今週の礼拝メッセージ
従順   1999.10.24(SUN)

新城教会牧師 滝元 明

<今週のメッセージの御言葉>
旧約聖書 サムエル記第一 15章22節〜23節
するとサムエルは言った。「主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。まことに、そむくことは占いの罪、従わないことは偶像礼拝の罪だ。あなたが主のことばを退けたので、主もあなたを王位から退けた。」

 ハレルヤ!今日久しぶりに皆さんと共に御言葉を学ぶことができ、感謝します。「従順」というテーマで学びたいと思います。
 私たちのクリスチャン生活で神様に祝福されることは、神を信じること、御言葉を信じて従うことです。信じて従うことです。聖書に幼子のようにならなくては神の国を見ることは出来ないと書かれていますが、神様の前に出るときは幼子のような気持ちで心からイエス様を信じるべきです。神様は信じたら祝福してくださいます。また、信じたら従うことです。「はい」と従順に従うことが祝福されることですので、今週も従順に従っていきたいと思います。イスラエルの初代王はサウル王です。彼が神様によって立てられて第一代目の王様になりました。この王様の中には悪いところがありました。それは神様の御言葉を軽んじ、退けたことです。だから、彼は祝福を失い、間もなく第二第目のダビデに祝福が譲渡されました。今日は彼が祝福を失ったことを見ていきたいと思います。十五章一節から三節には、

『サムエルはサウルに言った。「主は私を遣わして、あなたに油をそそぎ、その民イスラエルの王とされた。今、主の言われることを聞きなさい。万軍の主はこう仰せられる。『わたしは、イスラエルがエジプトから上って来る途中、アマレクがイスラエルにしたことを罰する。今、行って、アマレクを打ち、そのすべてのものを聖絶せよ。容赦してはならない。男も女も、子どもも乳飲み子も、牛も羊も、らくだもろばも殺せ。』

と書かれています。旧約聖書は非常に怖いところがあります。さばきの神様、復習の神様です。ここには、アマレク人を一人残らず殺すようにと言われています。「聖絶」とは一つも残さないことです。残酷なようですが、「男も女も・・・全部殺せ」と言っています。なぜ殺さなくてはならないかというと、歴史を見ると、イスラエル人が奴隷から解放され、約束の地カナンに来る途中でアマレク人の領土を通るときにアマレクがイスラエルを通さないばかりか彼らはイスラエル人を撃ちました。申命記二十五章十七節と十九節に、

『あなたがたがエジプトから出て、その道中で、アマレクがあなたにした事を忘れないこと。彼は、神を恐れることなく、道であなたを襲い、あなたが疲れて弱っているときに、あなたのうしろの落後者をみな、切り倒したのである。あなたの神、主が相続地としてあなたに与えて所有させようとしておられる地で、あなたの神、主が、周囲のすべての敵からあなたを解放して、休息を与えられるようになったときには、あなたはアマレクの記憶を天の下から消し去らなければならない。これを忘れてはならない。』

と書かれています。アマレクはイスラエル人がエジプトから来たときに、疲れて弱っている人しかも、「あなたの後ろの落後者を皆切り倒した」と書かれています。非常に卑怯なやり方です。神様はそれを見て、「カナンの地に良きそこを制定して安定したときには復讐しなさい。」と言われました。ですから、サウルに「おまえが行ってアマレクに復讐しなければならない。聖絶しなければならない。」と神様が言われました。聖書を見ると不思議なことがあります。聖書には「偶像礼拝をしてはいけない、偶像礼拝をする者には三、四代ののろいが来る」と言うことです。これは信じても信じなくても偶像礼拝をするとその家庭が三代四代が呪われるという神様の言葉です。また、私たちの先祖が犯してた罪ののろいもあります。ですから、この罪に対して悔い改めて赦しを請うべきです。
 先週、私は佐賀県嬉野教会で礼拝をしました。そこは約四十人の兄弟姉妹がいました。その礼拝の前に私は神の前に出ました。十月二十日でした。それは、一九四十年十月二十日は皇紀二千六百年という祝いをした日です。ちょうど私が小学五、六年生の時でした。これは、日本の神話に基づいて行われました。旗を振って、「天皇バンサイ!日本は皇紀二千六百年!」と祝いました。今年は一九九九年でイエス様が生まれられてからの年です。昔日本では天皇を神としていました。その時、キリスト教会では一九四十年十月二十日に東京の青山学園の校庭にクリスチャンが集まりました。そこでまず、天皇礼拝をし、国家に忠誠を尽くしたという歴史の中で、キリスト教会が偶像にひざをかがめたという一つの罪があります。ですから、日本のキリスト教会は世界で一番小さい、七千五百件ほどの教会があるのに平均礼拝出席者が三十七人くらいしかありません。それを見ると祝されていないと思いますが、これは先祖たちの偶像礼拝をしたからだと思います。信じられないことですが当時は国家神道が非常に強く、教会では神棚を礼拝し、東に向いて天皇を拝み、それから賛美歌を歌って礼拝をしなければなりませんでした。当時私はクリスチャンではなかったので神話を信じて皇紀二千六百年を祝っていましたが、このような歴史の中で十月二十日、やはり先祖が犯した罪を私たちクリスチャンが悔い改めるべきです。私の家では仏教で先祖代々偶像を拝み呪いがあります。ですから、先週の日曜日は私も朝早く起きて神の前に出て日本の罪が許されるようにと祈りました。あの時に私もも知らずして偶像礼拝をした罪を許してください。また、日本の罪は私の罪として悔い改めますので、許して下さい。」と心から悔い改めました。その日私は祝福されました。神様の前に悔い改めるときに神様が祝福して下さり、嬉野の礼拝も午後からの礼拝も祝福されました。夜家に帰ってきても疲れがありませんでした。新しい力が来ました。私たちは罪は処理するべきです。旧約聖書と新約聖書は違いますが「すべてを聖絶しなさい」ということは、クリスチャンになったら悔い改めて福音を信じなさいと書かれているのでクリスチャンになったら罪をそのままにするのではなく方向転換し、今まで偶像礼拝していた人は偶像礼拝をやめ、偶像から離れるとはっきりとした態度で神様の所に行くべきです。どちら付かずではいけません。たばこをやめなさい。酒をやめなさいと言われたらはっきりしなくてはいけません。どちらかとはっきりしないのではなく、捨てるべきものは捨てて聖絶するべきです。サウルは戦いに出ていき勝利は得ましたが、結果として、良い羊と牛、また王アガクは殺しませんでした。その時、神様は「わたしはサウルを王に立てたことを悔いた。」と言われました。私たちから見ると羊一匹や牛を一匹残したくらいでは大したことがありませんが、しかし、神様から見ると聖絶せよと言ったのにしなかったのでこれは王としての資格がないと言って王としての座を退けられました。それは彼が神様の御言葉を退けたからだと言っています。私たちクリスチャン生活するのなら祝福された生活をするべきです。私は大阪のある教会で説教したときにある人が、「先生。私の家には仏壇があります。どうすれば良いですか。置いてあるだけです。拝んでいません。」「捨てたら良いではないか。」というと、「私は長男で兄弟が多いので仏壇を拝まないけれど仏壇を置いているのです。」その時私は聖書の申命記二十七章に「ひそかに偶像を安置するものはのろわれる。」と書かれていると言うと、彼は顔色を変えました。「先生。はっきり言って私の家はまだ呪われています。」と言いました。そして彼は決心して捨てて今は祝福されていますが、私たちは神様が言われることに従順であるべきです。「罪から離れて神に従いなさい。」と言われる時に罪を捨て従わなくてはなりません。その時に神様がサウルは神様に王座を退かされました。これは神様の怒りです。主の言葉を退けてはいけません。ですから、私たちは世の中に惑わされずにはっきりと神様に従わなければなりません。

『「主は主の御声に聞き従うことほどに、全焼のいけにえや、その他のいけにえを喜ばれるだろうか。見よ。聞き従うことは、いけにえにまさり、耳を傾けることは、雄羊の脂肪にまさる。』

と書かれています。神様はどのようなささげものよりも神様は神様に聞き従うことを喜ばれます。ですから、私たちは神様のみ声に従うべきです。神様が捨てなさい、偶像から離れなさい」と言われたときには「はい」と言って従うべきです。神様の御声に従うときに必ず祝福されます。「でも・・・」と言って従わない人には神様はそれほど祝福されません。ですからこれから祝福された人生を歩みましょう。
 十月三日に私は家内と共に遠州浜北教会に行きました。田中政夫先生の牧会されている教会です。この日は宣教四十周年記念会でした。土曜日と日曜礼拝、そして午後からの集会で奉仕させていただきました。非常に良くしてくださいました。私はカフスボタンを頂きました。田中先生は私たちの伝道で救われた最初の頃のクリスチャンです。そして新城教会から最初に伝道に送り出されました。それは伊勢湾台風のすぐ後でした。四十年という歳月が過ぎ、私が感謝したことは先生は本当に祝福された奇跡の人だと思いました。ということは、田中先生はとても頭の良い人です。しかし、彼はとても貧乏でした。バンドがなくて縄を使っていたり、弁当を持っていくことができなかったりととても貧しい生活で学校を卒業した時に「お母さん。私は学校の先生になりたい」と言うと、「おまえ、自分の頭と相談して言え。」と言われたそうです。しかし、先生は頭が悪いのではなく、子どもが多いから製材に行って働くようにと言われました。そして先生はこのすぐ側にあった茶臼山の製材で十七才の時から働きました。そして、見城姉から「政男くん、教会に行って・・・。」と言うと「嫌だ。もうからないので行かない。」と言われました。「百円あげるから行ってくれ。」と言われて来ました。来られた時に、望みがない人だと思いました。彼はいつも一番後ろに座り、賛美歌を歌っていると突然流行歌を歌い出し、終わるとすぐに帰ってしまいます。ある時に私は彼を捕え、「兄弟、人間はどこから来たと思うか。」と聞きました。「サル」「何のために生きているか」「食うため、金儲けのため。」「どこに行く」「墓場」と聞きむなしいと思いました。サルから来て食うために来て墓場に行くとは寂しいと思いました。そこである時聖書を読むと、「人はたとい全世界を手に入れても、自分のいのちを失ったら何の得になりましょうか。」ということは将来懸命に働き、製材所で成功し、金持ちになるということが夢でした。ですから将来大金持ちになりたいと思っていたときに、「人はたとい全世界を手に入れても、自分のいのちを失ったら何の得になりましょうか。」と言われ考え込んでしまったそうです。そしてそれからまじめに教会に来るようになり、ある時、「兄弟、バプテスマを受けないか。」と言いました。丁度桜の咲いている時でした。「冗談じゃない。みんなが花見しているときに受けたくない。」と言いました。それでは、夜にしようと言い夜にすることになりました。その時彼が最初に祈った祈りは、「あの、お父さんが戦死して墓がないので作っても良いですか。」と言いました。すると穐近先生が「それは立派なのを作れ。」と言いました。そして彼はバプテスマを受けました。しかし、バプテスマを受けた途端、聖霊を受けて変えられ、次の日から路傍伝道をし始めました。すると、製材の主人がしゃくにさわり、ある時電車の中で「滝元さん。家の政男はあなたに必要ですか。」と言われました。「必要だと言うことではありませんが、喜んで日曜学校で奉仕したり伝道もしてくれる。」「あんな奴を家に置いておくと飼い犬に手をかまれると言うので滝元さん、欲しかったら全部あげる」と言いました。「はい。わかりました。」私が田中先生に話しました。「あなたの主人が飼い犬に手をかまれる」と言ったよというと、とても悲しみました。なぜならば、一番製材所を愛して働いてきたのに主人が信用してくれないと言うことで「やめます。製材やめてイエス様に仕えます。」と話しました。その時お母さんも泣いて製材のご主人が「バカ野郎!滝元を呪ってやる!」と言うくらい怒りました。あまりに怒られたのでお母さんも「まあ、政男、こう言ってくれているので主人の言うとおりにして言うことを聞きなさい」と言われ、ついに妥協してしまいました。そして、日曜日に教会に来ないようにして月曜日に休むようになりました。忙しい主人です。それまで熱心に伝道し、日曜学校もしていたのに全部やめてしまいました。そして一月、二月が経ち彼は死ぬほど飢え渇きました。望みがない、喜びがない、そこで考えました。「もう。こんな所にいても駄目だ。やめよう」と決心し、消防署に入る約束をし、ある時夜逃げしました。トランクに荷物を積め、私の留守に教会に飛び込んできました。私の家内に、「奥さん、もう僕仕事やめて逃げてきました。伝道者になります。」と言いました。その時私の家内は、「政男君。本当にイエス様が出なさいと言ったの。」と聞きました。それはイエス様が言ったかはわからない。伝道者になるには神様の声を聞かなくてはいけないから、あなたはとにかくイエス様に真剣に祈ってみなさい。必ず返事して下さるから。」と言いました。その時、彼は従順に「イエス様、僕は伝道者になりたいです。あんな悪い主人の所にいたくありません。逃げてきました。今後一体どうすれば良いですか。」と一生懸命に祈りました。そして御言葉を開きながら祈っているときに、突然大声で「与えられました!!エペソ六の五!」と言うのです。神様が彼にささやきました。エペソ六章五節を開きなさい。彼は聖書を読みました。その時の文語体は、

『「しもべたる者よ。キリストに従うごとく恐れおののき、真心もって肉につける主人に従え。」』

と書かれていました。今の訳だと、

『奴隷たちよ。あなたがたはキリストに従うように恐れおののいて真心から地上の主人に従いなさい。』

と書かれています。逃げてきたのにイエス様は「肉にある主人」製材所の主人に仕えるようにと言われました。だから彼はこの言葉を聞いて従順に従い、トランクを持って「奥さん。帰る。」と言って帰りました。「ごめんなさい。帰ってきました。」それから彼は製材所で働きました。それからはいつ追い出されても構わないつもりでもう一度働きました。それが祝福されました。やがて見城家一家も救われ、やがて彼は伝道者になり、いろいろな教会に招かれるようになりました。あの先生の祝福は肉にある主人に従えと言われたときに、普通だったら一旦逃げ出したら帰ることはなかなかできないと思いますが、彼は従順に神様の御言葉に従いました。私は田中先生が祝福されていることはその時からだと思います。
 ある時先生はこんな話をされました。茶臼山製材でマルタを切っているときにトビが手から放れてくるくると回り口に当たったそうです。口が腫れ上がってしまったそうです。ちょうど集会に行く前で、私の家内の所に来て「こんなに腫れてしまった。恥ずかしくていけれないから滝元先生に説教を変わってくれるように言ってくれ。」と言うと、私の家内が「政男兄。あなたが伝道に行くのは顔を見せに行くの。何のために。」と言うと、「見せに行くのではない。」と言いました。「じゃあ良いじゃない。その顔で・・。」と言うと彼は行きました。彼が祝福されたことは「はい」ということです。失敗しても涙を流して悔い改めて従いました。だから彼の人生は祝福されました。私は田中先生の教会に行って祝福されていると思いました。今は、浦川、水窪、北遠と三つの教会を持っています。浦川の教会は土地が百七坪、駐車場が五十五坪、浜北教会は二百三十坪、先生の家は百十坪です。駐車場は五百三十坪と借りているのを合わせると六百九十坪あります。だからあの教会は全部で土地が浜北教会だけで千三十四坪あります。とても祝福されています。浜北教会は今ビジョンがあります。千人教会を作ろうというビジョンがあります。クリスチャンの数は礼拝で約百人ですが、従えば祝福されると信じています。私たちの教会が祝福される道は信じることです。一人一人が神の御声に従うことです。だめと言われたら「はい」、やりなさいと言われたら「はい」です。そうしたら必ず祝福されます。私たちも神の御言葉を退けないようにしましょう。必ず祝福されます。今までこの教会が祝福されたのは信じて従ったからです。個人的にももし離れなくてはならない罪があれば離れ、従うべきことは従うべきです。信じます、従います。そのことによって祝福されます。祝福されるように祈っていきましょう。昨日、結婚式が終わってから日進ベタニア教会に行きました。長谷川兄姉に連れて行っていただき、新居にお邪魔して行きました。とても良い家に住んでいます。将来下で集会できるように八丈二間の部屋があり、十字架が立っています。そこで家庭集会ができます。二階は新居とゲストルームが作られてとても良い家です。それから日進に行きましたが、今豊田で第二東名のジャンクションを作っています。何年か後に第二東名がこの近くを通ります。ここから五分くらいの所にインターチェンジができます。今度の第二東名は片側三車線で制限速度が百二十キロ、トンネルは七十メートル以上なく短いです。百二十キロで走ったら浜松まで二十分、豊田からも二十分で来れるかも知れません。此の教会はやがて第二東名ができたときにはあちらからもこちらからも大勢が集まります。私も以前話したようにいつか二千五百人の教会を早急に建てなくてはならないと思います。信仰持ちましょう。たとい何年後でもビジョンを持ち、人々が救われるためには信じ、従いましょう。ある人は金がかかると言われます。そんなことは心配しないで良いのです。神様は皆さんが信仰を持ったら必ず祝福して下さいます。やがて大きな二千五百人の教会が建てば、皆が偶像の所に行かずに、教会に来ます。やがてそれ以上の大きな教会が建ちます。信仰を持ちましょう。信じるだけです。金はいりません。必ず祝福して下さいますので、神様に信じて、従っていきましょう。一言お祈りします。

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