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『あなたは神の協力者です!

2014年9月28日 (日)
新城教会主任牧師 滝元順
第一コリント人への手紙 3章9節〜11節

『私たちは神の協力者であり、あなたがたは神の畑、神の建物です。与えられた神の恵みによって、私は賢い建築家のように、土台を据えました。そして、ほかの人がその上に家を建てています。しかし、どのように建てるかについてはそれぞれが注意しなければなりません。というのは、だれも、すでに据えられている土台のほかに、ほかの物を据えることはできないからです。その土台とはイエス・キリストです。』

  ハレルヤ!おはようございます。夏も終わり、今週からは十月になってしまいます。本当に一年が過ぎるのは、あっという間です。この秋も主と共に歩んで行きましょう。

 今週は、天野先生が来てくださり聖会があります。是非、楽しみにしていただき、積極的に出席していただきたいと思います。まだ、聖霊のバプテスマの体験がない方は、先生の聖会に出ると、聖霊様を体験できます。私もいろいろな教会で奉仕をさせていただいていますが、天野先生の教会は、たいへん祝福されています。聖霊様が働いておられます。その教会の先生が、二日間に渡って来てくださいます。是非とも聖霊の力を体験していただき、前進していただきたいと思います。

 また、みなさんのお祈りに支えられ、スペインで奉仕させていただけたことを、心から感謝します。フェルナンド先生は、明日までスペインで奉仕しています。みなさんの祈りを感じながら、日々、奉仕をさせていただきました。

 ヨーロッパに行きますと、中世に造られた大きなカトリックの教会堂が多いのですが、教会堂を作るには、親の代から、子ども、孫の代まで、さらには何百年もかけて、小さな石を積み重ねて造られています。よくぞ建てたものだと感心します。
 ある時、工事現場で働いている労働者に、ある人が質問をしたそうです。「あなたは今何をしているんですか?」と。するとその人はけげんな顔をして「見れば分かるだろ!石を積んでいるだけだ!」と答えたそうです。そりゃそうです。建物は、小さな石の積み重ねによってできるわけですから。
 同じ現場で働いている他の人にも質問したそうです。「あなたは今何をしているのですか?」するとその労働者は、「この仕事、一時間やったら千円くれるんだ!」と答えたそうです。その人は、一時間千円を目標に働いていたのです。
 またもう一人の人に質問したそうです。「あなたは今何をしているんですか?」同じ仕事をしている人ですが、彼はこう答えたそうです。にこにこしながら、「旦那さん!あと二百年もしたら、ここにすごい会堂ができるんですよ!」と、希望に溢れて答えたそうです。
 三人とも同じ仕事をしていたのですが、捉え方が違ったのです。ある人は、「見りゃ分かるだろ!石を積んでいるんだ!」と、石を積むという事だけに終始していました。他の人は、お金のために石を積んでいました。
 しかし、その場所に何ができるのかを知り、目的をもって働いていた人もいたのです。同じ仕事でも、全く捉え方が違ったわけです。

 私たちも人生をどのように捉えているのでしょうか。「何をやっているんですか?」「見りゃ分かるだろう。ただ生きているだけだ!」という人もいるでしょう。お金のために生きる人もいます。しかし、最終的ゴール、夢がある人は違います。毎日の生活、夢を持ち、希望を持って生きなければ楽しくありません。

 リバイバルミッションの実行委員の平均年齢は七十歳以上です。八十を越えた人たちが、二名もいるのです。これは普通じゃ、ありえないことです。私の親父が八十五歳。有賀先生、八十一歳。平岡先生、七十間近。私は六十三です。こんなチームはありえません。
 しかし、リバイバルミッションの実行委員会は、常に希望に溢れています。有賀先生と父が手帳を開き、二年後くらいのスケジュールを書き込んでいる姿を見て、唖然とします。「この人たち、二年後も生きているつもりなのかな?」と思います。しかし彼らはいつもこう言っています。「死ぬ気がしない!」
 二年後は、八十七だと、普通なら思います。人生は着陸態勢だと思う人と、希望を持って生きている人とは違います。近ごろ、あの二名の老牧師たちに尊敬の念が湧いて来ました。「すごいな〜」と。希望を持って生きることは大切ですね。

 さてみなさんは、どのような希望を持っておられるでしょうか?主を信じる者たちは、神の国の実現に希望を持たなければなりません。この頃よく話しますが、教会とクリスチャンの最終ゴールは、主が再び、この地に帰って来られ、この地の王となられる日をゴールにしなければなりません。

 今、世界中にいろんな問題があります。政治的にも、軍事的にも、近頃では、自然界もあばれています。本当に自然災害が多くなりました。昨日も、近くの火山が爆発し、大勢が犠牲になっているみたいです。
 こうなると、唯一の希望は、主が帰ってこられ、世界の王となって、すべてを治められる事しかありません。それが私たちのゴールです。その日を目標にして、一つずつ石を積んでいくのです。

 今日、引用させて頂きました聖書の箇所は、第一コリント三章です。三章九節から、

『私たちは神の協力者であり、あなたがたは神の畑、神の建物です。』

と、パウロは語りました。私たちは神の協力者だというのです。神様が持っておられる壮大な計画に協力する者たちです。その計画とは何でしょうか?それは、やがてイエス様が地上に帰って来られ、ご自分の王国を建てられる計画です。その計画に私たちは協力する者たちです。
 また、神の畑、神の建物と、述べられています。これは、教会のことです。畑では、産物をそこから収穫します。神のための産物を収穫し、神の働きに協力しなければなりません。
 そして文字通り、私たちは、神の建物です。それは、目に見える教会堂ではなく、神の国が現される、壮大な計画です。その事に関心を払い、心を留めなければならないわけです。
 土台を据えられたのは神です。そして、その土台とは、「イエス・キリスト」です。私たちの土台は、イエス・キリストにあります。
 その土台の上に、私たちは一つ一つの石を積み上げているのです。私たちの世代に、イエス様が帰って来られるのかどうかはわかりません。もしかしたら、百年後、いや、千年後なのかもしれません。中世の大会堂が、世代を越えて多くの人たちの協力で造られたのと同じように、私たちもイエス様の帰って来られる日を目指し、世代を超えて戦い続けなければなりません。それぞれが神の協力者として、それぞれのパートを担当し、担わされているのです。

 私は、一週間ほどスペインに行かせていただきました。みなさんの祈りに支えられ、無事に帰ることができました。
 私は、スペインに行くのは四回目です。今回、行く前はちょっぴり面倒くさい気持ちもありました。またスペインで同じ働きをしなければいけないのかというような、そんな思いもありました。しかし今回主が、「真剣に祈ってスペインへ行け!」と語られたような気がして、大変忙しい中にありましたが、真剣に祈ってから出かけました。
 安いチケットで行きましたから、アエロ・フロートというロシア航空で行きました。あんまり評判は良くないですが、それが一番安かったです。背に腹は変えられません。モスクワに十四時間滞在すると、さらに三万円安かったのです。それでモスクワ空港で十四時間、過ごしたのですが、そんなに悪くなかったです。乗務員の人たちも親切だったし、ロシアのイメージが少し変わりました。
 でも、文化が違うというのか、空港で、食事を注文しても、出て来るまでに一時間くらいかかりました。クレジットカードで支払おうと思って、手渡したのですが、係がカードを受け取り、そのまま奥に消えて三十分。どこへ行っちゃったんだと、「俺のカードはどこだ?」と、やっとの思いで取り返しました。実際いくら払わされているのか心配です。仕事は遅いです。しかし、大陸に住んでいたら、そういうこともあるのかなと思いました。

 スペインでは大変忙しく、幾つも集会がありました。私は数年前、スペインの「エンラセ」というテレビ局で、三日間に渡って番組に出演させていただいたことがあるのですが、今回もエンラセでテレビでのメッセージの仕事が二回入っていました。あとラジオ局でのインタビューが二つくらい入っていました。
 それも、ほとんど打ち合わせなしです。テレビ局でのメッセージも、他教会での集会を終えて飛び込んで、「さぁ!やってください!」『何分話したらいいですか?』「二十七分です。」という感じです。『何を話したらいいですか?』と聞いたら、「スペインに対する神のメッセージを語ってください」と言われました。それはちょっと一考を要すると思いました。しかし、みなさんの祈りに支えられ、本当に祝福されました。どこに行っても祝福されました。大勢の方が集まりました。不思議なことが起こっていると感じました。

 スペインは、私たちが考える以上に、重要な場所です。今回、「スペインのためにメッセージをください」と言われ、二十七分、何かを語らなければいけないわけですから、主に祈りました。「主よ、何を語ったらいいですか?」と。
 私はテレビ局で、「イスラムのことに、ちょっと触れてもいいですか?」と聞いたら、その番組は、全ヨーロッパ、北欧、中東まで届いているらしいのです。「ミサイルが飛んでくるかもしれませんよ」と言われました。話しに気をつけなくちゃいけないなという感じでした。結構、緊張感ある集会でした。

 スペインは日本とも深い関わりがあります。十六世紀にスペインは日本にまでやってきたのです。スペインとポルトガルは同じイベリア半島にある国です。
 しかし日本の将軍が、ポルトガル人やスペイン人たちを追い出したわけです。もしも追い出さなかったら、今頃、スペイン語を話していると思われます。南米を見てください。彼らが入った事により、スペイン語とポルトガル語になりました。日本にも入ったら、スペイン語かポルトガル語になったわけです。みなさんの名前も、マリアとか、ホセとか、ペテロになったはずです。世界の歴史は、ちょっとした事で大きく変わるもんだと思いました。

 イベリア半島は、ヨーロッパへの南からの入り口です。向かいはすぐにアフリカ大陸です。アフリカ経由でイスラムが入って来た時代があります。八世紀のことです。
 しかし、イベリア半島の人たちが、八百年に渡り、「レコンキスタ」呼ばれますが、イスラムと戦い続けたのです。すごいエネルギーだと思いませんか?八百年間です。今までイスラムに取られていた場所を、もう一度奪い返したのです。八百年かけてです。もしも彼らが戦わなかったら、ヨーロッパにイスラムが入って、今頃、世界の歴史は全く変わったと思います。

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 世界地図全体が分からないと、なかなか位置が分からないのですが、黄緑の部分がスペインです。左側の白い部分がポルトガルです。ここにイスラムが入って来たのです。もしもピレネー山脈をイスラムが越えたらヨーロッパにも攻め込んだはずです。
 もしもイスラムが入っていたら、ヨーロッパは今頃、イスラム化し、北アメリカもないし、南米もありません。日本の歴史も変わっていたでしょう。スペインにより、イスラムの進行が止まったわけです。それで世界の歴史が変わったのです。
 当時の人たちは、その戦いが、将来、どう影響を与えるのかなんて、全く考えていなかったと思います。彼らはただ、イスラムを追い出す為に八百年間、粘り強く戦ったわけです。しかしそれに勝利したことにより、歴史は大きく変わったのです。その後、大航海時代が始まり、スペイン、ポルトガルは日本にまでやって来た訳ですが、歴史とは分からないものです。その時代、次の時代の人たちが、どのように振る舞うかで、後の歴史が大きく変わるからです。
 私たちも、それぞれ現代史を刻んでいます。しかし私たちには目的があります。目標は、神の統治の実現にあります。この一時に励んでいかなければならないのです。

 私たちを毎年招いてくれているのは、ホルヘ先生という、「カサ・デ・ディオス」、「神の家」という意味ですが、その教会が、招いてくれています。今回行ったら、三階建てのビルを借りて教会をやっていました。

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 スペインの教会は大変です。スペインではローマ・カトリックの勢力がたいへん強いからです。公認教会の許可を政府から取らないと、警察が来て、教会は閉鎖されるのです。しかし、公認教会になる為には、条件がたいへん厳しいのです。だからある意味で、教会は中国と同じです。隠れて教会をやっているのです。キリスト教会と表示すると、捕まってしまうのです。迫害がたいへん激しいそうです。
 去年の場所と変わっていました。なぜかというと、昨年の場所は閉鎖させられたからです。ある日、教会に行ったら、警察が待っていて、解散させられたというのです。でも彼らは強いです。また、新しい場所を借りて伝道しているのです。
 今回、彼らの教会が中心となってセミナーが開催されたのですが、前回、みなさんにお見せしたこのポスターです。

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 次の世代にどのような信仰の遺産を残すか、というテーマでセミナーをしましたが、本当にすばらしい集会でした。

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 大勢の方が来てくださり、地域の牧師たちやリーダーが集まりました。終わってからの食事会の風景です。

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 そこに集められた牧師たちと記念撮影をしました。

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 また、ラジオのインタビューもありました。

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 ぶっつけ本番でいろんな事を聞かれるので、なかなか大変でした。今回、一緒に星野祥君が行ってくれまして、彼もラジオに出演しました。

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 彼はスペイン語が出来るので、スペイン語で話していました。私は毎年、一週間しゃべる人がいないので寂しいですが、今回、祥君がいてくれて嬉しかったです。

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 これはテレビです。画面を撮ってくれました。

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 テレビ・スタジオです。夜の十一時くらいからの収録でした。眠かったです。

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 今回も、「チーム新城」です。ホルヘ夫妻は、新城教会で救われ、リバイバルしたのです。そして、フェルナンドと私たち。なんとチーム新城が、スペインを勝ち取る為の仕事を毎年やっているのです。本当に不思議だと思います。

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 実は、前にも一度話したことがあるのですが、なぜスペインに行くようになったのかというと、実に、実に、不思議な神の導きがありました。
 新城教会は、設立されて六十年以上が経ちました。私の両親が教会を始めてから、早、六十年以上が経ちました。両親たちが若かった頃、この地域で一生懸命伝道しました。
 ある時、教会の近くに住む一人の青年がクリスチャンになりました。当時、他にも青年たちが救われ、霊に燃えていた時期でした。そんな中で、教会のすぐ近くに夏目という地域があるのですが、そこから一人の青年が教会に来たのです。
 なぜ来たのかというと、駅の近くに菅谷さんという床屋があります。今日も菅谷のおばあちゃんが、礼拝に来ておられると思いますが、床屋に行ったそうです。散髪してもらっている時、その青年の名前は中村さんというのですが、暗い顔をしていたそうです。床屋のご主人、後にクリスチャンになりましたが、当時はクリスチャンではありませんでした。「あんた暗い顔をしているな。どうしたんだ。この頃、教会に青年たちが行くようになって、輝いた顔をしているぞ!」と、床屋のおっさんが中村さんに、「おまえも教会に行け!」と勧めたのです。それで中村さんは教会に来たのです。それはもう五十年以上前の話になります。それで彼は、クリスチャンになりました。それまで中村さんは肺病で死にそうだったのですが、教会に来て心燃やされ、健康を取り戻したのです。おとなしい人でしたが、聖霊に触れられたのです。人って、聖霊に触れられないと、本当の人生の目的は現されないのです。

 当時、この教会に、第一次聖霊降臨がありました。もちろん第一次はペンテコステですけれど、この教会にとっては、最初の聖霊が注がれた時代でした。その時は若者たちが宣教のビジョンに燃えました。それで開拓伝道といって、ここも田舎ですが、さらに田舎に入って伝道するようになりました。
 すでに天に帰った田中政男先生は、ここから飯田線で一時間くらい入った佐久間町浦川という場所に伝道に行きました。今でもそこに教会があります。彼は祈っている時に預言を受けたのです。「政男、浦川に行け!」と。浦川があるのも知らず、どこの裏側かな?と知らなかったそうです。しかし飯田線沿線の駅を見たら「浦川」という場所があったので、そこに出て行きました。すごい時代があったのです。
 中村さんはなんと、「東栄町に行け!」と、主に言われたそうです。東栄町って、知ってますか?これが新城市の地図です。

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 愛知県の一番北が豊根村、東栄町、新城市と続いているのですが、東栄町に行って、伝道するように、主から語られたのです。

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 ど田舎です。主の声を聞いて、彼はそこに入って行きました。

 しかし、こんな所と言っちゃ悪いですが、こういう場所で教会をやるのは大変です。ただでさえ日本は大変ですから。しかし彼は、ここで教会を始めました。誰も教会に来る人はいませんでした。彼は毎日、クリーニング屋で働きながら、トラクト配布をしたりして、地道な伝道をしていました。十年くらい伝道をしていましたが、ほとんど救われる人がいませんでした。
 ある日、私の父の所に中村先生がやって来て言いました。「長いこと伝道しているけど、誰も救われない。ここでの伝道をやめようと思っている」と言いました。私はその時に同席していました。私は、何と言ったかというと、「それがいい、それがいい。やめたほうがいい!」と言いました。教会を五年間やって、人が来なかったら、十年経っても誰も来ないのです。統計的に言って、初めの五年が勝負です。五年間で立ち上がったらうまくいきますが、五年間でうまくいかなかったら、やめたほうがいいのです。もちろん、これは一般論ですが。
 中村先生は、「やめたい」と言ったのです。私は止める事に大賛成で、「やめたほうがいい!早くやめて、他の所に行って伝道したほうがいいですよ!聖書にだって、『足のちりを払って出て行け』とあるじゃないですか。たっぷり足のちりを払って、他の所に行ってください。」という感じでした。
 でも彼は、そうは言ったものの、「祈ってから決めたい」と言いました。「なんだ〜、先に祈ってから来いよ」と思いましたが、彼は、祈り始めました。

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 それから一週間くらい、山に上って、祈ったそうです。「神様、私は長いこと、ここで伝道していますが、誰も教会に来ないです。やめたいのですが。」
 このように、一週間、仕事が終わってから、町が見える場所に行って、祈ったそうです。
 そうしたら神様が、心にささやいてくれたそうです。「やめてもいいけど、もしも、君がこの村で伝道をやめたら、この村には二度と伝道する人は来ないだろうね…。」という思いだったそうです。「やめてもいいけど、もしも君が辞めたら、この村に来る伝道者は誰一人いない。」
 それで、「やっぱり私は、ここに踏みとどまらなければいけない」と決断したのです。彼は、他の町に行こうと思っていたけれど、そこに止まり、踏みとどまって伝道することを決意しました。

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 懐かしい中村先生の写真です。それ以後も、伝道はあまりぱっとしませんでした。

 でも、その町に一人のおじさんが住んでいて、そのおじさんが教会に来て、クリスチャンになりました。後にこの方は新城教会に来て、天に帰って行きました。その人が内藤洋一さんです。

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 二人とも今は天国にいます。彼は当時、東栄町の農協の職員でした。でもちょっと体を悪くして、仕事ができなくなっていたのですが、中村先生の教会に来て福音を聞き、人生は変えられました。仕事の意欲も出ました。彼は農協の上の人で、「この村には何の産業もない、何か産業を誘致出来ないものだろうか」と、彼は一つの工場を村に誘致しました。それがブロイラーを育て、肉を加工販売するという、トーエーチキンという会社でした。

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 そして、なんと、この会社に、やがて二人のペルー人がやって来たのです。それが誰かというと、ホルヘ夫妻です。彼らは昔トーエーチキンで働いていたのです。
 彼らは、ペルーで教会に行ったことがあったそうですが、ほとんど信仰も失っていました。その後、日本のど田舎に派遣社員として来て、家の前に猿がいたり、イノシシがいたりしてびっくりしたそうです。そんな中、さみしくて「また教会に行きたいな…」と思ったそうです。「こんな山の中には教会はないだろう」と思ったら、なんとトーエーチキンの近くに東栄教会があったのです。それが、中村先生の教会だったのです。彼らはそこに行きました。そうしたら、「うちではスペイン語は対応できないから、新城教会に行け!」と言われ、彼らは新城教会に来たのです。ホルヘ夫妻はインターナショナルの働きで、恵みを受け、聖霊の力を体験し、よく彼は県民の森祈祷会に来て祈っていました。

 それで私たちとの関係が作られたのです。ある時、彼らはいなくなりました。国に帰ったということでした。帰国すると二度と帰って来ない方々も多くおられます。今までこの教会で救われた南米の方々は多くおられます。しかし一回国に帰ると、二度と会わないことも多いです。もう彼らとも会うことはないだろうと、思っていました。
 しかし、それから数年後、彼が、スペインから新城にやって来たのです。彼はスペイン人の牧師を連れて新城に来ました。そして、彼自身も牧師になっていました。「あちゃー!!」びっくりしました。トーエーチキンで働いていたおっちゃんが、牧師になって現れましたから。私は本当にびっくりしました。何があったのかと聞きました。

 実は彼には、子どもが二人いたのですが、ペルーに帰ってから、もう一人、子どもが生まれたのです。その子の名をアロン君というのですが、その子は、重度の脳性麻痺でした。

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 その子をペルーでは治療できないということで、一家はスペインに移住したのです。スペインはいい国で、子どもの医療費は無料です。それで彼は政府の支援もあって、子どもを連れて一家でスペインに渡りました。そこで彼は献身をし、牧師になったのです。
 しかし彼はどこで、心燃やされたのかといったら、新城教会で燃やされたのです。新城教会を忘れることができなかったのです。それで、私たちをスペインに招いてくれるようになりました。
 彼は私をスペインのテレビ局に紹介したり、ラジオ局に紹介したり、いろいろな教会に紹介したりして、新城教会で始まった霊的戦いを、スペイン全体に広げたい!というビジョンを持っているのです。人ってわからんもんです。

 今回、テレビとかラジオでも奉仕させていただいて、このテレビ局はヨーロッパ全土、中近東まで放映されるのです。「俺はなんで、こんな所にまで来てメッセージを語っているのかな?」と思いました。それはホルヘ君が東栄町に来たからです。
 しかし、元はといえば、中村先生が伝道をやめようと思ったのを、踏みとどまって宣教を続けたからです。また東栄教会で救われた内藤さんが、トーエーチキンを誘致したからです。それらがすべて働いて、このような結果となったのです。不思議ですね。

 神様の働きは、私たちが考えているのとは、全く違った価値観で進んで行きます。
 先ほど第一コリント三章十一節まで読んでいただきましたが、十二節〜十五節まで読みますと、こんな風になっています。

『もし、だれかがこの土台の上に、金、銀、宝石、木、草、わらなどで建てるなら、各人の働きは明瞭になります。その日がそれを明らかにするのです。というのは、その日は火とともに現れ、この火がその力で各人の働きの真価をためすからです。もしだれかの建てた建物が残れば、その人は報いを受けます。もしだれかの建てた建物が焼ければ、その人は損害を受けますが、自分自身は、火の中をくぐるようにして助かります。』

 これは何を意味しているのでしょうか。私たちの働きは、イエス・キリストの土台の上に神の建物を建てる働きです。それは主が帰られる道を用意する働きです。
 そして、終わりの時に一人一人の働きに対する、評価があるのです。私たちは毎日のように、主の前に仕事をしていますが、土台はイエス様で、その上にブロックを積んでいるようなものです。やがて主が帰って来られたら、各人の働きに対する評価があるのです。
 どのような評価の仕方かというと、私たちが建てた建物に火をつけるというのです。たぶん、イエス様が帰られたら、私たちの目の前に私たちが建てた建物が建っているのでしょう。そこにイエス様がチャッカマンを持って来て、火を点けるのです。火を点けられると、木とか草とか藁で造られている建物は、一瞬にして、メラメラメラと燃えて消えてしまうのです。
 しかし、金とか銀とか宝石は、残るのです。残る材料で建てられている建物は、焼けないで残るのです。そして、焼けないで残ったものが、その人の評価だというのです。
 けれども、例え全てが燃えてしまったとしても、「その人は助かりますよ」と言われているわけです。
 私たち自身の永遠は変わらないのですが、働きが残るか残らないかは、イエス様が帰って来られる日に分かるのです。それも、火によって評価されるわけです。

 私たちは、どんな材料で神の家を建てるのか、分かりません。石なのか、木なのか、宝石なのか、藁なのか、分からないです。しかし神の目には明らかだということです。

 今回、スペインに行って、人間の評価と、神の評価は、全く違うんだろうなと思いました。
 人間的な評価は、たとえば牧師になったら、大きな教会を作って、大勢の信徒が集まり、有名な牧師になった、「この人はきっと、石とか、金属、また宝石で、家を建てた人だろうね」と言われるかもしれません。しかし、もしかすると、かの日に主が着火すると、すべて燃え尽きてしまうのかもしれません。
 しかし、中村先生のように、普通でいったら、「教会も成長しなかった。一生涯働いても数人しか救われなかった、大した働きじゃなかった。」と言うのかもしれません。しかし彼がそこに止まったことにより、今、私たちの働きがスペインにまで広がったのを見ると、彼の働きは評価され、残るものではないかと思います。

 私たちも、主の前に永遠に残るものを材料とし、神の家を建てなければならないのです。それにはやはり、彼が山に上って、「主よ、どうしたらいいですか。この町から去ったほうがいいですか。それとも、とどまったほうがいいですか。」と、祈りの中で教えられ、とどまる道を選び取ったように、日々、祈り深く、主の道を選び取ることが重要ではないかと教えられました。

 時に、私たちは、華やかな道を選びたいものです。どっちがいい?と言われたら、やっぱり得するような、華やかな道を選んでしまうものです。しかしいくら良さそうに見えても、やがてイエス様が帰って来た日に、木とか草とか、藁で燃え尽きてしまう働きなら、その道を選んではなりません。「この道を選ぶと辛い道になる…。」と、誰でも、楽な道を選びたいものです。しかし慎重な祈りが必要だと教えられました。

 今、私たちはスペインに行き、ある意味、華々しい働きをさせていただいています。今度は、私たちが主と勝負しなければなりません。これが残る働きなのか否か、先代までは残って来たけど、それを受け継いだ者たちが試されるのです。私たちが実際、神の国の領域において有益か否かは、働きを受け継いだ次の世代の選択に任されるのです。
 それぞれの世代に、それぞれの役割があり、それぞれが様々な材料で、神の建物を建設しているのです。
 だからパウロは言いました。第一コリント人への手紙三章九節〜十三節、

『私たちは神の協力者であり、あなたがたは神の畑、神の建物です。与えられた神の恵みによって、私は賢い建築家のように、土台を据えました。そして、ほかの人がその上に家を建てています。しかし、どのように建てるかについてはそれぞれが注意しなければなりません。というのは、だれも、すでに据えられている土台のほかに、ほかの物を据えることはできないからです。その土台とはイエス・キリストです。もし、だれかがこの土台の上に、金、銀、宝石、木、草、わらなどで建てるなら、各人の働きは明瞭になります。その日がそれを明らかにするのです。というのは、その日は火とともに現れ、この火がその力で各人の働きの真価をためすからです。』

 私たちの働きに報いがあることは確かです。しかし、私たちの人生の中で、本当に選ぶべき道は何かを、深く考えなければいけません。
 そして、動かすことのできない土台、それはイエス・キリストです。土台を動かしてしまったら、何もならないです。
 今日ここに、クリスチャンホームの子どもたちもいます。クリスチャン一世の方々もおられます。みんな共通しているのは、土台はイエス・キリストだということです。この土台を絶対に崩してはいけないのです。せっかくクリスチャンホームに生まれても、社会に出たりして、誘惑が多くなって、その土台すら捨ててしまう人がいます。そうなったら、その人は、火によって焼かれてしまうのです。それは絶対に避けなければいけません。この土台は絶対に動かしてはなりません。

 しかし、その上に建てる建物は、各自に責任が任されています。それが聖書の教えていることです。一人一人、主の前に出て、自分自身をチェックしたいと思います。
 主が命令されるその道を、選び取っていかなければならないです。その道についての情報は、直接、主が語ってくださる時もあるし、また、キリストのからだから、伝えられる情報もあります。それらが一つになって形が見えてくるのです。やっぱり、自分の思いだけでは駄目です。全体的な流れの中で、方向性は決まるのです。
 最後に一つの証しをして終わりにしたいと思います。

 今から三十年くらい前の話です。三十年くらい前、岡本信弘先生は、牧師じゃなくて、魚屋をしていました。それも、鰹を売る専門家でした。鰹を売らしたら、日本でこの人の右に出る人はいない!左側に出る人はいたかもしれませんが、右側に出る人はいませんでした。そのくらい、鰹の専門家でした。今でも聞いていただければ、鰹についてよく知っています。
 彼に、一人の弟子がいました。その弟子は、中学生の頃は、ずっと引きこもっていた少年でした。彼はかろうじて、中学校を卒業しました。その少年は、中学校を卒業し、信先生の弟子となりました。鰹を運んだり、いろんな下働きの仕事をしていました。
 彼を見ていると、ほとんど勉強していないものだから、知識がありません。それで彼を呼んで「あのな、夕方に仕事が終わるでしょ。時間がたっぷり空いているから、豊橋に夜間の高校があるから、そこに行け!」と言いました。すると彼は言いました。「いやだ!絶対に高校には行かん!」と言うのです。
 「鰹を売るにも漢字がよく読めたほうがいいぞ!書けたほうがいいぞ!行って来い!」と言うと、頑に「嫌だ!」というのです。
 でも私はあきらめないで、彼に「高校に行け!」と何度も言いました。高校に行くことがすべてではないですが、彼にとっては行ったほうがいいと思いました。何度も私が強く言ったので、「順先生がそういうから…」と、いやいや、彼は豊橋の定時制の夜間高校に入りました。

 しかし、人間って分からないものです。大器晩成型という人がいます。子どもの頃は頭が良くても、学校に入るとだめな人もいるじゃないですか。私はそういうタイプでしたが。彼は高校に入ってから目が開かれました。「勉強って楽しい!魚屋だけが人生じゃない!」彼はそう思ったそうです。
 しばらくしたら、彼は私の所に来て、こう言いました。「順先生、僕は和英辞典を一冊まる暗記した」と言うのです。和英辞典を一冊まる暗記したというのです。「すげーな」と思いました。私は十くらいの単語でも覚えられなくて困っているのに、彼は一冊まる暗記したというのです。
 そして、彼はこう言うのです。「この実力を、アメリカに行って試してみたい」と言うのです。私は言いました。「おいおい、おまえな、一冊まる暗記したって、辞書の中にアメリカが入っているわけじゃないし、アメリカに行ったら大変だぞ!」と言いました。でも、彼は、暗記したことによって自信をつけました。そして、アメリカの大学に行くと言い出しました。彼はこう言いました。「アメリカに行くので、祈ってください。」
 私は彼のために祈ってあげました。「いいか。失敗したらいつでも帰って来るんだぞ。」彼は、「分かりました。いずれにしても、大学を卒業したら新城に必ず戻って来ます。」

 彼はなんと和英辞典を一冊暗記し、アメリカに旅立って行きました。帰って来るといいながら、それっきり、帰って来ませんでした。アメリカのどこかの公園に住んでいるのかなと思っていました。
 すると、ある時、噂を聞きました。彼が、アメリカの大学を卒業し、今度はアメリカの神学校に入って、卒業し、アメリカの教会で牧師になったという、信じられない噂でした。
 今、彼は日本に帰って来て、ある教会の立派な牧師となりました。また、神学校でも教えています。 
 彼は元々、信先生の弟子でした。あのまま弟子を続けていたら、今頃、何をしているのでしょう。それはそれで、人生かもしれませんが、神様って、不思議だと思います。主が彼に語りかけた事、また私のアドバイス、両方が、うまく噛み合って、一つの事ができたと思うのです。
 ある時は、友達の言葉が神の言葉になります。しかしある時は、友達の言葉が悪魔の声にもなります。主の働きを引き留める声にもなります。そのような対立する意見によって、微調整され、神の業は進んでいくのだと思うのです。しかし個人的考えだけでは駄目ですよね。周りの兄弟姉妹、教会があって、微調整され、一番いい道に収まるのだろうと思います。

 私は牧師をやっていますが、イエス・キリストを土台とし、兄弟姉妹との良き交わりの中で信仰生活を歩んで行く人は、神の御心の道を歩むことができるのを見ています。かの日に、火を点けられたとしても、残る働きになるに違いないと思います。
 イエス様が帰って来られる日に残るものを、築き上げていきたいと願っています。みなさんで、今からご一緒に祈りたいと思います。
 『あなたは神の協力者です。あなたがたは神の畑、神の建物です。』とありますが、私たち一人一人が、神に協力する管理者として、与えられた御心の道を歩んでいきたいと願っています。


 ハレルヤ、天の父なる神様。御名をあがめて、心から感謝します。今日はこのようにして礼拝を持つことができ、心から感謝を致します。
 今、私たちは神の協力者としての働きのまっただ中にあります。やがてイエス様が帰って来られる日に、残る働きをさせてくださいますよう、お願いします。その働きのために、私たちを用いてください。
 今から、聖餐式を行います。聖霊と御言葉によって、あなたとひとつにさせてください。すべての栄光をお返しし、イエス様の御名を通して祈りをおささげいたします。アーメン。