心の傷のいやし


滝元 明 牧師
 しかし彼(イエス)は、私たちのそむきの罪のために刺し通され、私たちの咎のために砕かれた。彼(イエス)への懲らしめが私たちに平安をもたらし、彼(イエス)の打ち傷によって、私たちはいやされた。
  イザヤ書53章5節

 上記のみ言葉は、主イエス・キリストの御降誕前(BC)約700年頃にユダヤの国に現れた預言者イザヤが、やがて救い主として生まれる主イエスが、人類の罪のあがないとして、十字架上に私たちの罪のために刺し通され、私たちの咎のために犠牲となって砕かれ. ことを預言したものです。そして主イエスの犠牲によって人類の罪は赦され、主イエスの打ち傷によって、私たちの傷もいやされると告げているのです。この預言は、今から2,000年程前、神が人となられた、主イエスによって成就されました。
 さて、あなたは傷ついてはおられませんか。肉体の傷、それ以上に心が傷つけられてはいませんか。過去の失敗、人々から、肉親、友人から傷を受けてはおられませんか。人を赦すことも、愛することもできないで苦しんではおられませんか。心の中に憎しみはありませんか。忘れたくても忘れることのできない罪はありませんか。この罪を赦し、傷をいやして下さるお方は主イエス・キリスト様です。主イエスは神であられるのに、人となって苦しみを受けられたので、あなたの、私の苦しみを理解することができ、助けて下さることができるのです。主イエスはみ手を広げてあなたをいやしてあげようと待っておられるのです。

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