その仕事のために主が用いようとされている事を知りましょう。
 もしも今、「私は満足しているかもしれない」という方は、主があなたの所に訪れて下さっています。
 色々な問題で苦しんでいる方、もちろん、主は訪れておられます。問題を全て取り去って、次に本番が来るのです。主が今、扉を叩いておられるなら、扉を開ける者でありたいと願っています。
 最後にお祈りします。


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