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サマリヤを通って行かれたイエスさま
パート3

2015年2月8日(日)
新城教会主任牧師 滝元順
ヨハネの福音書 4章1節〜4節

『イエスがヨハネよりも弟子を多くつくって、バプテスマを授けていることがパリサイ人の耳に入った。それを主が知られたとき、──イエスご自身はバプテスマを授けておられたのではなく、弟子たちであったが──主はユダヤを去って、またガリラヤへ行かれた。しかし、サマリヤを通って行かなければならなかった。』

使徒の働き8章4節〜8節

『他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。ピリポはサマリヤの町に下って行き、人々にキリストを宣べ伝えた。群衆はピリポの話を聞き、その行っていたしるしを見て、みなそろって、彼の語ることに耳を傾けた。汚れた霊につかれた多くの人たちからは、その霊が大声で叫んで出て行くし、多くの中風の者や足のなえた者は直ったからである。それでその町に大きな喜びが起こった。』

 ハレルヤ!今日も心の底から主を礼拝できますことを、心から感謝をします。今日はちょっと雨が降り、足下が悪いですが、集まっていただき、主を礼拝できることを感謝しています。
 私がメッセージを語らせていただく前に、先週、先々週と、「ざわめき」の開先生たちが、「zawameki12」の録音のためにロサンジェルスに行きました。みんなで祈っておりましたので、少し、その証しを聞きたいと思います。昨夜、帰って来て、たぶん、時差ぼけしていると思います。それでは、よろしくお願いします!

<<開先生からの報告>>

 ハレルヤ!感謝します。ぼけたまま出て参りましたが、ただただ皆様のお祈りに支えられた十二日間でした。守られたことを心から感謝します。結果として、本当に大きな主の勝利が現されたことを、心から感謝します。
 しかし毎日毎日、来る日も来る日も、一日一日が大きな戦いで、主ご自身が新たなリバイバルの戦いを始めておられることを、目の当たりにさせていただくような日々を過ごしました。ですから、あっという間の十日間でした。結果として、大きな勝利を現してくださいました。みなさんのお祈りを熱く熱く、背後に感じながら、主の働きに携わることを許してくださったことを、感謝します。
 今回のレコーディングで、主が、末の日のリバイバルのために賛美の勇士を、裁きの勇士を集められ、「裁きの器」というみ言葉を与えられていました。今までは世の中の音楽に仕えて来た人たちが、最後の日に、音楽を悪魔から勝ち取って、賛美を持って敵の力を打ち破る働きが成されるようにと願っていましたが、その通りのことが成され、心から感謝しています。
 毎日毎日、いろんな戦いの中でのレコーディングが進められていったのですが、すべて祝福と勝利ですが、印象としては、私たちが思う以上に、主ご自身が先に進んでおられたという事です。今まで以上に、手が届かないほど、すばらしい作品を主が与えてくださったという、印象を持っています。
 今回の曲の中に、「Jesus is coming soon!」という曲があります。そのレコーディングをした時、ロサンジェルスは毎日、天気が良くて、青空が広がっているのですが、突然街が真っ黒い雲に覆われ、激しい雨が降り、雷まで鳴りました。そんな中でのレコーディングでした。すごく恐れを感じました。イエスさまが帰られるということは、すごいことだな…、しかも、「Coming soon!」まもなく帰られる。主への恐れを感じつつ、レコーディングをしましたが、すべて主の守りの中、レコーディングは進められました。
 主が集めてくださったこのメンバーを通し、新しい領域の扉を開き、リバイバルへと導いてくださる事と、強く確信しています。

 写真を少しご覧頂いて、今回、レコーディングを助けてくださった方々を、紹介させていただきます。

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 今回もベースのアレックス・アルさんが、全曲アレンジをしてくださいました。イエスさまから、「最高のものを捧げるように」と、彼自身が語られたと言いました。「だから最高のものを捧げたいんだ」と、私たちが今まで経験したことのないような、レコーディングでした。

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 そして、ドラマーは、ジョン・ロビンソンさん。この人は、白人ですが、すごく有名な方で、マイケル・ジャクソンのCDのレコーディングは、ほとんどこの人がしています。みなさんも、彼のドラムは絶対に聞いたことがある、桁違いのすばらしいドラマーでした。

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 ギターは、ポール・ジャクソンJrさんが演奏してくださいました。この方も、今第一線で戦い続けている方なのですが、今回もがんばってくださいました。

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 そして、キーボードは、トレーシー・カーターさんという人ですが、とても美しいピアノであったり、元気なオルガンだったり、すばらしい演奏をしてくださいました。

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 そしてもう一人のギタリスト。前回も参加してくださいましたが、マイケルさんがギターを手伝ってくださり、私たちが帰る寸前の夜まで、レコーディングに参加してくださいました。彼は最後の最後まで、何度も何度も曲にギターを入れてくださり、すばらしい時でした。

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 これが今回のスタジオです。みんな一つになって、顔を見ながらレコーディングをしました。
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 これが、ベーシックなレコーディングが全て終わった時の写真です。みなさんが本当に喜びを持って、参加してくださって感謝でした。

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 今回、イヴォンヌさんが来てくださいました。すばらしいコーラスでした。コーラスを手伝っていただくのは、申し訳ないことなのですが、イヴォンヌさんは涙ながらに「主イエスの愛がここに」のコーラスを入れてくださいました。その曲だけで五時間くらいかけて録音してくださいました。日本語を覚えて、今まで聞いたことのないような、すばらしいレコ—ディングでした。

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 実は、お父さんと弟さんも一緒に来てくださって、お父さんは九十三歳なんですね。弟さんもすばらしいドラマーで、日本をツアーされるような方です。
 今回のこのレコーディングでは、家族ぐるみで、ミュージシャンの奥さんたちともお会いして、多くの方々が助けてくださいました。

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 これはイヴォンヌさんのレコーディングが終わった時の写真です。一番左の方は、デイビットという方ですが、エンジニアで、本当に細かな所まで助けてくださいました。良いエンジニアに出会えて感謝でした。

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 そして、次の日ですけれど、この方は、ルイス・コンテという人ですが、すごく有名なパーカッションの方です。ジェームス・テイラーのバックでツアーをずっとしていたり、いろんな方々のツアーをして、日本では、矢沢永吉のツアーで回ったとおっしゃっていました。この方は本当にすばらしいクリスチャンで、全身全霊を持って、奉仕してくださいました。明日、グラミー賞があるのですが、彼のソロアルバムがノミネートされました。「ノミネートされただけで嬉しい」と言っていましたが、受賞できるように祈って下さい。

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 彼の自宅のスタジオでレコーディングしました。一番右の方は、その時のエンジニアです。レイノンという若い方ですが、がんばってくださいました。アレックスさんは、こういった時にも来てくださり、アレンジャーとしての働きを一生懸命してくださいました。

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 そして、最後の日に、フォーン・セクションといって、トランペットと、トロンボーンと、サックスが入ったのですが、一番右の方が、フスト・アルマリオという方ですが、彼も、本当に有名な方です。本当にすばらしいクリスチャンです。心から賛美を、主の臨在を感じながら、Praise the Lord! Praise the Lord!と言いながら、演奏してくださって、ソロも入れて下さいました。彼が今回、一曲、アレンジしてくださいました。若い二人を引き連れて来てくださいました。なんと彼らは二十一歳で、とても若いパワフルなミュージシャンでした。

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 これはそのスタジオですが、右の方が、デイビットさんというのですが、彼が三曲、フォーンセクションを録音したのですが、その他、二曲のアレンジをしてくださり、本当にすばらしいクリスチャンで、一緒に、建て上げてくださいました。
 これが、フストさんとのレコーディングが終わった後の写真です。

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ということで、本当にすばらしい御業を、主が成してくださったことを、心から感謝します。ただただ、みなさんのお祈りに支えられ、無事に帰る事が出来て感謝します。ロサンジェルスは本当に運転するだけでも戦いです。運転していたら、前に大きなトレーラーがいまして、急にタイヤがバーストして、タイヤが雨のように降って来たりして、最後まで戦いだなと思いました。緊張を緩めることができずに帰って来ましたが、こうして主の、すばらしい恵みの中、すばらしい録音がなされたことを、心から感謝します。主にすべての栄光をお返しします。ハレルヤ!
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 ありがとうございました。音楽を知っている方ならば、今回のざわめきは、はっきりいって、普通じゃないですね。演奏だけでもグラミー賞にノミネートされるくらいのメンバーです。それが日本の賛美チームのバックをサポートしてくれたとは、ただただ、主のご配慮しかないという感じです。私も、今回は大きな戦いだろうなと思って、祈っておりましたが、主が最高の賛美を与えてくださり、日本のリバイバルのために主が関心を持っていてくださる事に、深く感謝します。

 今日は、礼拝が終わった後、婚約式もあります。若い方々には、刺激的です。今年は多くの結婚が決まり、クリスチャンホームができるといいなと祈っています。

 さて今週も、「サマリヤを通って行かれたイエスさま。パート3」で、お話させていただきます。「Jesus is coming soon!」という賛美がレコーディングされたと、先ほど聞きましたが、今の時代、どちらに向かっていくのか本当に予測がつきません。また世界中が恐怖に落とされるような事件が数多く起こっています。
 中近東では、解決のつかない問題が起こっています。報道を見ても、復讐につぐ復讐という、悪の連鎖が起こっています。日本人が二人殺されて、その後、ヨルダン人パイロットが殺され、さらなる空爆が行われ、次から次へと悪い連鎖が続いています。

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 「目には目で、歯には歯で」という言葉がありますが、一方の目をつぶされたら、相手の目もつぶしてやれ!歯を折られたら、必ず相手の歯も折ってやれ!と言われます。それでは平和は絶対に訪れないです。
 しかし、イエスさまの教えは、世界のどの教えにも当てはまらない、最高の教えです。この言葉を、ご存じでしょうか。マタイ五章三十八節〜三十九節、

『『目には目で、歯には歯で』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい。』

 もしも世界中の人たちが、イエスさまの教えを受け取ったらどうですか?世界は平和になります。今、イスラム国との間に、目には目で、歯には歯でと、復讐の連鎖が起こっています。しかしイエスさまは、右の頬を叩かれたら左の頬を出しなさいと、普通では考えられない教えです。小さい頃、私はこのみ言葉を読んで、ショックを受けました。右の頬を叩かれ、左の頬を出したとしても、その次は右のパンチだ!と考えていました。しかしそうではないのです。無抵抗で、敵を愛する教えをイエスさまはなされたのです。
 イエスさまはユダヤ教の文化背景から出て来られました。ユダヤ教は旧約聖書を元にしているわけです。今のイスラム教も、旧約聖書を元にしている側面もあります。旧約聖書では、目には目で、歯には歯でという教えがあります。しかしこれは、復讐というよりも、復讐に対する制限です。
 普通ならどうでしょうか。目を潰されたら、絶対に目だけでは済まないです。目を潰されたら、命取ってやるぞ!という感じです。歯一本折られたら、手足の骨、すべて折ってやるぞ!という復讐です。しかし目を一方潰されたら一方だけにしておけよ、とリミッターがかかっているわけですね。

 しかし、このようなユダヤ教の教えを越え、右の頬を打つ者には、左の頬をも向けなさいと、イエスさまは戒めを越えた方なのです。私たちは旧約の世界に生きる者ではなく、イエスさまの教えに生きる者です。私たちはイエスさまの教えを心に留め、世界の未来に対しても、とりなして祈らなければいけない時期が来ています。

 人間って、一度「偏見」がすり込まれると、なかなか解かれるのが難しいです。日本に住んで、日本で教育を受けますと、日本人は日本人としての偏見を世界に対して持つわけです。様々なメディアによって発信される情報を、真実として鵜呑みにしますから、それによって支配されることが多いと思います。
 私たちは、毎週のように、イエスさまに関する事を聞いて、学んでいますが、イエスさまって、この地上におられた時、どんな顔だったのでしょうか。先週、私はイスラエルセミナーをさせていただいたのですが、そこでも見せたのですが、イエスさまの顔についてです。
 時々、聖書を題材とした絵や映画があります。イエスさまって、ハンサムでかっこいいですよね。

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 これはイエスさまがよみがえった時の絵ですが、このような方がみなさんの前に現れたらどうですか。女性の方々、このようなイエスさまがあなたの前に現れ、「平安があなたにあるように。」と言われたら、すぐに平安になってしまうのではないでしょうか。
 しかし実際、イエスさまは、アブラハムの子孫ですから、人種的に言えば、アラブ系に属する方です。しばらく前にイギリスのBBCが、紀元一世紀頃のエルサレムに住んでいた男性の顔を復元しました。最近は犯罪捜査などで、骨に肉付けして、元はどんな顔か分かる時代になりました。イエスさまはどんな顔をしていたのでしょうか。イエスさまの顔がインターネットに出ていました。せーの、どんっ!

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 これがイエスさまの顔写真です。どうでしょうか。この人が、みなさんの前に現れたらどうでしょう。ちょっと写真を細工しちゃったのですが、

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 「平安があなたにあるように。」と出て来られたら、とたんに平安がなくなってしまうじゃないですか。「えーっ!この人、イエスさまじゃない!」とね。でも、本来は浅黒く、日焼けした顔の方が、イエスさまに近いはずです。でも私たちは知らないうちに、「イエスさまは、こういう顔でなくてはならない」というイメージが、植え付けられているわけです。それが偏見です。

 私は一月に、イスラエルに行かせていただいたのですが、イスラエルを題材に、すでに三週間もメッセージを引っ張っています。でも一月に行けて良かったと思います。私は一月か二月のどちらに行こうか迷いました。一緒に行ってくださる先生の予定とか、また自分自身の予定もあって迷いました。一月だとちょっと準備が整わないと思ったけれど、一月にしました。二月に比べたら一月のほうが一万円くらい、運賃が安かったのもあって、一月にしたのです。
 しかし良かったです。その後、いろんな事件が起こり、今週あたりイスラエルに行ったら、かなりのひんしゅくです。「なんでそんな危ない地域に行くの?政府も行っちゃいけないって言ってるじゃない。」と言われると思います。しかしぎりぎりで、主は私を行かせて下さいました。行って良かったなと、主の守りを感じるわけです。
 イスラエルはかつて一つの国でしたが、北イスラエルと南ユダに分かれてしまいました。

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 今回は、この赤い部分、北イスラエル方面に行きました。昔、シェケムと呼ばれた町に行きました。現在、その地域はイスラエルの領土ですが、アラブ人の居住地域です。そこには、アラブ人たちの文化があります。

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 女性のタイツを吊して売っています。おもしろい売り方をするなと思います。こんな感じの町の風景です。

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 食べものも、アラブ系の食事を食べました。こんな写真もありました。

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 これは冗談ですが、こんな写真を見ると、日本人は偏見を持っているので、「ああいう人たちは危ない人たちだ」みたいに思ってしまうのです。しかし、そう思ってはいけません。イエスさまはアラブ系の顔だったはずです。本当のイスラエルはどこにあるのか、皆があまり行かない北の領域が、実は、真のイスラエルが残っている場所だということです。私はそこに行って、イエスさまのお帰りを真剣に祈ってきました。

 イエスさまの時代にも、偏見があって、ユダヤ人たちはサマリヤ地域には行きませんでした。弟子たちは、イエスさまとは全く違った考えを持っていたと、先週もお話しさせていただきました。
 先週も、ルカ九章五十一節〜五十六節を引用させていただきましたが、イエスさま一行がある時、エルサレムに向かっていたのですが、宿がありませんでした。そこでサマリヤ人の村で宿屋を探そうとしたわけです。しかし、当時、ユダヤ人とサマリヤ人は関係が悪く、サマリヤ人たちはイエスさま一行に宿を貸してくれなかったのです。

 すると、イエスさまの弟子ヤコブとヨハネが憤慨して、「主よ。私たちが天から火を呼び下し、彼らを焼き滅ぼしましょうか。」と言いました。『しかし、イエスは振り向いて、彼らを戒められた。』と記されています。
 今回、日本人の二人が殺され、続けて、ヨルダン人パイロットも殺されました。日本人は首を切られました。しかし、ヨルダン人はどのように殺されたか知っていますか?それは生きたまま火をつけられ、焼き殺されたのです。あの殺し方は、特に、イスラム世界では大きな衝撃でした。殺し方にも、相手に対する侮辱や挑戦が込められているです。専門家が話していましたが、首を切るとは、人間として認めていないという意味だそうです。動物と同じ扱いだそうです。しかし、火をつけて焼き殺す行為はイスラムの世界では、最大の侮辱にあたるというのです。
 なぜかというと、ユダヤ教もそうですが、イスラム教は、火によって体が焼かれるのは地獄のどん底に落ちることを意味するからです。
 今でも、イスラエルに行きますと、人が死んだら、日本のように火葬にはしません。土葬にするのです。火葬にしたら死んだ人は地獄に落ちるという考えです。しかし近年になり、イスラエルも人口が増えて、土葬する場所がなくなりました。それで火葬場を造り、火葬するようになったそうです。そうしたら、正統派と呼ばれるユダヤ教徒たちが大反対し、火葬場を火で焼く事件が起こっています。
 エルサレムに行った人は見たことがあるかと思いますが、これがエルサレムの写真です。

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 金のドームは、イスラム寺院です。手前に見える、白い箱が並んでいるのは墓場です。棺桶がずらりと並んでいるかのようです。土葬の墓場です。
 ということは、ユダヤ教徒にとっても、「火で焼く」とは一番の侮辱です。

 イエスさまの弟子でありながら、サマリヤ人たちが宿を貸してくれなかったというだけで、「主よ。私たちが天から火を呼び下して、彼らを焼き滅ぼしましょうか。」と発言しているのですから、大変です。
 ということは、当時、ユダヤ人とサマリヤ人、南ユダと北イスラエルの間には、かなりの緊張があったとことが伺えます。我々が考えるのとは、全く違う世界がそこにはあったのです。
 ですから、先週もお話ししましたように、イエスさまがサマリヤを通っていかなければならなかったという記述や、良きサマリヤ人のたとえ話は、私たちが考える以上に深い意味があるのです。イエスさまは、深い溝と軋轢を乗り越え、サマリヤに行かれたということが分かります。

 イエスさまはユダヤ人でありながら、軸足はどちらかといえば、サマリヤ人のほうに置いておられました。ある時は、同じユダヤ人から、「あんたはサマリヤ人だ!」と言われています。ヨハネの福音書(リビング・バイブル)八章四十八節、

『「あんたはサマリヤ人だ!よそ者だ!悪魔だっ!そうとも、やっぱり悪魔に取りつかれてるんだ。」ユダヤ人の指導者たちはわめき立てました。』
 
 イエスさまは、皆が拒否していた、北イスラエルに属する人たちを愛しておられたのです。
 私たちも、日々の歩みの中、なるべく偏見を持たないようにしたいものです。この頃のメディアは、都合のいい情報しか流しません。ですから知らないうちに、毒されるわけです。アラブ系の人たちを見れば、なんとなく危ない人たちじゃないかと感じるわけです。それは刷り込みです。ほとんどの人たちは良い人たちです。イスラム国をやっているのは、世界中から集まった過激派です。イスラムというよりも、世界に対して不満を持った人たちです。あのような事柄の背後にも、様々な支配があるわけです。私たちは偏見を捨てて、イエスさまの目で世界を見て、とりなして行きたいものです。

 イエスさまは、スカルの町に行きました。スカルは、旧約時代の「シェケム」に当たります。アブラハムがそこに来て、イスラエルが始まった原点みたいな場所です。そこで一人の女と出会いました。今、その町の名前は現在、ナブロスと呼びます。

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 エバル山と、ゲリジム山に挟まれた古い町です。聖書の舞台となった場所が、今でもそのまま残っています。イエスさまはこの町で一人の女性と出会い、彼女を救いに導かれたのです。その結果、サマリヤ人たちも、イエスをキリストとして信じたのです。そのことが、ヨハネの福音書四章三十九節〜四十二節に書かれています。

『さて、その町のサマリヤ人のうち多くの者が、「あの方は、私がしたこと全部を私に言った」と証言したその女のことばによってイエスを信じた。そこで、サマリヤ人たちはイエスのところに来たとき、自分たちのところに滞在してくださるように願った。そこでイエスは二日間そこに滞在された。そして、さらに多くの人々が、イエスのことばによって信じた。そして彼らはその女に言った。「もう私たちは、あなたが話したことによって信じているのではありません。自分で聞いて、この方がほんとうに世の救い主だと知っているのです。」』

 サマリヤ人たちの多くが、イエスさまをキリストとして信じたのです。サマリヤ人についても、すでにお話ししました。サマリヤ人とは、ユダヤ人に対比される呼び名で、当時、ユダヤ教徒と対立していた、サマリヤ教徒を意味します。今でもサマリヤ教徒たちは、残っており、私はその人たちにも出会ったことをお話ししたのですが、イエスさまの時代、ユダヤ教徒と対立していたのがサマリヤ教徒でした。

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 これが今日のユダヤ教徒とサマリヤ教徒です。なんと、サマリヤ教徒たちがイエスをメシア、救い主として認め、信じたというのです。それも、自分の目で、イエスはメシアであると確認し、信じたというのです。これはすごいことです。
 イエスさまはユダヤ人です。エルサレムの山で礼拝するユダヤ教徒です。その人がサマリヤ教徒からメシアと認定されたわけです。サマリヤ教徒は、エルサレムでの礼拝は間違いで、ゲリジム山を聖地とし、メシアの到来を祈るのが真の礼拝だと信じていました。その事で対立していたわけです。歴史を見れば、BC2世紀、ヨハネ・ヒルカノスがエルサレムからゲリジム山を攻めて来て、サマリヤ教徒の神殿を壊してしまったわけです。サマリヤ教徒は、ユダヤ教徒を相当嫌っていたはずです。憎しみの連鎖みたいな中に、彼らは生きていたはずです。

 しかしイエスさまは、そんな中に飛び込んで行き、一人の女性を導き、なんと、サマリヤ教徒という、当時、最も対立していた人たちが、「イエスは主です!」「イエス=キリストである」と信じたというのです。こんな大きな、信じられないリバイバはありません。日本人が仏教徒、神道でクリスチャンになることより、遙かにすごい出来事です。
 日本にも、サマリヤで起こったようなことが起こってほしいと、私は祈っています。それは、不可能ではないです。サマリヤ教徒がイエスをキリストとして信じたのは、普通なら絶対にありえないことだからです。
 その背景に、イエスさまが偏見を持っておられなかった所に、秘訣があったのです。私たちも、悪魔がすり込む偏見から解放され、人々に福音を伝えることが大事です。

 サマリヤのリバイバルは、その後も続いていくのです。イエスさまが十字架にかかり、よみがえって、天にお帰りになっても、働きは弟子たちに受け継がれました。聖霊が注がれ、イエスさまの命令が実現していくのです。「あなたがたが、聖霊を受けるなら、エルサレム、ユダヤ、サマリヤにも行きなさい」と命じられました。
 しかし弟子たちは、完全には偏見から解放されていなかったかもしれません。なぜなら、迫害を通して、やっとサマリヤに行ったからです。サマリヤに逃げ込まなければならない事件が起こり、サマリヤに入って行きました。しかしそこで、リバイバルの炎が再び、燃え上がったのです。
 使徒の働き八章です。使徒の働き八章四節〜八節、

『他方、散らされた人たちは、みことばを宣べながら、巡り歩いた。ピリポはサマリヤの町に下って行き、人々にキリストを宣べ伝えた。群衆はピリポの話を聞き、その行っていたしるしを見て、みなそろって、彼の語ることに耳を傾けた。汚れた霊につかれた多くの人たちからは、その霊が大声で叫んで出て行くし、多くの中風の者や足のなえた者は直ったからである。それでその町に大きな喜びが起こった。』

 イエスさまがサマリヤの町に行った時には、「スカル」に行ったと、町の名前が記録されています。しかし使徒の働き八章には、『ピリポはサマリヤの町に下って行き、』と記録されているだけです。
 このサマリヤの町って、どこなのかはっきりしていないのです。しかしその町は、イエスさまが行かれた「スカルの町」に違いありません。なぜなら、私は今回、現地に行ってよく分かりました。この付近で「町」と呼ばれるのは、スカルの町しかないからです。古代の遺跡も、ゲリジム山麓にすべてあるからです。ゆえに、スカルの町以外にはないと思われます。
 使徒の働き八章を見ると、後に、『サマリヤの村々にも福音が伝えられた』とあります。「村」ではなくて、「町」と呼ぶことができるのは、スカルの町しか付近にはありません。アブラハムが最初に土台を置いた、その町であったと私は思います。

 父なる神さまがアブラハムをシェケム、すなわち、スカルに最初に遣わし、次に、イエスさまがスカルに行かれ、そして聖霊により、ピリポがスカルに遣わされたのです。
 この町は相当、重要な鍵を持った町だと思います。

 実は、今週は、私たちにとって、大変意味のあるというか、思い出深い週です。なぜなら、一九九二年二月十三日に、愛知県民の森で聖霊が注がれ、私も、教会も変えられ、甲子園ミッションの働きも急展開したからです。その後、霊的戦いが始まり、とりなしの祈りが始まり、今に至っているからです。一九九二年二月十三日に天が開かれることがなかったら、今の私も、新城教会もないと言っても、過言ではありません。主は大きな計画をお持ちで、その為に聖霊を注がれたのです。
 エルサレムの聖霊の注ぎも、大きな意味があったわけです。それが何であったかというと、使徒の働き一章八節に書かれているように、

『しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」』

 福音がユダヤ地方を飛び越え、サマリヤの地に入らなかったなら、世界に出て行く事はなかったからです。最初に勝ち取らなければならない町、それがサマリヤの町、スカルでした。
 私たちも、日本のリバイバルのために、最初に勝ち取らなければならない場所があります。それが新城であり、東三河であり、私たちにとってのサマリヤがあると思うのです。主の働きが広がって行くために、サマリヤを勝ち取っていかなければなりません。

 スカルでリバイバルを起こすために、イエスさまは、まず井戸端で出会った女性を勝ち取らなければなりませんでした。イエスさまはその女性に個人伝道をされ、女性は救われたのです。その結果、大きなリバイバルとなって、広がって行ったのです。その時の問答が、ヨハネ四章十五節から記録されています。
 イエスさまは「一杯の水を飲ませてくれ」から始め、「汲みに来なくてもよい、渇くことのないいのちの水」に話を進められたのです。
 その女性は、お昼頃、水を汲みに来たというのです。普通、あの地域は、お昼頃はものすごく暑いのです。だから昼に水を汲みには来ないらしいです。水を汲みに来るのは、朝早くか夕方だったのです。
 ある意味、この女性は、人目を避け、水を汲みに来ていたわけです。ですから、「二度とくみに来なくて良い、渇かない水をあげる」なんて言われたら、興味を持ったのは当然です。二度と渇かない水、それは女性にとっては魅力がありました。それで「その水を下さい」と願ったわけです。
 その時に、イエスさまが何と言われたかが、記されています。ヨハネの福音書四章十五節〜十八節、

『女はイエスに言った。「先生。私が渇くことがなく、もうここまでくみに来なくてもよいように、その水を私に下さい。」イエスは彼女に言われた。「行って、あなたの夫をここに呼んで来なさい。」女は答えて言った。「私には夫はありません。」イエスは言われた。「私には夫がないというのは、もっともです。あなたには夫が五人あったが、今あなたといっしょにいるのは、あなたの夫ではないからです。あなたが言ったことはほんとうです。」』

 渇くことのない水をもらうための条件は、「あんたの夫を連れて来い」と言う事でした。しかし、その女性が答えたのは、「私には夫はありません。」でした。そうしたら、その女性の素性を何も知らないはずのイエスさまが、「私には夫がないというのは、もっともです。あなたには夫が五人あったが、今あなたといっしょにいるのは、あなたの夫ではないからです。」と言われたからです。
 この会話を聞いただけで、その女性が、人生の中で様々な問題を体験してきた事が予想できます。
 しかし聖書は、私たちの予想と違う面があります。私たちは、「きっとこの女性は、人生に様々な問題が起こり、主人が亡くなったのか、離婚されたのか、五人も主人を変えなければならない事情があったに違いない」と考えます。もちろん、そういうこともあったと思います。
 しかし、新約聖書は、常に、旧約聖書とリンクしているのです。かつてのシェケム、スカルの町の歴史を見ると、興味深い事が分かってきます。
 第一回目のメッセージの時にも話しましたが、北イスラエルの結末を述べているのが、「第二列王記十七章」です。北イスラエルがどうなったかを記録しています。しかしその記録が、北イスラエルの歴史すべてを表しているわけではない、とお話ししました。
 北イスラエルはアッシリアに攻められ、住民は捕虜として連れて行かれたのです。全員が連れ去られたような印象を持ちます。しかし当時の北イスラエルの人口は「八十万人弱」と述べている学者がいます。北にはイスラエルの十の部族がいたのですから、相当の人数が住んでいたと思われます。また今回、サマリヤ教団の人から直接聞いたところによると、当時は三百万人の人口を要していたと言っていました。捕虜として、連れて行かれたのはサルゴンによると、「二万数千人」でした。と言う事は、ほとんどの人がこの地に残ったのです。
 第二列王記十七章二十四節に、こんな記録があります。

『アッシリヤの王は、バビロン、クテ、アワ、ハマテ、そして、セファルワイムから人々を連れて来て、イスラエルの人々の代わりにサマリヤの町々に住ませた。それで、彼らは、サマリヤを占領して、その町々に住んだ。』

 これはアッシリアの王が、バビロン方面から、五つの民族を連れて来て住まわせたという記録です。この五つの民族が、北イスラエルに来て何をしたのか、リビングバイブルを読むとよく分かります。第二列王記(リビング・バイブル)十七章三十節〜三十一節、

『バビロンから来た人々はスコテ・ベノテ神、クテから来た人々はネレガル神、ハマテから来た人々はアシマ神というぐあいにです。アワ人はニブハズ神とタルタク神の像を拝み、セファルワイムから来た人々は、アデラメレク神とアナメレク神の祭壇に、わが子を火で焼いてささげました。』

 当時の戦争は、神々の戦いでした。例えば、北イスラエルがアッシリアに占領されると、国の主人が変わるのです。占領した国の神が新しい主人となり、今までの神は召使いになるのです。それが当時の戦争でした。
 北イスラエルに五つの民族が入って来て、彼らの神々を据え、主人としたのです。
 「あなたの夫を連れて来なさい。」と、「五人の夫がありましたね。」というのは、もちろん現実的に、女性がそのような過去を持っていたのかもしれませんが、新約聖書は、必ず、旧約聖書を意識しているのです。五人の主人があったというのは、五つの民族によって持ち込まれた、偶像の神々であったのです。
 私たちが「いのちの水」を受け取るためには、「主人を変えなければいけない」ということです。イエス・キリストを信じ、いのちの水が欲しかったら、仕えている主人を変えなければいけないのです。イエス・キリストを信じていない時はどうでしょう。バビロンから連れて来られた主人を、主人としているわけです。

 私は今回、イスラエルに行き、当時の人々が拝んでいた神々を、博物館で写真に撮って来ました。

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 これらは土偶です。こういうのが当時の神々でした。

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 これを見てください。左の土偶は、長野県で出土した「縄文のビーナス」と呼ばれている土偶です。そして右側がカナンの地で出土した土偶です。ほとんど同じです。バベルの塔から散らされた人々が、東西南北、同じような偶像を持って散らされたのでしょう。アブラハムが入った時、シェケムにはカナン人たちがいたと記録されています。このような偶像を拝んでいたわけです。こいつらが、北イスラエルの町々の主人となっていたわけです。
 しかし、いのちの水が欲しかったら、「主人を変えろ」という事です。偶像の神々が主人では駄目だ!と言う事です。
 クリスチャンではない人たちは、偏見を持っています。「神々とは、手で作ったものだ」と。日本なら、神社であったり、寺であったり、仏像、その他、手で作られた偶像です。そういうのが神だと信じていますが、そうではないのです。偏見を捨てなければなりません。「私の主人はイエスさまだ!彼がキリスト、救い主である!」と主人を変えるのです。それがない限り、いのちの水はもらえません。
 使徒の働き八章を見ると、町に大きな喜びが起こった背景に、シモンという魔術師からの解放がありました。それは、バビロンの魔術からの解放だったのです。主人が変わることにより、いのちの水を受け取ることができるのです。

 スカルという町は歴史を見ると、どういう町であったかわかります。これも先週の復習ですが、イスラエルは元々、十二部族による、部族国家でした。

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 しかし十二部族と言っても、十一番のヨセフ族が、「マナセ族とエフライム族」と呼ばれ、数えると十三部族になります。しかし三番目のレビ族は、十二部族の中には含まれないのです。十三部族の中からレビ族を抜くと「十二部族」になるわけです。
 イスラエルがエジプトからカナンの地に帰った時、それぞれの部族には、それぞれの割りあて地が与えられました。それもくじで決められました。くじが一番公平じゃないですか。部族の人数が多いとか、力関係ではなく、くじで場所を決めたわけです。しかしレビ族には、土地がなかったというのです。特別、神が選ばれた部族、それがレビ族でした。前回もお話しさせていただいたのですが、その中ですばらしい言葉をみなさんに紹介しました。申命記十章八節〜九節を見ると、レビ族のことが書かれています。

『そのとき、主はレビ部族をえり分けて、主の契約の箱を運び、主の前に立って仕え、また御名によって祝福するようにされた。今日までそうなっている。それゆえ、レビには兄弟たちといっしょの相続地の割り当てはなかった。あなたの神、主が彼について言われたように、主が彼の相続地である‐‐』

 レビ族は神から特別選ばれ、「主、自らが彼らの相続地だった」というのです。このレビ族は、神と民族との間に入り、とりなして祈る祭司の部族であり、賛美や礼拝を導く人たちでした。
 しかしレビ族は、イスラエルから消えてしまいました。イエスさまの時代はすでに、その機能が失われていました。けれどもその役割は、現在、万人祭司である、私たちクリスチャンに与えられているとお話ししました。

 レビ族は、割り当て地はなかったのですが、レビ人の住む町が設定されました。レビ人が住む町は、四十八カ所ありました。
 またレビ人が住む町の中に、特殊な町が設定されました。それがどういう町かというと、「逃れの町」という名前を、聞いたことがありますか?そのように呼ばれる町が設定されました。

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 逃れの町とは、故意ではなく、アクシデントで人を殺してしまった場合、逃げ込む事が出来る町でした。憎しみで殺したのではなく、薪を割っている時に斧の先が飛んで人の頭に当たり、死んだ場合、それでも人を殺したことになります。そういう場合、過失ですから、逃れの町に逃げ込んだら、その人は逮捕されずに助かったのです。この町で正しい裁判があって、「故意ではなく過失」と証明されたら、自分の町に帰る事が出来ました。
 このように、レビ人の町の中に、逃れの町を作るようにされたのです。

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 そして、それがいくつ作られたかというと、この地図です。六箇所作られました。そして、その一つが「シェケム」でした。

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 ここには、大きな意味があるのではないでしょうか。スカルの女は、逃れの町に住んでいたわけです。その町には、いろいろ曰く付きの人たちが、集まって住んでいたのではないでしょうか。様々な背景の人たちが、逃れの町に住んでいたと思われます。イエスさまは「逃れの町」に行きリバイバルを起こされたのです。
 さて、逃れの町は、現代においてはどこでしょうか。それが「教会」です。様々な罪があったとしても、問題があったとしても、今まで様々な主人に仕えていたとしても、逃れの町である教会に逃げ込んだら、罪が赦され、永遠のいのち、生ける水をもらうことができるのです。
 私たちは、レビ人の役割をしなければならないのです。それと共に、教会は、逃れの町です。そこで主は、大きな業を始めたいと願っておられるのです。そのためには、イエスさまと同じように、偏見を取り除き、人々に福音を伝える者でなかったらいけないのです。
 祭司たちは、イスラエル人を祝福しなさい、そうしたら祝福されますよと、民数記六章の御言葉も紹介しました。「イスラエル人を祝福しなさい」
 一番祝福を祈らなければいけないのは、今回私たちが行った、北イスラエルに属する地域の人たちのために、祈らなければいけないと思います。
 なぜならばユダヤ人たちは散らされ、よく分からないのですが、ここは閉ざされた地域で、昔からのユダヤ人、サマリヤ人、そして、混血の人達が今でも住んでいる地域だからです。ここには、十二部族、さらにはレビ族さえ残っていると私は思います。
 でも、案外そういう所には、教会は関心を持っていないです。「あの人たちはアラブ人じゃないの。ちょっと危ない人たちじゃないの。」だから、エルサレムに住んでいる、ユダヤ人たちだけに目を向け、この地域の人たちには目を向けないのです。なぜなら、偏見があるからです。
 みなさん是非とも、このシェケムに住んでいる、現在、パレスチナ自治区と呼ばれる地域に住んでいる人たちの祝福を祈ってあげてください。それがレビ人の役割です。教会は偏見を捨てて、逃れの町として働かなければならないのです。これが今日、私が主から受け取ったメッセージです。

 今週、私たちは、聖霊によって偏見を取り去っていただき、すべての方々に福音を伝える準備をしていかなければなりません。最後に一言お祈りさせていただいて、メッセージにかえさせていただきます。

 ハレルヤ。天の父なる神様。御名をあがめ、心から感謝いたします。私たちの教会を逃れの町として機能させてください。主よ、教会に来て、人々の主人が変えられ、イエスさまだけが主人となり、いのちの水を受け取りますように。
 今から聖餐式を行います。私たちを、レビ人のように、神と人との間に入る役割として任命してください。心から感謝します。喜びを持って、私たちはイエスさまの十字架の勝利をお祝いします。日本に、また世界に、大きな主の業を見ることができますように。尊いイエスさまの御名を通して、祈りを御前にお捧げいたします。アーメン。