HOME > メッセージバックナンバー > 2012年バックナンバー > 1月 > メッセージ2012年1月22日

『あなたの望むことはみなしてあげましょう』

2012.1.22(SUN)
新城教会牧師 滝元明
ルツ記 3章11節

『さあ、娘さん。恐れてはいけません。あなたの望むことはみな、してあげましょう。この町の人々はみな、あなたがしっかりした女であることを知っているからです。』


  ハレルヤ!おはようございます。先週の週報では、今日のメッセージは岡本信弘先生の予定でしたけれども、信弘先生が何日か前に風邪を引いて、あまり声が出なくなったので、私にピンチヒッターでメッセージをして欲しいということでしたので、代わりにメッセージをします。
 今朝はみなさんと一緒に、聖書の御言葉を学んでいきたいと思います。ルツ記の御言葉を今読んでもらいましたけれども、もう一度読んでみます。

『さあ、娘さん。恐れてはいけません。あなたの望むことはみな、してあげましょう。この町の人々はみな、あなたがしっかりした女であることを知っているからです。』

 今朝の御言葉はどういう御言葉かといいますと、今日の午後からも愛知県民の森に行って祈り会がありますが、先週は六十人くらいの人たちが行ったかと思いますが、私もその中に入れていただいて行きました。そこでいろんなことを祈りました。今日もみなさんに祈って欲しいことを書いてくださったら祈りますが、私にとって個人的なこと、自分自身の将来のことだとか、家内のことなどについて、一生懸命祈りました。
 私は家内のために「主イエス様、これからどのように導いてくださるのでしょうか」と真剣にお祈りしました。その時に私の家内のために、イエス様が与えてくださった御言葉がこれなのです。

『さあ、娘さん。恐れてはいけません。あなたの望むことはみな、してあげましょう。』

こういう御言葉を読んだので、「すばらしい御言葉をいただいた」と思いました。しかし今日は私の家内のためにではなくて、みなさんのためにこれをお話しします。ひとつここに、『さあ、娘さん。』というところに、自分の名前を入れてみてください。私の家内だったら『さあ、清子さん。恐れてはいけません。あなたの望むことはみな、してあげましょう。』とてもいい御言葉ですね。だから私もこの御言葉を受け入れています。みなさん、一緒に読んでみましょう。

『さあ、娘さん。恐れてはいけません。あなたの望むことはみな、してあげましょう。この町の人々はみな、あなたがしっかりした女であることを知っているからです。』

 この御言葉はすばらしいです。これは誰が語った言葉かというと、ボアズがルツに対して、それは将来奥さんになった人ですけど、彼女に対して語った言葉です。『恐れてはいけません。あなたの望むことはみな、してあげましょう。』
 今日みなさんこの御言葉を信じることができたらすばらしいですね。『あなたの望むことはみな、してあげましょう。』今日みなさんいろんな願いがあると思いますが、もしみなさんが自分の願いを主の前に出して『あなたの望むことはみな、してあげましょう。』と、信仰を持つことができたら人生は祝福されるわけです。

 ルツという人はどういう人でしょうか。
初めて教会に来て、聖書を読んだ時に一番最初にひっかかるのは系図です。マタイの福音書一章一節~六節にこう記されています。

『アブラハムの子孫、ダビデの子孫、イエス・キリストの系図。アブラハムにイサクが生まれ、イサクにヤコブが生まれ、ヤコブにユダとその兄弟たちが生まれ、ユダに、タマルによってパレスとザラが生まれ、パレスにエスロンが生まれ、エスロンにアラムが生まれ、アラムにアミナダブが生まれ、アミナダブにナアソンが生まれ、ナアソンにサルモンが生まれ、』

その次に、

『サルモンに、ラハブによってボアズが生まれ、ボアズに、ルツによってオベデが生まれ、オベデにエッサイが生まれ、エッサイにダビデ王が生まれた。ダビデに、ウリヤの妻によってソロモンが生まれ、』

このような系図があります。マタイの福音書というのは、ユダヤ人のために書かれたといわれていますが、日本人が見ると、『アブラハムの子孫、ダビデの子孫、、、。』誰が生まれたのかわからんといいますが、これはすばらしいことなのです。神様が人類を救うために特別にアブラハムを選んで、それからアブラハムの子孫から救い主が出るという約束を系図で現しているのです。その系図の一人が誰かというとボアズです。そのボアズさんのお嫁さんになったのがルツです。そしてまた、そのルツの子孫からダビデ王が生まれて、やがてイエス様が生まれたのです。系図は救い主がお生まれになったすばらしい記録なのです。

 このルツさんのことを考えると、すばらしいと思いますが、この記事は一体どういう記事なのかというと、聖書を見ますと、イスラエルのベツレヘムに住んでいたエリメレクという人が、奥さんのナオミを連れてモアブの地に行ったことから始まります。

 実はモアブという地は聖書から見るとあまり祝福されていない人たちの地です。なぜかというと、彼らは神様から見たらあんまり喜ばれない民族であったからです。
彼らはそのモアブに二人の息子を連れて行って十年間をそこで過ごしたのです。やがてモアブで二人の息子たちのために奥さんを迎えました。
しかし二人の息子はモアブで先に死んでしまったのです。十年間の間に、ご主人が死に、二人の息子たちさえも死んでしまったのです。

 これはどういう意味があるのかというと、祝福されたイスラエルの国から、神を信じない偶像礼拝の地、モアブに行ったということは、祝福はないということを表しています。ですから、イエス様を信じた人が、偶像礼拝に堕落したら祝福がなくなるということも現しているわけです。
 しかし感謝なことに、苦しみの中に入ったルツでしたが、イスラエルに帰って回復したのです。

ある日、ナオミは「自分の故郷のベツレヘムに帰ろう。」と決断したのです。そして二人の嫁たちに「私はこれから国に帰ります。だからあなたたちも、自分の神のところに帰って結婚しなさい」と言ったわけです。
 するとオルパという嫁は泣きながら「じゃぁ、私は帰ります」と帰りました。しかし、ルツはナオミが教えてくれた真の神を信じたのです。そしてこのように語りました。ルツ記一章十五節~十七節、

『ナオミは言った。「ご覧なさい。あなたの弟嫁は、自分の民とその神のところへ帰って行きました。あなたも弟嫁にならって帰りなさい。」ルツは言った。「あなたを捨て、あなたから別れて帰るように、私にしむけないでください。あなたの行かれる所へ私も行き、あなたの住まれる所に私も住みます。あなたの民は私の民、あなたの神は私の神です。あなたの死なれる所で私は死に、そこに葬られたいのです。もし死によっても私があなたから離れるようなことがあったら、主が幾重にも私を罰してくださるように。」』

 これはどういうことかというと、ルツは、天と地を造った真の神、イスラエルの神を信じたから、『あなたの民は私の民。あなたの神は私の神。私は絶対離れません。』と告白したのです。
ここに書いてありますように、『あなたの神は私の神。』すなわち、「イエス様こそ私の神です。」と信じることは、非常に大切です。誰かから誘惑されたら、また元の偶像に帰るのじゃなくて、「どんなことがあってもついて行きます。」と。

その結果、どうなったかというと、ルツはボアズの親戚と出会って、やがてボアズと結婚したのです。
 私たちも神様の前に心を込めて従ったら、祝福されます。そして、ボアズがルツに語った言葉を、もう一度心に留めたいと思います。ルツ記三章十一節、

『さあ、娘さん。恐れてはいけません。あなたの望むことはみな、してあげましょう。』

 みなさん、「もし真の神に従ったら、あなたの願っていることは聞いてあげますよ。」と、すばらしい約束の言葉です。
 聖書を見ると、聖書の中にはいろいろと約束があるわけですけれども、ヨハネ十四章十二節~十四節、

『まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしを信じる者は、わたしの行うわざを行い、またそれよりもさらに大きなわざを行います。わたしが父のもとに行くからです。またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。』

 ボアズが語った言葉の中に『あなたの望むことはみな、してあげましょう』とありますが、これはボアズの言葉ですが、イエスも『求めることは何でも、それをしましょう。』と言われました。もう一度十三節を読んでみましょう。

『またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。』

 みなさん、今日、天と地を造られた真の神を心から信じて「あなたがもし神に求めたら聞いてあげますよ」という言葉を信じましょう。

 それからヨハネの福音書十五章七節にこう書いてあります。一緒に声を出して読んでみましょう。

『あなたがたがわたしにとどまり、わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。そうすれば、あなたがたのためにそれがかなえられます。』

 『あなたがたがわたしにとどまり』とは、「イエス様をよく信じていたら。」そして、『わたしのことばがあなたがたにとどまるなら、何でもあなたがたのほしいものを求めなさい。』あなたの欲しい物を何でも「今日はなんでもいいから求めなさい。そうしたらそれをしてあげましょう」と書かれています。
 今日、「なんでも聞いてあげますよ」と言われたら何を求めますか。いろいろありますね。

 私は一九四九年にイエス様を信じましたから、六十三年間イエス様を信じ続けて来たわけです。それで、何が一番すばらしいのか。人生において最高なことは、イエス様を信じて救われたことですね。みなさんもそうでしょう。「イエス様にお会いして救われた!最高!」と思いますよね。

 みなさん、今の時代は非常に物質的に恵まれた時代ですよね。食べることも簡単に考えます。感謝の祈りもしないで、ばくばく食べる人もいます。しかし考えてみると、食べることができるのは恵みです。
 この間、東北の大震災の時、災害にあった人たちは三日間くらい何も食べなかった人も多くおられ、一日にパン一つだった人もいます。当たり前のことが、当たり前ではなくなりました。ですから、みなさん、私たちも当たり前のことを当たり前ではなくて、神に感謝しなければならないと思います。

 私も自分の信仰生活において、自分の原点というか、感謝なことは、食事の時、孫たちと祈る時には簡単に祈りますが、私と家内と一緒に祈る時は本当に心を込めて感謝します。「イエス様、この六十年もの間、今日まで食べさせてくださって、ありがとうございます。今日も食べることができて感謝します」と感謝するのです。

 なぜかというと、私は救われて一年のうちに自分の郷里の津具に帰ったわけですけれども、伝道に帰る時に、私を導いてくださった穐近という先生が私に言った言葉があるのです。それは「兄弟。絶対、乞食はするなよ。」と言う言葉でした。これがある意味において、私の出発への言葉でした。
「兄弟。乞食するな。」「わかりました。」私は聖書の中に『アブラハムは行く所を知らずして出て行った』と書いてありますから、アブラハムができることなら、私もできないことはないという信仰を持って郷里に帰ったわけです。

 すごく親が反対しましたし、仕事もありませんでした。一九五〇年六月十八日、私は家内と結婚しました。結婚する時に、私の母親が言ったことは、「明。どうやってこれから食って行くだか?アメリカから金が来るだか?」と聞きました。私は「金は来ないよ。自分で働くよ。」「おまえ、イエス様やめろ。やめたらタンス何本でも作って着物もいっぱい作ってあげる。」と言いました。
私の実家は資産家でした。彼らは「やめてくれ。」と言いましたが、私は「やめん。」と答えました。
 だから結婚式に、私の父も母も来てくれなかったし、家内は当時、親にお金を預けていたのですが、「私が預けたお金を返してください」と言ったら「今は返さん。今返したらイエス様のために使っちゃうから返さん。」と言いました。
だから結婚式が終わって家内と一緒に出発した時に持っていたお金は、三千円でした。当時一ヶ月三千円くらいで食べれた時代です。職を探したり、いろいろなことをしているうちに、だんだんと金がなくなって、最後には食べ物もなくなったのです。
よく話すのですが、「これからどうする?」と家内に言いました。それで、家内が自分の着物を持って、八橋という所にお願いに行きました。「すいません。この洋服と米と交換してください。この洋服を食べ物と換えてください。」すると、一人の人が、「いい服だから交換してあげる」とじゃがいもをくれました。金がなくなって、じゃがいもだけ毎日食べました。明日から仕事もない。どうするか。しかし、夜感謝して、「イエス様、じゃがいもが与えられて感謝します。」
私の実家は目の前ですが、「絶対親には乞食しない。飢え死んでもイエス様に頼る」という考えを持っていましたから、じゃがいもばかり食べていました。ちょうど食べ終わった時に、私の兄貴が来ました。
 「おい、明。明日、石しょいがあるで、石しょいをせんか。」石切場から石を一個運び出すといくらという仕事があるので、仕事をしないかというのです。嬉しかったですね。「やる!なんでも!」次の日、石背負いをしました。一ついくらで運び出して、それで帰る時に「今日、これがあんたの日当だ」とお金をくれました。その時は嬉しかったです。それを持って、私は四キロくらいの道のりを米屋さんに米を買いに走りました。
 あの時にもし、じゃがいももなくて仕事もなかったら今日がないと考えると、私に仕事を下さったイエス様に感謝します。考えると「すばらしい。」今日、生きていることは、イエス様があの時に助けてくださったからだと感謝します。

 そして鉱山でも働きましたが、鉱山で働いた時に、みなさんには何回も話していますが、私のことを村人は「あき兄!」と呼びました。「あき兄!こんな鉱山に就職しても、鉱山は赤字だから、あんたの給料は三ヶ月後にならないともらえない」と言われました。
ある人は、「この鉱山はもうすぐ潰れるぞ」と言いました。せっかく鉱山に入ったのに潰れると言われ、心配になりました。今でも忘れることができないけれど、弁当を背中に担いで、山道をとぼとぼ歩いていると、静かな声が聞こえました。「わたしは生きてる。」

それはイエス様の御声でした。「わたしは生きている。」「あぁ、イエス様は生きている!大丈夫だ。」信仰を持ちました。そして家内と二人で祈りました。『この地上で二人が心を一つにして祈ったら天の父は祈りを聞く』と書いてありますから、「イエス様、鉱山を祝福してください!金が出ますように!」と祈りました。
 その鉱山は百人くらいが働いていて、一ヶ月に三キロ金が出たら黒字になったのです。しかし、三年間くらい一キロくらいしか出ていませんでした。今は金が高いですけれど、一キロ何百万もしますけれど、当時は、一キロ四十三万円でした。しかし、祈りが答えられて、私が入ったその月、十月に三キロの金が出ました。そして、十一月は十一キロという大鉱脈にぶつかったのです。新聞にでかでかと出ました。「津具鉱山、大鉱脈にぶつかった!」そこに一年一ヶ月働きましたけれど、三回もボーナスをもらいました。「やった!」ということです。誰が金を出したのかと言ったら、イエス様です。

 そして私は八橋マンガンに移りました。すると私が移ったその月から、津具鉱山はぴたっと金が出なくなったのです。その次の年、金山は潰れました。
 考えてみると、今あることは、あの時にイエス様が金を出してくださったからです。
やがて、親も私たちの仕事を認めて、一枚、山をくれたことによって、新城に家を買うことが出来ました。神を信じることは当たり前じゃないし、今恵まれていることも、当たり前じゃないのです。

 終戦直後を生きぬいた人は今では少ないと思いますが、私もいろんな人に出会ってその頃のいろんな話を聞きました。その一人に、四国の岩井喜久男先生がいらっしゃいます。私の娘の主人の親戚ですが、牧師です。終戦直後、この方は長野県で牧師をしていました。日本はたいへん貧乏でした。その先生も、何も食べ物がなくなったのです。何も食べる物がない。米もない。食べる物がない。それで奥様と二人でお祈りしたそうです。
「イエス様。食べ物を与えてください。」祈ったら、祈りが聞かれたというのです。どの様に祈りが聞かれたかと聞くと、大きなアオダイショウと言う蛇が炊事場に出て来たというのです。先生は、「祈りが聞かれた!」と喜びました。何をしたと思いますか?蛇を殺して、蛇の肉を食べたというのです。

みなさん、蛇の肉を食べたことがありますか?しかしその先生はイエス様に祈りを聞かれて感謝しているのです。
 聖書を見るとこんな記事があります。第一列王記十七章十四節、

『イスラエルの神、主が、こう仰せられるからです。「主が地の上に雨を降らせる日までは、そのかめの粉は尽きず、そのつぼの油はなくならない。」 』

 こういう記事が出ていますけれど、これはどういうことかというと、イスラエルが偶像礼拝に陥ったから、「しばらくわたしの言葉があるまでは絶対雨が降らない」と、結局聖書を見ると三年六ヶ月の間、雨が降りませんでした。
 エリヤが「みなさん!神の言葉が来るまでは、ここには雨は降りません!」と叫びました。
みなさん、雨が降らないということは大変なことですね。感謝なことに昨日も雨が降ったし、その前の日も雨が降りました。雨が降らないと乾燥して風邪も引くじゃないですか。

 エリヤはどうしたかといったら、彼はやもめの家に行きました。そこで彼は養ってもらったことが書いてあるのです。すると聖書の中にこう書いてあります。やもめが薪を拾いに来たので、やもめに向かって「私に一口水を飲ませてください」とお願いしました。そうしたら彼女がびっくりして、「あの、私は今、薪を拾って、拾った薪でパンを焼いてそれを食べて死のうと思っています。」と答えました。どん底です。
 その時にエリヤはなんて言ったかというと、「あなたが食べる前に、私のためにパンを作りなさい。私が食べてからあなたは自分の分を食べなさい。」と勝手なことを言っていますけれど、やもめはきっと「この人は預言者に違いない」と認めたと思います。エリヤの言った通りにして、パンをエリヤに出したのです。その時の言葉が第一列王記十七章十四節、

『イスラエルの神、主が、こう仰せられるからです。「主が地の上に雨を降らせる日までは、そのかめの粉は尽きず、そのつぼの油はなくならない。」 』

 こう言ったのです。聖書を見るとその後に、第一列王記十七章十五節、

『彼女は行って、エリヤのことばのとおりにした。彼女と彼、および彼女の家族も、長い間それを食べた。』

 みなさん、神様という方は生きていて、不可能なことを可能にするのです。
何年か前に私はスウェーデンに行きました。その時に、りべかとさやかを連れて行きました。スウェーデンで十日間集会がありましたが、その時に私を世話してくれた方が、ハンセンというスウェーデンの宣教師です。その方が私たちを案内してくれました。その方は昔、浜名湖のバイブルキャンプ場にいました。
 そのハンセン先生がこう言いました。「先生、感謝ですよ。感謝なことに、私は信仰によって伝道しているのです。」宣教師は豊かな気がするけれど、送られて来る物で食べて伝道するのです。しかし、ある時、全然スウェーデンから何も送られて来なくて、お金も食べ物も何もなくなったそうです。宣教師がそんなことがあるなんてみなさん考えられないです。
「でも先生、その時に何が起こったかというと、ミンチボールが一ヶ月、毎日毎日出て来た」というのです。信じられますか?ミンチボールが一ヶ月の間、お金を送ってくるまでずっと出て来て、家族は毎日食べたというのです。神様って素晴らしいじゃないですか。不可能なことを可能にできるのは神様です。

 私はいつでも、この証を考える時に、亡くなった田中政男先生のことを考えます。あの人はいい人でした。三十六年間一緒に働きました。彼は信仰のある人でした。浦川に伝道に行って、七年間くらい近くの製材所で働きながら伝道したのです。それから教会がだんだん祝福されて、信者が増えました。しかし、その人たちが浜松に引っ越しました。そこで彼は「そうだ!家庭集会をやろう!」と引っ越した浜北で家庭集会を始めました。少しずつ人が集まりました。
その時に田中先生は考えました。「そうだ。浜北に教会を建てよう。」教会を建てることを決心したのです。みんなで相談して、五十坪くらいの土地を買うことにしました。手金として百万円を払いました。
 ちょうどその時に韓国から、チョン・ウンサンという牧師が来られたので、その牧師に土地を見せました。「先生、この土地を祝福してください。ここに教会堂を建てます。すばらしい教会堂が建つように祈ってください」と言ったら、チョン・ウンサン牧師は返事をしないのです。
「先生、祝福の祈りをしてください。」しかし、返事をしない。「祝福してください!」すると、チョン先生が言ったことは「祝福しない。」というのです。どうしてかと聞くと、「五十坪の土地で大きな教会が建つはずはない。こんな小さな所を祝福することは出来ない」と。
田中先生は「でも、先生。日本には土地がないのですよ」というと、「この辺にいっぱいあるじゃないか。」「あれは人の土地ですよ。」「違う。神様の土地だ。」
田中先生はショックを受けました。それで、田中先生は「先生が言われたことだから聞こう」と言って、その土地の契約をキャンセルしたのです。百万円くらい損をしたと思います。

 ちょうどその年、水窪で青年リーダー研修会がありました。カナダからマクビティという先生が来られました。その先生がメッセージをしました。そのマクビティ先生がどこから説教したかというと、第一歴代誌 四章九節~十節、

『ヤベツは彼の兄弟たちよりも重んじられた。彼の母は、「私が悲しみのうちにこの子を産んだから」と言って、彼にヤベツという名をつけた。ヤベツはイスラエルの神に呼ばわって言った。「私を大いに祝福し、私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」そこで神は彼の願ったことをかなえられた。』

ヤベツというのはお母さんが『悲しみのうちにこの子を産んだから』ということで「ヤベツ」という名前を付けたのです。その悲しみの中でヤベツは神に祈ったのです。「母が悲しみの中で僕にこんな名前をつけたから、神様お願いします。僕はそんな悲しい人生は歩みたくありません。私を大いに祝してください。私の地境を広げてくださいますように。御手が私とともにあり、わざわいから遠ざけて私が苦しむことのないようにしてくださいますように。」と祈った祈りを神は聞かれた。

 田中先生はそのメッセージを聞いて「わかった!」と信じたのです。みなさん何が起きたと思いますか?アメリカに勉強に行く人が教会にきて、「先生。土地を買ってください」と、二千坪くらいの土地が与えられたのです。これは御言葉を信じたからです。

 みなさん信じるということは信じることで、神にとって不可能はないのです。
一月八、九日と九州に行きました。九州の聖会は一九八一年に私が始めた集会ですけれど、今年で三十一回目になります。三十一年間ずっと続いているのです。今は九州の先生たちが責任を持っています。「九州リバイバル聖会」というのです。その垂れ幕は「天下にイエス・キリスト以外に救いはない!」これは私がクルセードを始める時に作ったものです。今回は、四百人近い人たちが来ました。今年の講師は、私と有賀喜一先生でした。有賀先生は燃えておられます。私もメッセージに恵まれました。その中で有賀先生がこんな話をしました。

 一九九二年に有賀先生がハワイのマウイ島に行ったそうです。マウイ島の日本人教会に行ったそうです。その時に有賀先生がマイルズ・カワカミさんという方に出会ったそうです。そのお父さんは熊本県出身で、彼は二世だそうです。その時に彼が「先生、うちの父親は仏教に熱心で、すごく頑固ですから、先生、私の父親が救われるように祈ってください」とお願いされたそうです。
そこで二人で心を合わせて、お父さんが救われるように祈ったそうです。そうしたらみなさん、感謝なことに、一年の後に、頑固なお父さんがイエス様を信じて、クリスチャンになったそうです。
 そして一九九四年に有賀先生はアルゼンチンに、その方を連れて行ったそうです。アナコンディア先生の集会だと思いますが、カワカミさんも一緒に連れて行ったそうです。すると、この方はカーペット仕事をする実業家でした。しかし、その方の会社は三年間赤字だったそうです。「神様、赤字ですから助けてください。儲かるようにしてください。」
みなさんの中に赤字の方、いらっしゃいますか?いらっしゃったら、まねして一緒に祈ったらいいと思います。「赤字を解消してください」と祈ったら、神様は二つの条件を出されたそうです。
 「二つの条件をのんだら祝福してあげよう。」何かと聞くと、「これから毎日二時間祈りなさい。」と言われたそうです。その方はだいたい一日三分しか祈らないから、「えー!神様それは無理ですよ!私はいつも三分くらいしか祈ってないのに!二時間なんか無理じゃないですか!」と言ったら「無理じゃない。一つのことに対して十分ずつ。十二回くらい祈ったら二時間くらいになるから祈ってみなさい。」と言われたそうです。
考えてみたら、「赤字ですから助けてください。黒字になりますように。」このように一つ祈って、「あそこの家をこうしてください。」十二くらい祈ったら、これで二時間。「じゃぁ、まぁやれるか。」と思ったそうです。

 もう一つ神様がこう言ったそうです。「これから儲けさせてやるから、儲けた利益の五十パーセントを神に捧げなさい」と言われたそうです。十分の一じゃありません。五十パーセントです。みなさんならどうですか?「五十パーセント捧げなさい」と言われたらどうしますか?
誤解しないでください。これはみなさんに言われているわけじゃありません。このカワカミさんに神様が言われたことです。その方はこのように考えたそうです。「五十パーセントということは、神様が五十パーセント持って、僕が五十パーセント持てばいいことだ。」と考えたそうです。「はい。捧げます。」と言ったそうです。

 そうしたら、なんと次の年、半年で赤字が解消したそうです。そしてその次の年、いくら儲かったかというと、七万五千ドル儲かったそうです。それで、七万五千ドルの半分を捧げたそうです。その次の年はまた倍儲かったそうです。その次はまた倍儲かったそうです。今この方はたいへん儲かっています。
 そこで今、ハワイでは、五十一パーセント運動が起きているそうです。クリスチャンたちが「どうしてあんたの所、そんなに儲けたの?」「五十パーセント捧げたからですよ。」「うちもやってみよう。うちは五十一パーセント。」ということで、今はハワイで五十一パーセント運動が起きているそうで、クリスチャンがすごく儲けてたくさん捧げているそうです。それで、税金をたくさん収めているから州がすごく喜んで、あんまり収めすぎたということで税金を返してくれたと言っていました。

カワカミさんの奥さんが儲かったので、どうしようかということで、「ホームレスの人たちを養おう。」と、二家族の責任を持って養ったそうです。それが祝されて、二〇一二年には一万人の人たちに食べ物をあげる計画だそうです。みなさん、私たちの神様は生きている神様です。

 もう一人の人の証しを先生がしてくださいました。これは小田さんという方ですが、ハワイの建築のデザイナーの方です。私も出会ったことがあります。ハワイでリバイバルミッションをした時に挨拶に行きました。「どうぞ、協力してください。捧げてください。」と、私もお願いに行ったことがあります。

 その方が何年か前にハイチという国がありますが、ハイチの大統領から電話が入ったそうです。「記念館を作りたくて、世界でも有名な建築家に二年前に設計図を頼みました。しかし気にくわん。小田さん。あなたの証を聞いたから、あなたにお願いしたい。記念館を設計してくれませんか?」と言ったそうです。それで、「三日間の内にやってください」と言ったというのです。小田さんは「わかりました」と言ってハイチに行ったそうです。

 ハイチに行って、第一日目は海に行って泳いだそうです。次の日も海を見ながらぽーっとして、「神様。いい設計図を与えてください」と祈ったら、天から設計図が降りて来たというのです。それで、砂浜に設計図を描いたそうです。記念館を描いたそうです。それからその写真を撮って、三日目に大統領の所に行って、「はい、これが設計図です。」と見せました。すると大統領はびっくりして、「これが私の求めていた記念館だ!採用する!」ということで、今、その記念館がハイチに建てられたそうです。みなさん、すばらしいじゃないですか。

 今日、ざわめきは四国に行っていますけれども、彼はCDを多く出していますが、あれはどうしてかというと、天から歌が降って来るいうのです。それも奇跡じゃないですか。みなさん、神様にとっては不可能なことはないですね。

 記念館を建ててから二年の内に大統領から電話が入ったそうです。「小田さん。あんたにすばらしい設計図を与えた神様ってどんな神様ですか?」そうしたら、五分間イエス様の話をしたら、「僕も信じたい!」と信じたそうです。それからまた五分経ってから、今度は大統領の奥さんから電話がかかってきて、「主人があんまりにも喜んでるから、あんたの神様を知りたいから教えてください。」三十分間話をしてあげて、そうしたら奥さんもイエス様を信じたそうです。大統領夫妻は記念館の噴水のある所でバプテスマを受けて、今もクリスチャンだそうです。

 みなさん、私たちも、今年も神に期待しましょう。なにか問題があるかもしれませんが、駄目なことを良くしてくださる神様に期待しましょう。「僕は勉強できん。」という人は聖書の中に『知恵が欠けた人がいたら惜しむことなくすべての人に与える神に願い求めなさい』とあります。信仰を持って願ったらきっと与えられます。「うちの家庭は駄目です。」駄目でも立て直してあげますよ。「経済的に駄目です。」立て直してあげます。神様にとってできないことはありませんから、みなさん、心から神を信じましょう。

 最初の言葉をもう一回出していただきましょう。これは、ルツさんに語られた言葉ですが、自分の言葉として読んでみましょう。ルツ記三章十一節、

『さあ、娘さん。恐れてはいけません。あなたの望むことはみな、してあげましょう。この町の人々はみな、あなたがしっかりした女であることを知っているからです。』

 この御言葉をもらって、私は家内に「あなたのためにもらったから、あなたがしてもらいたいことを何でも言いなさい」と言ったら、家内は「リバイバルを見ることです。」と言いました。私の家内は一番最初に「リバイバルを見せてください。」言いました。
そして次は、「体が元通りになるように。」と言いました。長らく祈っていますけど、家内のためにも覚えて祈ってください。

では、一言お祈りしましょう。みなさん、一緒にお祈りしましょう。何か願い事があったら、今日はこんな願い事がありますと一緒にお祈りしましょう。

 愛する天のお父様、感謝します。ボアズがルツに「恐れてはいけません」と言いました。「あなたの望むことを何でもしてあげる」と言いました。イエス様、あなたも「わたしの名によって願う事は何でもしてあげましょう」とおっしゃいましたけれども、私たちの願いはリバイバルです。この教会の中に、新城に、リバイバルを起こしてください。また主よ、今日は病の人がいたら癒やしてください。そしてまた、本当に経済的に困っている人があったら、助けてください。今日、私たちはここにあることを心から感謝します。すべての人に祝福がありますように。これから聖餐にあずかります。イエス様の御血御肉にあずかります。どうかこの聖餐によって弱い者が強められ、あなたによって本当に勝利の生活ができるようにお願いします。イエス様の御名によってお祈りします。アーメン