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『群衆か弟子か』

2013.11.17 (日)
ペルー宣教師 下田祥之先生
マタイの福音書 5章1節

『この群衆を見て、イエスは山に登り、おすわりになると、弟子たちがみもとに来た。』

<順牧師からご紹介>
 ハレルヤ!おはようございます。今日もみなさんと共に礼拝が守れますことを心から感謝します。隣の方に「あなたを祝福します!」とご挨拶してくださいますか。祝福の言葉をお互いにかけることは、一般ではなかなかないことかもしれません。

 私たちの教会で、強力にサポートしている海外宣教師を、今から紹介させていただきます。下田祥之宣教師です。
 新城教会は二十数年前から不思議とペルーという国への宣教の道が開かれ、今ではペルー人牧師がインターナショナルの働きを導いています。そして「リバイバル聖書神学校」を卒業した下田先生が不思議な経緯でペルーに渡り、七年近く宣教を続けておられます。
 そんな訳で毎年のように、私は先生の働きをサポートするため、ペルーに行っています。毎年、短い期間ですけれども、共に働かせていただいているのですが、先生は日本から遣わされている宣教師の中で、特殊な存在だと思います。なぜなら、ペルーの最も貧しい地域に自ら入り、宣教活動に当たっておられるからです。それは現地の人でもなかなか難しいことです。命も危ないような地域に入り、日々宣教を続けておられます。
 今回、日本に帰ってこられました。一緒に働いている金井ヨシヤ伝道師と私は呼んでいるのですが、後から彼も語ってくれると思いますが、ペルーでがんばっています。今日は先生たちをお招きできて本当に感謝しています。
 みなさんがいつも祈り、支え、捧げてくださっている実を見ることができるのではないかと思います。では、先生とヨシヤ伝道師を、大きな拍手でお迎えください。

<下田先生>

 世界で一番素敵な四文字の言葉、「ハレルヤ」を、もう一度みなさんで唱したいと思います。ハレルヤ!アーメン。イエス様、本当にありがとうございます。
 今日は新城教会にヨシヤ君と二人で来ることができて、証しし、奉仕をすることができることを本当に嬉しく思います。
 まず初めに、ヨシヤ君に少し証しを語っていただきたいと思います。

<ヨシヤ君>

 おはようございます。僕の名前は金井ヨシヤです。三年間、南米ペルーで下田先生の所にいさせていただいています。僕は、ペルーに行く以前は、ひきこもりをしていました。約五年間、ずっと家に閉じこもっていました。それがきっかけでペルーに行くことになったのですが、ペルーで本当にいろんな事を体験させていただき、いろんな人と会う機会があり、僕の人生は大きく変えられました。以前は神様を信じてなかったのですが、ペルーに行って救われました。今は、神様を賛美する者となりました。
 今日は、賛美を一曲やらせていただきたいと思います。曲名は「サルモ・オーチョ」という曲で、スペイン語なんですが、「詩篇八篇」という意味です。歌詞は詩篇八篇一節の『私たちの主、主よ、あなたの御名は全地に渡り、なんと力強いことでしょう。』これが一番の歌詞です。二番の歌詞は、『あなたは幼子と乳飲み子たちの口によって力を打ち立てられました。これが二番の歌詞です。三番の歌詞は、『あなたの指のわざである天を見、あなたが整えられた月や星を見ますのに、人とは何者なのでしょう』という、ダビデの神様への讃歌です。それでは聴いてください。

<賛美>

 ハレルヤです。ヨシヤ君は五年間、十六歳から二十一歳までひきこもりをしていたんですが、ペルーに送られて来て、僕も初めはどうしようかと思いました。彼は今より二十キロも痩せていました。ほっぺたが痩けて、青白い男だったのが、ペルーに来ましてイエス様と一緒に歩むことによって変えられて、今は二十キロ太りまして、僕はその分二十キロ減りました。僕のおへそにストローを突っ込んで、油を吸ってくれたのか分からないですけれども、今はイエス様を賛美する者に変えられました。
 イエス様と一緒にいるならば、どんな病も問題でもありません。イエス様と一緒にいるならば、ひきこもりも必ず解決するのです。イエス様と一緒にいるならば、夫婦の問題も解決するのです。イエス様と一緒にいるならば、仕事の問題も解決するのです。あらゆる人間関係が解決するのです。霊的な問題も解決していくのです。ですから、イエス様と一緒に歩む人生は、なんとすばらしいんだ、そのように体験しまして、今はイエス様を賛美する者に変えられました。イエス様はすばらしいですね。

 僕は、ペルーに行く前に、リバイバル神学校を卒業しまして、昨日も浜松でインターナショナル礼拝を終えた後に、順先生に乗せていただいて車で新城までやって来たのですが、車の中でいろいろな事を思い出しました。神学生時代は、三ヶ日から新城まで、青森出身でしたから、青森から車でまず山形に行って、同級生たちと車に乗り合って、東京、三ヶ日、新城と通っていました。本当にその時のことを懐かしく思い出しました。
 救われて一年後、神学校に来ることになりまして、全く聖書も何も分からないまま、神学校に入れさせていただきました。授業で「オバデヤ書を開いてください」とか言われても、オバデヤ書がどこにあるのか分からないんですよ。「新約聖書かな…」と思って探しているうちに、授業が進んでいってしまうという、そういう状況だったのですが、新城のみなさんの祈りに支えられて、なんとかやめずにすみまして、学校も卒業しまして、今はペルーで活動させていただいております。

 今日は、少しペルーのことを紹介させていただきたいので、写真の方をお願いしたいのですが、よろしくお願いいたします。

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 これが私たちの家族です。救われたヨシヤ君です。隣は僕で、その隣は妻ではなくて犬です。「将軍」という犬ですが、そして妻リリー、そして隣が娘の燐(りん)といいます。かわいい子です。

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 これは「アルパカに襲われる少女」という写真ですが、アルパカを飼っています。みなさん、アルパカを飼っておられる方、いらっしゃいますか?アルパカは一頭、日本で買うと百万円くらいするのですが、僕は奉仕でちょっと山の方、アンデスに行きまして、奉仕を終えた後、ピョンピョンとアルパカがはねている牧場があり、娘と妻が「欲しい、欲しい」と言い出しまして、「私が世話するから」と言うので、「いくらか聞いてみろ」と聞いてみたら、なんと牧場主が「一頭三千円でいいよ」と言いまして、三千円で連れてきました。
 見た目、かわいいです。つけまつげぱっちりです。僕は日本に来ておどろいたのは、アルパカの国に来たのかと思いました。「アルパカさん。アルパカさん。一人飛ばして、アルパカさん。」それはいいんですが、そんなアルパカでございます。

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 これはアルパカとダンスをする少女です。かわいいというか、見た目だけです。人間と同じで、見た目で選んだらいけません。性格悪いのです。動物ですから上下関係をはっきりさせようとするのです。まず娘が狙われました。アルパカはものすごい勢いで走って迫ってきます。娘ははじき飛ばされ、次は妻にアタックしまして、妻もはじき飛ばされました。ヨシヤ君はぶつけられるのが嫌だから、走って逃げました。三人はアルパカに負けたわけですが、最後は僕です。走って来るのですが、こっちだって負けられません。アルパカはペルーの象徴の動物ですから、こんなのに負けてたまるかと思って、僕も胸から飛んで行きました。そしてばーんっと、アルパカをすっころがしてやりました。そうしたら今度は倒れても起き上がってくるのです。そうしたら今度はがっちり左上手で止めまして、上手投げでたたきつけてやりました。動物愛護団体の方いらっしゃいますでしょうか。すみません。三回で私にはかなわないということが分かったようで、誰が主人か、思い知らせてやった次第です。
 このアルパカは血圧にきくといいますので、ペルーに来た時にはアルパカのバーベキューでもご一緒に。

 といいますのは、僕が今回、帰って来たのは計算外といいますか、神様の計画だったんでしょうけれども、三つ問題がありました。
 一つ目は、血圧が下がらなくなりました。いろんな事がありまして、血圧が二百二十くらいになりまして、偏頭痛がしたり、具合が悪くなり、救急で運ばれたりしまして、これは日本に帰って治療した方がいいというのが一つ目です。
 二つ目は、歯です。七年間向こうにいますから、あちこちにがたが来まして、ものすごく痛んだ所がありまして、歯医者に行って治してもらいました。そうしたら一週間後、治してもらったはずの所が痛み、熱が四十度くらい出まして、頭痛がして、歯医者に戻りました。「治した辺りが痛い」ということで、詰めた所を開けてみました。そうしたら医者が「あはは!」と笑っているのです。そうしたら、「中からこんなのが出てきたよ」と、医者が置き忘れたスポンジが中で腐っていました。その上に蓋をしていたのです。「あははじゃねぇだろ。治せ!」と言って、もう恐ろしくなって、これは日本に帰るしかないというのが二つ目です。
 あと、もう一つは、腰が向こうで痛んでいました。膝と腰を、相撲時代に痛めたというのもあるのですが、こちらに来て検査を受けましたら、四つヘルニアが見つかりまして、欲しい方がいらっしゃいましたらお分けしますが、みなさんに祈っていただいて、信仰による癒しをいただいて、ペルーに出発しようと思っています。
 出発は今月の二十日です。もう明日、明後日なんですが、今回は二ヵ月、実家の方にいまして、歯が治って、血圧も薬の調合が合いまして、今は百三十くらいまで下がってきました。もうしっかりと準備が出来ましたので、二十日に出発することになっています。

 先ほどは家族紹介ですけれども、ペルーの働きを少し紹介させていただきたいと思います。

 ペルーという国はみなさんどこにあるのかご存知ですね。あちこちに行きまして、ペルーの話をしますと、「あの細長い国でしょ」と言われます。何人かの方が頷いておられますけれども、細長い国はチリです。そのチリの上がペルーです。ペルーといいますと有名なのは何でしょうか。マチュピチュです。あとは、ナスカの地上絵とか、それから一番高いところにあるチチカカ湖とか、そういうものがあるのですけれども。

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 私たちの活動しているペルーという場所は、五千年前のバベルの塔の崩壊後、西に向かった人たちはエジプトでピラミッドを作り、そこからヨーロッパへと散って行くのですが、もう一つは、東回りに向かった人たちです。

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 このようにして旅をしながら、アジアを通って、中国、日本を通って、ベーリング海峡を渡り、北中米、南米を通り、やがて「カラル」という場所にたどり着きました。

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 これが、カラルのピラミッドと言いまして、なんとバベルから東回りでペルーまで到達した人たちが、このような階段式のピラミッドを十七基作りました。そこで偶像礼拝を始めました。ピラミッドとは、人を殺して悪霊に捧げる、そういった宗教施設ですけれども、それをペルーに作ったわけです。そしてカラルから南米全体に文化が広がって行きました。

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 これはパチャカマックです。インディオの時代から、プレ・インカという時代がありまして、プレ・インカの時代にたくさんの神々が生まれるのですが、これはリマにあるパチャカマック大神殿です。大地を造った神、創造神の神殿です。

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 そして、ペルーにはたくさんの霊媒師がいます。なぜなら、カラルにたどり着いた人たちの子孫ですから、そういう人たちが多くいます。

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 このプレ・インカ時代を統一したのがインカ帝国です。そのインカ帝国の、壊されないで残った施設が、マチュピチュという所です。
 そういう霊的な土台がペルーにはあるわけです。そして毎年、順先生、フェルナンド先生、四元先生も来てくださいますが、来てくださって何をしているかといいますと、霊的戦いの集会を「ワッチョ」という街で行っています。

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 たくさんの霊媒師たちがいる街で、写真の①がワッチョですが、その下に、小さな丸で囲んである場所が「霊媒の泉」と呼ばれている場所です。
 「カラル」は、この目と鼻の先にありまして、カラルに来た人たちの子孫が、ワッチョに多く住んでいます。だから数えきれないほどの霊媒師が、ワッチョに住んでいるわけです。その霊媒師たちが、その泉に集まって毎週祈るわけです。毎週火曜日です。今でも小動物を捧げ、教会が堕落するように、牧師たちが罪を犯すようにと祈っているわけです。
 ですから、この霊媒の泉に行って、初めに祈り、束縛の強い所だからということで、ワッチョで霊的戦いの集会が始まったわけです。

 そんな中で僕は何をとりなしていったらいいのか、このワッチョの水はどこから来ているのかについて、神様は目を向けさせてくださいました。
 リマにはこのように、①②③④という「四つの川」があります。この川はどこから流れ出ているのかといいますと、「フニン」という、こちら側に大きな湖があるのですが、首都リマよりももっと大きな湖です。とてつもなく巨大な湖なんですが、ここから水が流れ出ていることが分かりました。
 きっと五千年前、カラルにたどり着いた人たちは、霊媒の泉を見つけたはずです。そして同じように、この水はどこから来ているかを調べていったら、このフニンの湖にたどり着いたと思われます。カラルに来た人たちは、ここまで歩いて行きまして、高さ四千メートルくらいの所にあります。富士山より高いですから、そこまでたどり着いて、巨大な、海のような湖を目にして、その湖を拝んだと思います。
 今でも、フニンにはたくさんの霊媒師たちがいるのです。この水が流れて行く所、キリスト教徒たちが堕落するようにと祈っているのです。
 だから、今年、順先生たちが来る前に、僕はこのフニンの湖に行ってとりなしをするように導かれました。

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 四番の川の下流域にあるインマヌエルという場所に僕たちの教会があります。いつも洗礼を授けている川が、丸が書いてある所です。この川を遡って行くとフニン湖です。そこで祈ろうということで行って来ました。僕とヨシヤ君と妻と娘で車に乗って行きました。
 高さが四千メートルを越えていかなければいけないので、そりゃもう大変でした。行く途中に、高山病といいますか、唇が紫色になってきて、具合が悪くなってきて、吐き気がして来ました。高山病があるということは覚悟をしていきました。どんどんどんどん、八時間ほど運転をしていくのですが、これ以上高くなると植物が生えないというラインを越えながら、やっと湖にたどり着きました。
 朝早く出まして、着いたのは夕方六時くらいだったのですが、もう家族四人ともダウン状態で、これはもうだめだと思って、急いで宿を探してそこになだれ込みました。高山病だけだったらまだ良かったのですが、私も妻も娘も、三人とも熱が出て、ヨシヤ君は具合が悪いだけだったのですが、僕たちはもう動けなくなりました。娘は横を向いたまま吐いて、息も絶え絶えでした。僕も寒くて寒くて、がたがたしていて、熱を計ったら四十二度まで上がりました。これはもう高山病だけではないのです。高山病では熱は上がりませんから、霊的攻撃だなと分かりましたので、四人で祈って、「イエス様、どうかこのとりなしを守ってください」と祈って、一晩を過ごしました。
 次の日になりました。夜が開けました。「今日はとりなしに行こう。フニンの湖まで行くぞ!」と、決めていたのですが、朝起きたら一つの異変が起こったのです。なんと僕は目を開けたんですが、目が見えないのです。このくらいしか視界がないのです。ぼやーっとなっていて、こんなの高山病じゃありません。なんだこれと思いまして、目が開いているけど、見ることができない状態。これはもう完全に霊的攻撃だと。悪魔はフニンに行くことを望んでいない、そういう力が働いている、そう言われたら行くしかないです。その力を打ち破ってやろうと思って、ヨシヤ君に運転をお願いしようと思ったのですが、免許がありませんから何かあった時に困りますから、「じゃぁ僕が運転するから、ヨシヤ君、右とか左とか言ってくれ」ということで、ゆっくりゆっくり進んで行きました。

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 がたごと道を、ヨシヤ君に右とか左とか言われながら、ハンドルをちょっと押してもらいながら、泥でぬかるんでいる、このような所を二時間くらい行きました。

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 そして、やっと湖にたどり着きました。たどり着いて、近所とか回る力もなくて、僕は目も見えませんから、なんとか水が見える所まで行き、走っていたら、こういう所を見つけました。もう体力の限界です。今日はここで祈ろうということで、車を降り、手をつないで四人で祈りました。
 「神様感謝します。ここまで導いてくださって、いろんな攻撃がありましたが、攻撃を打ち破るために僕たちは遣わされて来ました。五千年の間、隠れて、偶像礼拝者たち、霊媒師たちが祈り続けて来たその呪いを、今、主の御名により打ち砕きます!!」と、四人で手をつないで祈りました。

 具合が悪かったですから、気持ちは大きかったですが小さい声で、「イエス様…」と、叫ぶことができないくらい具合が悪かったのです。「イエス様、打ち砕いてください」と祈りました。そして、「ワッチョの霊的戦いの集会が祝福されるように。この四つの川を汚している、その霊の源よ、枯れよ!」と、大きな気持ちで小さな声で叫んで、祈り終わりました。
 祈り終わった瞬間、絵に書いたように霧が晴れ、僕の目の前からです。さーっと全部、目が見えるようになったのです。やっぱりこれは霊的な攻撃だったのだと分かりました。熱も下がっていくのも分かりました。「ざまあみろ」と思いまして、これで霊的戦いの集会の勝利を確信し、今まで五千年間、汚されてきた川が、リバイバル神学校を終えて遣わされて行った一人の宣教師によって呪いが断ち切られたわけですから、本当に僕は嬉しくて、「神様、祈りに用いてくださってありがとうございます!!」と喜んで、帰りに帰路に着きました。
 そして、祈り終わった後に、家族の写真を撮って、

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帰り道に、牧場を見つけるのです。そして、アルパカを入手したというわけです。

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 フニン湖の霊的戦いの祈りの勝利の実として、アルパカがやってきたわけです。だから、アルパカを手にしているということは、ペルーを手にしたつもりでいますので、ペルーは僕の手中にあると信じています。もちろん、イエス様の手中にあるわけですけれども、そう信じて奉仕をさせていただいているわけです。

 フニン湖のとりなしから帰ってきまして、僕らの教会には今、三十人くらいの子どもたちが来ているんですけれども、その中の一人の少年、エルネストという少年が信仰告白をしました。彼の出身地は、なんとこの「フニン」の村でした。そこでお母さんが性的な暴行を受けまして、身ごもったのが、エルネスト君でした。彼はフニンで生まれました。やがてお母さんがリマに来まして、今、僕たちが活動しているインマヌエルに来ました。そして僕たちとつながることになって、とりなしの後に信仰告白をしました。ハレルヤ!
 僕は嬉しかったです。そのフニンの湖に足を運んで祈ったことによって、霊的世界の地図が作り替えられ、エルネスト君が信仰告白に導かれたからです。

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 順先生、フェルナンド先生、竹内先生、順先生の奥様が来てくださった時に、洗礼式をしました。この川の上流はフニン湖です。聖められた水で、水は汚かったですが、霊的にです。エルネスト君の洗礼式をすることができたのです。こうやって、彼が救われました。その前の霊的戦いの集会の後に、ヨシヤ君は救われていますし、集会を開くと、必ず何かあるのです。インマヌエルに良い霊の実が結ばれるわけですから、順先生が毎年来てくださるのを、本当に私たちは嬉しく思っています。新城教会の皆様の祈りに感謝をしているわけです。

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 それでは、私たちが活動しているインマヌエルという所に行きたいと思います。みなさん、この写真の中に何が見えるでしょうか?何も見えませんか?山ですね。山、砂、家です。本当にそれしかないのです。電気も水もないのです。これは私にとって二つ目の開拓地です。レデル牧師、覚えていらっしゃるでしょうか。四年前に来させていただいたレデル牧師は、僕の友人なんですが、彼と二人で教会を開拓しました。ヌエボ・パライソという所だったのですが、そこがだんだんと落ち着いてきまして、神様は僕を「もっと貧しい所に行きなさい」と導きました。ここは二つ目の開拓地となりました。
 レデル牧師と一緒に四年間歩んだことによって、現地の習慣や、言葉や、いろんな事を学ばさせていただいて、今は私たち家族で、インマヌエルの開拓が始まりました。

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 あれは、山の中腹に石を並べて、ペンキで塗って、一つの文字の大きさは五メートルくらいあります。この集落、「インマヌエル」は、「神様が共にいてくださいます」という意味です。インマヌエルという言葉を刻みました。

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 これが家です。大きさは十畳くらいでしょうか。十畳くらいの家に、開けますと、土間で、おんぼろのベッドと、そこに、だいたい三人、四人が一緒に寝るという生活です。

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 水がありませんので、このタンクに、先ほどバプテスマを授けていた川が十五キロくらい離れているのですが、そこから汲んでくるわけです。

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 この水で、食事を作ったり、皿を洗うのですが、汚いです。現地の人たちは煮沸して飲むという知恵もないですから、そのまま飲んでしまうのです。だから子どもたちは、みんな寄生虫を持っています。寄生虫、飼っておられる方、いらっしゃいますでしょうか?

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 七年間祈って、ドクターたちとコンタクトが欲しいと祈っていましたら、やっと昨年クリスチャンのドクターと出会いまして、医療奉仕のようなこともできるようになっています。ある集会では、「誰が一番長いのが出るかな」と言って、薬を飲んで、虫下し集会のようなことをしています。

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 これはなんだと思いますか?これはトイレです。ヨシヤ君が中に入っているところを僕は隠し撮りをした。あそこには穴が掘ってありまして、それをプラスチックで囲ったトイレでございます。

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 子どもたちです。体が小さいですね。大きくなることができないのです。食事が十分ではないので、朝ご飯はだいたいパン一個です。学校に行っている子どもも、行っていない子どももいます。学校が近くにないですから、一時間くらい歩いて、そこからバスに乗って学校に行くのですが、男の子は午前、女の子は午後です。なんで午前と午後で授業を分けるのでしょうか。
 なぜかといいますと、小学校五年生、六年生で妊娠してしまう子どもがたくさんいるのです。だからそういうコンタクトを取らせないように、授業を分けるわけです。
 そしてペルーは、南米で二番目のコカインの生産地です。ナンバーワンはコロンビアです。ナンバーツーがペルー。そういうわけで、学校の中には五年生、六年生になると、コカインを吸っている子どもたちがいます。それも安く売っているのです。ギャングの収入源になっています。そういう状況です。

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 これは教会を建てる時です。

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 これは僕が寝ている時、彼が僕を隠し撮りしました。昼寝している時です。

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 当時、彼はまだ救われていませんでした。来て一年くらいで救われたので、「ヨシヤ君、今日も教会建てに行くぞ」というと、ちっと舌打ちをして、嫌な顔をするのを引っ張って行って、彼にもこうやってたくさん奉仕をしてもらって、まだ救われていない世人が教会を建ててくれました。

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 そしてついに教会ができました。「教会ができたぞ!」僕は嬉しかったです。「ヨシヤ君、ハレルヤだ!ハレルヤをやろう!」と言ったけど、彼の右手を見てください。ちょっと曲がっています。無理矢理やらされてる感。「仕方がないな」という。

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 そういうわけで、村で一番立派な建物です。ここで僕らは活動しています。

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 これは僕らが住んでいる家です。一年半くらいこういう状況で、全然工事が進まないのです。といいますのは、見積もりをAとBとCという所に出しまして、Aが一番安かったので、「じゃぁ、お願いします」ということでお金を払いました。そうしたら、三ヵ月くらいしましたら、「もはやこれまで。お金が尽きました」と言われました。本当は毎日少しずつお金を払わなければいけないのに、僕は日本的な感覚でいたので、先に払ってしまったら、こんな中途半端な形で終わってしまいました。いつか完成させたいと思っています。

 今、日本語を教えていますので、二階に観光会社を作って、インマヌエルの子どもたちに働いてもらおうと思っています。子どもは働けないので、十七、八歳くらいになったら働いてもらいたいです。観光客が日本からいっぱい来るわけで、マチュピチュに行きたい「あのマチュピチュを見たら人生変わる」と言います。マチュピチュを見たって人生変わらないです。あんな石を積んだのを見たって、何もならないです。イエス様を信じて人生が変わるのです。だから子どもたちに今、日本語を教えているのです。将来、ガイドをしなさいと。ここに観光客を泊めて、あなたたちがご飯を作りなさい。そうしたら日本のお客さんたちはいっぱいチップをくれるから、しっかり食べられるようになります。観光会社を作ろうとしています。日本語を覚えた女の子たちが、日本語でガイドをするわけです。「マチュピチュなんかに来てはいけません。こんな所は、偶像の場所ですから行ってはいけません」と子どもたちに言わせたいです。

 その上には、宣教師訓練センターを作ります。そこで霊的戦いを教え、宣教学を教え、ここからイスラム圏、アジア、バベルの塔からペルーまで来ていますから、今度は逆に、ペルーから送り返さなきゃいけないわけです。新城でペルー人たちが救われて、僕がペルーに遣わされているわけです。ここから逆に宣教師たちが中東、イスラエルの方まで、イスラム圏を突き抜けて福音を携えていくのです。それがペルーに与えられたビジョンだと思っています。ですから、三階に、いつになるか分かりませんが、宣教師訓練センター、そして、みなさんが来た時に泊まれるような部屋を建てたいと願っています。

<教会学校>
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 これはヨシヤ君です。ヨシヤ君が救われたのは、彼がペルーに来て一年後でした。僕は、ヨシヤ君が救われたので、「なかなか僕のメッセージも捨てたもんじゃないな」と思っていたわけです。そうしたら、なんと僕のメッセージではなくて、教会に来ている子どもたちと接するうちに、「ヨシヤ君」と僕は呼ぶのですが、子どもたちは「ヨシヤ君」と発音できないので、「ヨシャーク」と呼ばれているのです。「ヨシャーク、ヨシャーク。こっちに来て。」右に引っ張られ、左に引っ張られ、ヨシヤ君の体がまっぷたつになるくらい、子どもたちに大人気で、僕の前からは誰もいなくなってしまったわけです。彼は栄え、僕は衰えなければならない。みんなに必要とされています。彼が引きこもったのは、彼のお兄さんが、大学院を終わってまして、みんなお兄さんはすばらしいというけれども、彼は比べられて、それがプレッシャーで引きこもってしまったのです。それが、ペルーに来て、子どもたちに愛され、子どもたちに必要とされることによって、「あぁ、イエス様は僕のことを愛してくれている。僕を必要としてくれている子どもたちがいる」と、彼の信仰も揺れ動きました。そしてイエス様を信じると告白してくれたわけです。子どもたちは立派な伝道者です。ヨシヤ君を救いました。ハレルヤ。

 「あなたの隣人をあなた自身のように愛しなさい」と書いてあります。子どもたちにいつも話をするのは、「泥棒がいる街と、泥棒がいない街、どっちがいいですか?」『はーい。泥棒がいない街。』「じゃぁおまえは泥棒をするな」と。
 「嘘つきがいっぱいいる街と、嘘つきがいない街。どっちがいいですか?」『はーい。嘘つきがいない街。』「じゃぁおまえも嘘をつくな。そうしたら、いつか必ず、あなたがあなたの友達に伝道し、伝え、将来、結婚をして子どもができたら、子どもにそれを伝えるならば、必ずインマヌエルは神様の街になる」と励ましています。「難しいことではない。ただ時間がかかるだけだ。一緒にそれをやろう!」と子どもたちにそれを言っているわけです。

 けれども、教会の扉をノックするお母さんたちがいるわけです。「あなたは日本から来てお金持ちだから、私たちの気持ちが分からないのよ。盗まなきゃご飯が食べられないんだから、いらない事を教えないでちょうだい。嘘をつかなきゃ逃げられないんだから、そんな事教えないでちょうだい」と言います。
 「じゃぁ、お母さん、あなたは自分の子どもに、どういう街に住んでもらいたいですか?ゴミがある汚い街ですか?ゴミがない街ですか?」向こうの人たちは自分の家がきれいならいいのです。だから家で出たゴミを扉を開けて、外にぶん投げるわけです。ハエがぶんぶん飛んで、ものすごい不潔です。お母さんにそう聞くと、お母さんには答えがありません。もちろんゴミがない方がいいですから、「だったら、ゴミを捨てないようにしましょう。お母さん自身も良い街、住みよい街に住みたいと思うならば、そのように今生きて下さい。イエス様と一緒に歩むならば、必ず勝利します。そのような街に住むことができる」と話しています。そのようにして活動させていただいています。

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 これを見ると、「わぁ!下田先生、たくさん集まってますね」と思うでしょう。これは午前中の集会。去年のクリスマスです。午後の集会はこれと同じくらい、たくさん集まりました。人が集まるのは簡単なのです。「はーい。ご飯がありますよ」と言いますと、山を越えて集まってくるわけです。だからこんなの見ても、別になんてことないのです。
 ある宣教師たちは、母国にニュースレター、大きなニュース「リバイバルが起きている」とか送らなければいけないので、こうやって人を集めて、年に二回か、三回集会をして写真を撮って送るわけです。写真をもらった方は「すごいですね。先生。大きな働きをしていますね。リバイバルですね!」と言います。しかし、こんなのリバイバルじゃないです。みんな群衆です。

 例えば近くのカトリック教会で「はーい。今度はこっちにパンがありますよ」と言うと、全部、向こうに行ってしまうわけです。だから、この中で本当に残っている人たちは、大人十五人くらいです。開拓して一年くらいで、百人くらいになるのですが、いろんな事があり、教会を壊そうという働きが始まって、分裂してしまうのです。
 「日本人の教会に行ったら村八分にするぞ」という人たちが出てきて、プレッシャーをかけられて、一人、二人去り、今は大人十五人残りました。子どもたちは三十人くらい来ています。いっぱい来ていても何もならないのです。残った十五人たち。残った十五人の大人、子ども三十人は、イエス様に従いたいと思っている人たちなのです。

 それで、今日の「マタイの福音書五章一節」です。教会というのは、イエス様が中心におられます。そして、イエス様は群衆をご覧になられました。たくさん群衆がいたわけです。そして、イエス様は群衆を見て山に登られたと。少し高い所に登られたのです。そして、『弟子たちが身元に来た』と書いてあります。ですから、「教会」「エクレシア」「人の集まり」という言葉には、「群衆」ともう一つのグループ「弟子」という、二つのグループがあったのです。今日のタイトルです。「群衆か、弟子か」です。

 一つ、みなさんに申し上げたいのですが、本当に申し訳ないんですが、こんな僕が言うのもおこがましいのですが、二つのグループがあります。群衆か弟子か。今日、みなさんはどちらにおられるでしょうか。群衆の側でしょうか。それとも弟子の側でしょうか。

 群衆というのは、何をした人たちでしょうか。「イエス様、お腹が減ったのです。先週、イエス様、パンをくれたじゃないですか。あれおいしかったですよ。今日もくれません?」と言って集まった人たちです。「イエス様、あなたの魚はおいしかった。今日も食べたいな。イエス様」と言って、集まった人たちです。「イエス様、病を癒してください。助けてください。」
 でも、群衆は最後に何をしましたか。「十字架にかけろ!殺せ!殺せ!」と言ったのは、群衆たちだったのです。だから、群衆がたくさん集まっても、何もならないのです。教会がかき乱されて、群衆が、自分が一人教会に行かないならばいいのですが、他の人にも伝わって行く訳です。
 「私、今日、教会に行かないわ。行っても何もないから疲れるだけよ。あなたも行かない方がいいわよ」と、群衆がそうやって、どんどん群衆を引っ張って行くのです。悲しいですけど、これが現実なのです。

 でも、イエス様はその群衆を哀れまれて、必要をお与えになりました。哀れんで食べ物を与え、病を癒し、神の愛を説き、でも、群衆に身を任せることはしなかったのです。
 だって群衆が思っていることはこうですよ。手を叩いて「あれをしろ。これをしろ」と言って、イエス様をコントロールしようとしたのです。「イエス様、こっちに来てください。あれをしてください。これをしてください。食べ物をください。」イエス様は神様ですよ。私たちがイエス様をコントロールするのですか。それとも、イエス様が私たちを用いるのでしょうか。イエス様が私たちを用いるのです。
 けれども、群衆はそのように思っていたらから、イエス様は決して群衆に身を任せることはなかったのです。
 そして、イエス様は誰といつも一緒におられましたか。弟子たちです。では、弟子は完璧な人間でしたか。弟子たちには弱さもあった。でも、イエス様に従いたいと思っていた人たちだったのです。だからイエス様は群衆と弟子を分けて、いつも弟子を訓練したのです。
 そしてどんな権威を与えましたか?今日の二つ目の御言葉ですけれども、ルカの福音書十章十九節です。

『 確かに、わたしは、あなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けたのです。だから、あなたがたに害を加えるものは何一つありません。』

と書いてあります。『確かに、わたしは、あなたがたに、蛇やさそりを踏みつけ、敵のあらゆる力に打ち勝つ権威を授けた。』でも、これは誰に授けたのですか。クリスチャン。誰がクリスチャンですか。
 使徒行伝の十一章、クリスチャンと呼ばれた人たちはアンテオケ教会に集まって、パウロとバルナバの教えを一年間受けた人たち、つまり、イエス様に従いたい、御言葉を聞きたい、私を教えてくださいと思って集まった人たちが、初めてクリスチャンと呼ばれたわけです。群衆はクリスチャンとは呼ばれなかったのです。群衆は群衆なのです。
 もし私たちがクリスチャンというならば、イエス様に従っていかなければならないのです。御言葉を聞いて、「神様、私のするべきことはなんですか」と祈り求めて歩んでいく。それがクリスチャンです。それが弟子なのです。
 ルカの福音書十章十七節、

『さて、七十人が喜んでかえって来て、こう言った。「主よ。あなたの御名を使うと、悪霊どもでさえ、私たちに服従します。」』

 七十人というのはなんですか。誰ですか。イエス様が福音を伝えようとして送り出した七十人の弟子だったのです。この弟子たちに蛇やさそりを踏みつける力を与えたのです。権威を与えたのです。群衆ではないのです。
 だからもし私たちが群衆の席にいるのならば、蛇やさそりを踏みつける、そのような力はないのです。でも、もし私たちが、あなたが弟子の場所にいるならば、あなたには、蛇やさそりを踏みつける権威が与えられているのです。あなたにはすべての問題を解決する力が与えられるのです。祈る力が与えられているのです。あらゆるものから人々を救い出す、そのような権威がイエス様によって与えられているのです。
 私たちは弟子の席にいなければならない。私はそのことを神学校によって学ばさせていただきました。霊的戦いの授業で学ばせていただきました。みなさんの祈りによって支えられました。
 だから、僕は、この地球の裏側のペルーという国に行って、東の国からイエス様の救いを大声で叫んでいるわけです。こんな僕でもすることができるのです。そこにヨシヤ君が送られて来て、彼も救われ、今一緒に叫んでいるわけです。一緒に賛美をしているのです。イエス様はすばらしいです。

 ですから、一番始めに申し上げました。あなたはどちらの席におられるのでしょうか。群衆の席でしょうか。それとも弟子の席でしょうか。もし群衆の場所にみなさんがいると思われるのならば、ぜひ弟子の場所に来て下さい。ですから、何度も申し上げました。弟子というのは、何か特別な人間ではないです。「イエス様、あなたに従います」と思い続ける、イエス様に従っていく人、これが弟子なのです。
 そして、弟子を通して世界は変えられていくのです。群衆を通してではありません。イエス様は誰と一緒に世界を変えようとされましたか。弟子なのです。弟子を通して、あなたの家族が変えられるのです。あなたが弟子になることによって、あなたの地域が変えられていくのです。そして、国が変えられていくのです。この大きな奉仕を、なんとイエス様は私たちを信頼して委ねてくださっているのです。「あなたにはそれができる」「あなにできるよ」「下田。ペルーに行ってくれるか。そして、あの子どもたち、親に暴行され、学校の先生からも暴行を受けて、食べ物を食べることができない、あの子どもたちが、下田祥之、おまえが行くことによって、あの地域が変えられるんだ。行ってくれないか。」私にこの福音を委ねてくださったのです。

 だから僕は僕がもらったこのバトンを、次の人に渡さなければならない。「子どもたちよ。受け取ってくれ。このバトンを。そして、おまえたちがやがて宣教師となって、働き人となって、全世界に福音を届けるんだ。行ってくれ。子どもたち。」次の人にバトンを渡そうとしているのです。私たちはもうこのバトンをもらっているのです。
 二千年前、イエス様が十字架にかかって亡くなられて、そしてその次、イエス様が弟子たちにバトンを渡されて、弟子たちも走りました。次をもらって、走って、次だ!今度はそのバトンが、私たちの手の中に渡されているんですよ。燃えてこないですか。燃えてこないですか。ほんとです。こんな事考えているから血圧が上がってくるのです。
 でも本当です。イエス様は私たちを信頼してくださって、日本のリバイバルを、この新城教会のみなさんの手に委ねてくださっているのです。走れ、愛する子どもたちよ。

 僕はペルーに行って七年が経ちました。死ぬまで向こうで仕えようと思っていますけれど、いつまでできるか分かりません。でも、「死に至るまで忠実であれ」という、神様の言葉通り、イエス様に従っていきたいと願っています。
 僕はペルーからヨシヤ君と日本のリバイバルをずっと祈り続けています。みなさんのお祈りを本当に感謝します。その祈りに支えられて、僕らもペルーで歩んでいます。地球の表と裏、どっちが裏か分かりませんけれども、遣わされた場所で、イエス様の福音を宣べ伝え、弟子として歩んでいこうじゃありませんか。
 隣の人に申し上げてください。「あなたを通して世界は変えられます。」そうです。イエス様と私たちが一緒に歩むことによって、この世界が変えられていくのです。地球の表と裏側で、本当に祈り合って、戦ってまいりましょう。

 やがてイエス様が来られます。「主は号令と御使いの頭の声と、神のラッパのひびきのうちに天から下って来られます。それからキリストにある死者がまず初めによみがえり、次に生き残っている私たちが、たちまち彼らと一緒に雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして私たちは、いつまでも主と共にいることになります。」
 天国がくるのです。痛みがない。苦しみがない。悲しみがない。あの子どもたちが入る天国がやってくるのです。主の再臨を待ち望んで仕えてまいりましょう。お祈りいたします。


 ハレルヤ。愛する天のお父様。今日も私たち一人一人を召し出してくださって、このあなたの教会であなたを賛美できる特権にあずからせてくださって、ありがとうございます。イエス様、あなたの十字架の愛を私たちは受け取りました。どうぞ、あなたに従う者とさせてください。

 みなさんに一つ申し上げたいことがあります。「私は今まで教会に来ていましたが、群衆の席にいました。ですけれども、あなたが弟子と一緒に世界を変えようとしておられることを知りました。イエス様、どうぞ、私を群衆ではなく、弟子にしてください。」そう思われる方がおられました、右の手を胸の上に置いていただけますでしょうか。アーメン。感謝します。
 右や左の方とは何の関係もありません。家族もそうです。あなたとイエス様の関係です。「イエス様。私はあなたに従っていきたいと願っていました。ですけれども、なかなか歩み出すことができませんでした。またイエス様、私は弱い者です。ですけれども、弱さの中にあなたが働いてくださること、引きこもりだったヨシヤ君が救われ、子どもたちが変えられて行っていることを知りました。弱い私ですけれども、どうぞ私を用いてください。弟子にしてください。」
 そう思われる方がおられましたら、右の手を胸の上に置いていただけますでしょうか。アーメン。感謝します。
 もう一度、お尋ねします。これはイエス様への信仰の表明です。「イエス様、感謝します。私は自分を弟子だと思ってきましたが、でも、イエス様、私は自分のやりたいことだけをやってきました。あなたに従っていきます。人生を捧げてまいります。私にやるべきことをお教えください。私にやるべき奉仕をお与えください。私を証し人としてお用いください。あなたの御国の拡大を、私を用いてなさってください。私は弟子になります。」そう思われる方がおられましたら、右の手を胸の上に置いていただけますか。アーメン。感謝します。

 もう一度お尋ねします。「今は本当に世の終わりです。方々で飢えや戦争の話を聞き、そして地震が起こっています。本当にこの世の終わりの時に、日本のリバイバル、そして私は世界のリバイバル、人々の救いのために用いられたい。御国の拡大のために用いられたい。ですからイエス様、どうぞ私の人生を用いてください。私を遣わしてください。」そのように思われる方がおられましたら、どうぞ右の手を上にあげていただけますでしょうか。アーメン。感謝します。ありがとうございます。

 イエス様、感謝します。本当にたくさんの方々があなたの弟子になりたいと決断してくださいました。イエス様、どうぞ、決断したおひとりおひとりを、ゆたかに用い、祝福してください。その方を通して、家族が変えられ、地域が変えられ、この新城市がさらに変えられ、日本が変えられ、そして全世界のリバイバルがこの終わりの時に間に合う、大きな救霊の御業が、今、決心してくださった一人一人を通してなされていきますように。
 神様、どうぞ私たちを用いてください。私は弟子になります。感謝して、愛するイエス様のお名前によってお祈りいたします。アーメン。