友よ


滝元 明 牧師
 イエスは彼に「友よ。何のために来たのですか。」と言われた。そのとき、群衆が来て、イエスに手をかけて捕らえた。
    マタイの福音書26章50節

 イエス・キリスト様が十字架につけられる直前に弟子たちに「わたしはもはや、あなたがたをしもべとは呼びません。しもべは主人のすることを知らないからです。わたしはあなたがたを友と呼びました。(ヨハネの福音書15章15節)」と語られましたが、個人的に「友よ。」と呼ばれたのは、イスカリオテのユダという男でした。この人はイエス様の12弟子のひとりとして、3年間行動をともにし、しかも彼は、会計係なる仕事も任されていましたがいつもひそかに金をごまかしておりました。そればかりか、最後にはイエス様を裏切って、銀貨30枚で、反対者であるユダヤ人の指導者たちに売ることにしたのです。そのことを実現するためにイエスを捕らえようと、剣や棒を手にした大勢の群衆を連れて彼らと合図を決めて、「私が口づけする、その人を捕まえるのだ。」と言っておいて、彼はイエスに近づき、「先生、お元気で。」と言って口づけしたのです。そのときイエス様は、ユダが何のために来て、裏切ることも知っておられたのに「友よ。」と言われたのです。イエス様は彼のすべてを赦されていたのです。
 間もなくイエス様は、十字架につけられて殺されるとき、「父よ。彼らをお赦しください。彼らは何をしているのか自分でわからないのです。」とお祈りされました。イエス・キリストは敵でさえ「友」と呼び、すべての人のために死んでくださったのです。

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