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新城教会ニュース 2019年2・3月

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ザ・メッセージ

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 「光陰矢のごとし」「時は金なり」など、時間にまつわる言葉は数多く存在します。人は時の中で生まれ、時の流れの中で死んでいきます。人は一度失った過去を取り戻すことは出来ませんし、未来を操作することも出来ません。もしも過去を取り戻し、未来を変えることが出来たら、どんなに幸せでしょうか。一体、日頃感じている「時」とは、何でしょうか。私たちは日々、時計に示される時刻に追われて生活しています。しかし、昼間を12に分けたのは古代エジプト人であり、一日を24に分けたのは古代ギリシャ人であるといわれます。当時は現代のように、時間を等分していたわけではなかったようです。正確に一日が24等分されるようになったのは、機械時計が発明された14世紀以降であるといわれます。
 ゆえに時計は時刻を知らせても、「時間の本質を教えているわけではない」のです。時間という概念は、人間の常識とはかけ離れたものであり、それは宇宙の本質を物語る、非常に不思議な存在なのです。なぜなら宇宙の始まりも、時の概念がなければ、「いつはじまったのか」の「いつ」さえ定義出来ないからです。つまり時間とは、この広大な宇宙の本質的な物理法則を支配する、最も大きな存在です。

 20世紀になるまで、「時間と空間は不変のもの」と、固く信じられてきました。しかし20世紀に入って、これまでの常識をくつがえす、大発見がありました。それは、時間と空間は相対的なものであり、互いに絡み合い、影響し合っているという事実です。これを発見したのが、かの有名な「アインシュタイン」でした。実に、時間と空間は、伸びたり、縮んだりする「物質である」というのです。私たちは物質の世界に生きていますが、時間と空間さえも物質の一つであるとは驚きです。光の速度で移動する宇宙船で一年、宇宙旅行を楽しみ地球に戻るなら、地球は百年経過しているそうです。相対性理論によると、重力によっても時間の進み方は変わりますから、東京スカイツリー(634M)の頂上と地上では、「45万年で一秒」ほど、頂上の方が時間が早く進む計算となります。
 スカイツリーの頂上の人と、地上の人とでは、超微小ながら時間差が生じていることになります。ゆえに人はそれぞれ、独自の時間を持って生活しているのです。今を生きているようでも、私たちは「ある人の過去を現在として」見ているのかも知れないし、「未来を現在として」見ているのかも知れません。物理学の法則の中では、取り戻すことが出来ないと考える「過去」も、操作できないと考えている「未来」も、「時空」という入れ物の中に「同時存在」している事になります。

新約聖書の時間概念の中に「クロノス」と「カイロス」があります。時間には二つの側面があり、脈々と未来に向けて流れていると感じる、「クロノス」と、経過する時間軸に、時折、突如として出現するチャンスの瞬間「カイロス」があるというのです。
 そしてこの「カイロス」こそ、人生最大の鍵なのです。人生は一瞬の判断で方向を大きく変えます。進学にしても、就職にしても、結婚にしても、その他、多くの場面において、人は「カイロス」に支配されているのです。しかも、このカイロスには、「神の時」と「悪魔の時」の二つが存在します。時間と空間を創造した「創造主なる神」を自分の神としていれば、あなたは神の時、カイロスに出会います。それが幸せに生きる秘訣です。しかし神のふりをした、悪魔とその手下、悪霊どもを自分の神とするならば、「悪魔のカイロス」と出会うのです。
 多くの人が悪魔の時と出会い、人生を破壊されています。「新約聖書エペソ人への手紙5章16節」に次のような言葉があります。『機会を十分に生かして用いなさい。悪い時代だからです。』ここで「機会」と訳されているギリシャ語は「カイロス」です。宗教改革者カルバンはこの箇所を「悪魔の手からカイロスを奪い返せ!」と訳しました。

 すべてを創造された神は、過去も、現在も、未来も、すべて「現在形」で所有しておられます。そして、あなたが過去に失った「神の時・カイロス」を取り戻してくださるのです。その結果、あなたの未来も大きく変わります。時間を取り戻すことが出来るのは、創造主なる神以外にありません。その方こそ「イエス・キリスト」です。

『事実、キリスト様は、すべてのものの創造者なのです。 天にあるものも地にあるものも、目に見えるものも見えないものも、霊の世界の王座や主権や支配や権威もすべて、この方がご自分の目的と栄光のために、お造りになったのです。新約聖書 コロサイ人への手紙1章16節』

 教会に来て、失った「カイロス」を取り戻してください。

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僕は牧師の息子として生まれました。生まれたときから僕の周りには賛美の音があふれていました。今はその賛美も大好きなのですが、始めから好きだったわけではありません。僕は小学校までとても音痴で、賛美だけでなく歌うこと自体が苦手でした。そんな僕が賛美を好きになるきっかけがありました。

 小学4年生のある日曜日、教会の礼拝でのことです。教会ではいつもみんなで神様をたたえる賛美を歌います。それまではあまり歌うことがなかった僕は、その日急に「大きな声で賛美したい!神様をほめたたえたい!」という気持ちに駆られて、今までにない大きな声で歌い始めました。その礼拝で賛美のリードをしていたのは僕の父だったのですが、あとで「聖徒は今日すごい大きな声で歌っていたな。神様も喜んでいるよ。偉かったな。」とほめてくれました。350人以上いた会衆の中で立つ父に、僕の声が本当に聞こえていたかどうかはわかりませんが、とても嬉しかったことを覚えています。

 それ以来、どこでも毎日のように賛美するようになった中学二年の僕に、神様は新しい扉を開いてくれました。教会の中高生の中で賛美するグループ、One Way Boysの結成です。Iくん、Sくん、Yくん、後にKくんも加わり活動することになるバンドでした。初心者の集まりのような僕たちでしたが、神様は祝福してくださいました。初めのうちは、プロのゴスペルシンガーである、グロリアシンガーズや、岩淵まことさん、小坂忠さん等の曲をカバーして演奏していましたが、しばらく経つと、神様は僕たちにオリジナルソングを与えてくださるようになりました。はじめて与えられた曲は「いつだって」という曲で、この曲は僕に与えられたメロディーに、Iくんがギター伴奏をつけ、みんなそれぞれの伴奏をつけてくれたことで完成しました。そして次は「道」という曲でした。One Way Boysと名乗る僕たちのテーマソングのようなこの曲は、不思議な方法で完成しました。次の中高生集会に向けて、新しい賛美を発表したいと話し合っていたある日、「何度ズタボロになって~♪」というフレーズから始まる“サビ”が僕に与えられました。次の日曜日には仲間に聞いてもらい、「早いうちに全体を完成させたいね」と話していましたが、なかなかAメロもBメロも決まらず、歌詞とメロディー担当の僕と同時進行で、Iくんは“サビ”部分のギター伴奏を作って、とりあえずそこだけを練習していました。本番前一ヶ月、住む地域が違う学生であることから、日曜日に教会に来たときしか練習できない僕たちにとっては、発表する曲目を決めてしっかり準備しなければならない時期にさしかかっていました。まだタイトルも決まっていないこの曲を、一ヶ月後に披露できるのか不安になりながら神様の導きを求めて祈っていました。次の日曜日、練習に集まると、Iくんが「AメロとBメロのギター伴奏が与えられた!」と言って聞かせてくれました。そのフレーズを聞いて驚きました。
 その直前、僕にもメロディーが与えられていたのですが、Iくんが弾き始めたギターにメロディーがぴったり合っていたのです。「道」というタイトルで完成したこの曲も一ヶ月後の集会で無事発表でき、神様に賛美する喜びを改めてかみしめることができました。

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