「族長たちの物語~神の祝福を見つめた人々~」

2018年7月22(日)
新城教会牧師 四元雅也
創世紀12章1~3節

『あなたは、あなたの生まれ故郷、あなたの父の家を出て、わたしが示す地へ行きなさい。そうすれば、わたしはあなたを大いなる国民とし、あなたを祝福し、あなたの名を大いなるものとしよう。あなたの名は祝福となる。あなたを祝福する者をわたしは祝福し、あなたをのろう者をわたしはのろう。地上のすべての民族は、あなたによって祝福される。』

 ハレルヤ!感謝します。今月もこうしてみことばを取り次ぐ機会が与えられましたことを心から感謝いたします。ヘブンリーキングダムの賛美も本当にすばらしい賛美でいつもながら恵まれました。今日はなんか迫力が違うなと思いましたが、なぜでしょうか。暑い夏の熱を発するような迫力で賛美していたような気がしました。歌っていたみなさんも暑くて汗をいっぱいかいたのではないかと思います。心から感謝します。

 先ほどご報告があったように、この暑さのせいか、体調を崩しておられる方も何人かおられるようで、特にT兄弟、またO兄弟のためにも皆で祈っていきたいと思います。
 暑い中、みなさんも炎天下にいると体調が悪くなったり、フラフラしたりする経験された方もいらっしゃるのではないかと思います。実は僕もそうでして、二週間くらい前に自分の家の草刈りをしておりました。実家が農業しており、田んぼがあるので何週間かに一回は草刈りしなくてはいけないのです。さすがに三時間半くらいやりましたらフラフラしてきて大変でした。そんなきついことをしながら頭によぎったのは、塗装屋しておられる長谷川さんのことでした。今日も炎天下で作業をしておられるんだろうな、いや〜すごいな〜、いつも暑さに耐えて仕事をしておられて…と、その顔を思い浮かべながら僕も頑張りました。お互いに祈りあいながら気を付けていきたいと思います。

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 昨晩は中高生のレッツプレイズという集会がありまして、中高生の子たちががんばって朝から準備、バンドの練習をしたり、友達を誘ったり、いろんなことをしてくださったわけですが、昨日は総勢五十名、求道者の方が十三名と、こじんまりとした集会ではあったのですが、集まってくれた求道者の方たちには、リピーターの子も何人かおられましたし、みんな良い子たちばかりだなぁ、という印象を僕は持ちました。みことばも静かに聞きいってくださるのです。
 そして賛美する中高生の子たちのこともしっかりみつめて、とても良い雰囲気で、良い集会でした。みなさんのお祈りを心から感謝します。

 賛美月間も続いていますが、残り十日となりました。三分の二が過ぎたわけですが、毎晩祝福された賛美が捧げられています。月曜日の祈祷会、雁峰山に上ってやりますと言いましたが、賛美に多くの人が集まって恵まれるものですから、せっかく人が集まって来ているのに雁峰山に行くと、遠い分ハードルが上がってしまうので、みんなが来やすいように、先週からは月曜日も賛美にしましょうとなりました。残り十日間ですが、スタンプラリーのほうも続いています。
 すでに二十日間、私は参加しました!という方がいらっしゃるでしょうか?手を挙げてみてください。恥ずかしいかな?たぶんいらっしゃるのではないかと思います。残り十日間あります。二十日分スタンプが押されると、カレーチケット千円分進呈です。
 結構当初予想したよりもみなさんの出がいいのです。それでこれはもしかして三十人くらいは二十日達成するのではないかと思い、順先生に「順先生、このままだと三万円くらい出すことになりますよ」と言いました。すると順先生は、「三万円でリバイバル起きるのなら安いじゃないか!」と言いました。やっぱり器が大きいです。みなさんそれが目当てではないと思いますが、がんばって出ていただけているのは素晴らしいことだと思います。ぜひ頑張って参加していただけたらなと思います。

 今日は創世記十二章一節から三節のみことばの中から、タイトルは「族長たちの物語~神の祝福を見つめた人々~」とさせていただきました。
 私は五月、六月と、毎月お話しする機会が与えられたこともあって、シリーズの形でメッセージをさせていただいています。
創世記を見るとおもしろいことに、一章から十一章までに書かれている事柄と、十二章から始まっていく新たな物語とは全然趣が違います。
 一章から十一章までは、とにかく世界で初めの何かしらとか、世界中でどうとか、舞台のスケールが地球大、世界大で進んでいきます。
 みなさんご存じの通り、一章二章は創世物語ですし、その後は初めの人間が出てきて、初めの家族になって、初めの殺人があって、それから五章に行くとノアの大洪水で世界が水浸しになって、その後は世界で初めの権力者とか、十一章にはバベルでの言葉の混乱で、民が世界中に散らされていったと、そういう話が歴史をおって書かれています。

 そして十二章に来ますと、これまで地球とか世界とかいうスケールで描かれてきた聖書の舞台が、ぎゅっと一点に収束するわけです。どこにかというと、パレスチナ近郊、今のイスラエルの国、当時ではカナンの地と言われたり、また「乳と密の流れる地」なんて言われたり、ある意味でイスラエルの民の憧れの地のような表現をされるこの土地が、この十二章からスタートして、その後の旧約聖書の多くの部分、この舞台を中心として物語が展開していきます。そのはじまりがこの十二章、今お読みしていただいたところです。

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 スライドを見ていただきたいと思います。ちょっと見にくいですが、アブラハムを頂点とする一族の系図です。一番上にアブラハムが書かれています。そして下に下がるとイサク、そして二人の息子が産まれるのがエサウとヤコブです。アブラハム、イサク、ヤコブといった人物が中心で、この三人のことを特に、「族長」と呼ぶのです。
 族長というのは、アブラハムの一族が最終的にヤコブと十二人の息子たち、またその家族、召使い、そして家畜たち、これを一つの集団とするのです。その集団の酋長みたいな形で、アブラハム、イサク、ヤコブの三人が代々活動するのです。一族のリーダーを「族長」というのです。

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 次のスライドを見たいと思います。これは十一章後半二十七節くらいから始まるのですが、アブラハムのお父さんテラという人がその一族、アブラハムや甥のロト、妻のサラ、当時はまだアブラムとかサライと言いましたが、彼らを引き連れて、カナンの地を目指して旅をし始めました。
 テラは、ウルという都市から出てハランまで来たときに、なぜか知らないけど留まったというのです。そしてそこで死にました。
 そして、十二章最初に、ハランに留まっていたアブラムに対して、神さまが十二章一節〜三節のことばをかけたということです。
 アブラムの一族は、それまでテラに引き連れられて移動してきた、私的な目的を持った旅でありました。どんな目的であったかというと、恐らくは元々いたウルの地での生活から、旅立って他の土地を目指して移民しようと志したのです。それは裏返すと、移民をしなければならない「必要があった」ということなのです。何もなければ、生まれ育った故郷を捨てて遠くに行こうとは考えないです。たぶん今より良い生活、質の高い生活を目指しての旅だったのではないかと思います。生活状況に不足を感じていたか、もしくは困窮を覚えていたのか分かりませんが、ウルの地にいてもらちがあかない、ここで他の土地に行って一旗あげようじゃないか!そんなところだったかもしれません。
 私的な欲求、必要があって旅に出た。そしてハランに止まっていた旅を、神さまが召し、アブラムに声をかけて、「あなたの父の家を捨てて私が示す地へ行きなさい。そうすれば私はあなたを祝福してあげよう。あなたは祝福となります。世界があなたによって祝福されることになります。」こう神さまが言われたその瞬間、その旅は私的な旅から、神のみ声に従った旅に変えられたのです。

 先に、神さまは良いものとしてこの世界を創造して人間を祝福された。でもその後に人間が罪を犯したことによって堕落し、堕落した人間と世界をなんとかしたいと、救いの計画を神さまは起こされたとお話しました。その計画のために、神さまはアブラムを選ばれた、ということを知ることができます。
 神さまの召しがどうしてアブラムになされたのか私たちは分かりません。でも、元々は特別なものではなくて、当時バビロニア周辺で人口も増えてきて、貧しい人と富める人との格差というのも生まれてきたのかもしれない。そういう中、生活に困っていたか何かで、より良い生活を求めて移民の旅に出た。極端な言い方かもしれないですが、難民のように土地からはじき出されるような形で、彼らは出て行ったのかもしれません。
 アブラムはハランで神さまに声をかけられた時には七十五歳だったと言われています。高齢のアブラムと貧しい一族、というのが約束の地を目指す旅をすることになるわけです。
 どうしてアブラム自身に声をかけてくれたのかは、彼も分からなかったのではないかと思います。僕みたいなものになんで?と思ったかもしれないです。
 だけど、これが聖書の中に、神さまが人を選んで召し出すときの原則なのかもしれないです。神が召し出すのは、目立った働きをしている強い人、その時代の中心を謳歌しているような人ではなくて、メインストリートから外れて脇にいるような、人間的には目立つ人ではない、どうでもいいような人を神さまは選んで、神さまのための働きに召し出されることを、アブラムの選びを見るときに知ることができます。そしてそれは、そのまま現在生きている私たちクリスチャンにも当てはまるのではないかと思います。

 アブラムたちは、進んで行ってカナンの地に到着して、新たな生活が始まります。しかし、アブラムとその子イサク、その子のヤコブ、三代にいたる彼ら一族の歩みは、約束の地にあっても当然土地の人ではないわけです。彼らがその地に着いた時には、すでにいろんな先住民がいました。ヘテ人とかヒビ人とか、いろんな民がいて、一方アブラムたちは、遠く何千キロと離れたメソポタミアの地からやってきたよそ者で、旅人で、仮の宿をとる寄留者、そういう立場であったのです。
 アブラムは神さまの導きによって故郷を去って、神さまが約束された土地に入ってきた。その地は豊かな土地であった、乳と蜜が流れていると言われるような地であったのですが、その良い所、農耕や人々が住むのに適したような場所はすでに先住民が占拠している状態であったわけです。
 だからアブラムたちがそこで安住の地を見つけることはできませんでした。彼らは天幕を張って家畜を飼う遊牧民として生活を始めます

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 これはアブラムがやってきた約束の地における、彼らの移動を線で表したものなのですが、一番、二番、三番、四番、五番、六番、七番まであります。アブラムだけでも、約束の地であちらこちらに宿営の場所を変えています。約束の地の中心部ではなくて周辺部を巡りながら、やがて定住し安定した生活を夢見ていました。旅人であり寄留者であった。
 でも結果として彼らは安住することはできなかったのです。アブラムたちの周辺では、約束の地に住んでいる間にさまざまな出来事が起こります。

 実は約束の地に着いたその瞬間から問題は発生します。その地域に飢饉が起こりました。穀物倉という備蓄が彼らにはなかったので、飢饉があったらもう食べてはいけません。地に根を張る場所がない根なし草のような状態だったので、仕方なく着いて間もない土地を後にし、エジプトに避難をします。約束を頼りにして来たのに、すぐにエジプトに行かなくてはならなかった。
 アブラムの妻サライは非常に美しい女性でした。エジプトに下ったときに、エジプト人がその美しさのゆえアブラムを殺すんじゃないか、そんなことを恐れて、サライに「自分の妹だと言ってくれ」と頼み、アブラムも「これは妹です」と言って、サライはパロに召し抱えられそうになったわけです。
 ここでは神さまの直接介入で、パロはサライをアブラムの元に無事返して、一緒に羊や牛の群れなんかも与えて、結局神さまの介入の中でアブラム一行は守られる、ということが起こるのです。
 その後も、サライは百二十七歳で死ぬのですが、そのときにもアブラハムは約束の地、ヘブロンにある「マクペラの洞穴」という所にサライを葬ろうとするわけですが、その土地の人々に対して、丁寧に丁寧に、気分を損なわないように土地の価格交渉をして、地元の人々が「土地はあげますよ!」と言ってくれても、「いやとんでもない。十分な対価を払って私は手に入れたいのです。許してくださるならそうさせてください。」と、本当にへりくだって交渉して土地を購入し、そこに自分の家族たちを葬る墓を手に入れました。

 その後、息子のイサクの時代になっても、彼らは土地に根付くことはできません。イサクは土地に飢饉があったときに、今度はエジプトではなくペリシテの地に行ったと書かれていますが、そこでアブラハムと同じように、自分の嫁のリベカのことを「妹」だと言って、また召し抱えられそうになったり、その土地の羊飼いたちと井戸の使用権を巡ってトラブルになって、イサクが掘った井戸なのに「これはおまえが掘ったのではない!俺たちが掘ったものだ!」と、言いがかりを付けられたりしました。このときイサクは、あえてそこで彼らに「反論することをしなかった」ことが書かれています。そして彼らから距離を置いて、争いにならないようにしたと書かれています。

 その息子のヤコブの代になっても、ヤコブはイサクをだましてエサウがもらう祝福を奪い取りました。その結果、ヤコブの宿営から追われ、単身でラバンという叔父のいる所、ハランの地に旅立たなくてはいけなくなりました。彼は祝福を受けるはずが無一文になったわけです。
 しかしハランの地で家族を得、宿営を持ち、家畜たちもたくさんになって、再びカナンの地に戻ってきます。
 でも戻ったときにまたトラブルが起きます。それはヤコブの娘ディナがヒビ人の首長の息子に犯される、ということでした。その時怒ったシメオンとレビは計略を用いてヒビ人を陥れ、男子を全部虐殺したのです。その時ヤコブは、娘の敵をとったシメオンとレビに対して礼を言うどころか、「おまえはなんてことをしてくれたんだ!こんなことをしたらこの土地の人たちに攻められて私たちは滅ぼされてしまうではないか!」と憤って責め、先住民たちを恐れたのです。結果的には、神からの恐れが土地の人々に及んでヤコブは報復を受けることはありませんでした。
 このように、アブラハム、イサク、ヤコブは神さまの前に、約束の地で旅人のように、寄留者のように肩身の狭い思いをしながら、人目を忍ぶような歩みをずっとしていきます。確かに祝福されて家畜が増えたり、神さまのみわざを彼らはその歩みの中で見ることができたのですが、その歩みは人間的な目で見たら、神に選ばれた人が約束の地に来たような振る舞いとはほど遠いものであったと思います。

 神さまの選びとは不思議なものだなぁと思うのですが、旅人、寄留者といったら土地の人々から見ればマイノリティーです。弱い立場にいる者であるわけですが、神さまはそういう者たちに強い関心を持って、優先的に関わって下さるのです。エジプトにおいても、パレスチナにおいても、弱い者であったのですが、神さまは彼らを守られたのです。
 その後何百年と経った後に、彼らはようやくその土地を手にすることができたわけですが、そのときに神さまは律法を与えられて、そして旅人や寄留者に対して、「彼らを虐げてはいけない。彼らに良くしてやりなさい。」という戒めを与えておられます。神さまは弱者に対して心をかけて気に留めてくださる、そういった方であるわけです。

 聖書全体にその法則は流れていまして、モーセも生まれたときには川に捨てられてワニに食べられて死ぬ運命であったのですが、パロの娘に拾われ、一時は権力の場に付くのですが、また民族紛争に手を突っ込んでしまい、命を狙われて無一文で単身荒野に逃げて、何十年もそこで過ごしました。そういった根無し草のようなモーセを、神さまは選んでイスラエルを解放する預言者にしたのです。

 ダビデも王様になる人であったわけなのですが、人間的には誰も気にかけない、彼の父親でさえも、こんな羊飼いの小僧が王様になるなんて思わないような者であったのです。

 ペテロや十二使徒たちも漁師だったり、取税人だったりと、当時の社会から見たら表街道から離れ、目立たない立場だった。神さまが大きな使命を持って選ばれる人物は、いつでもそういうごく普通の人々なのです。

 聖書の第一コリント一章二十六節〜二十九節を見てみますと、

『兄弟たち、あなたがたの召しのことを考えてごらんなさい。この世の知者は多くはなく、権力者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。また、この世の取るに足りない者や見下されている者を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。これは、神の御前でだれをも誇らせないためです。』

 神さまは、人間的に優れた人によってみこころを成し遂げる方ではないということです。むしろ無力な者をあえて選ぶ。その者が神さまを信じ、依り頼んで、そして神さまが命じられることを行おうと心に決めるときに、その人生を神さまはともに歩み、神さまのみ手がその人を通して現されるということを、本人を含めて周りの人たちがよりはっきりとわかるために、そうされるのだと思います。

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 次のスライドを見ていただきたいと思います。これは先週、上條先生が紹介された甲子園ミッションの写真です。上條先生、このミッションの期間に自分に起きた事柄を証しされて、恵まれた素晴らしいメッセージをいただきました。
 甲子園ミッションから今年で二十五周年を迎えます。この集会は愛知県の片田舎の新城市、そこにあるひとりの牧師、神学校も出ていない、信仰と魂を救う情熱、それだけで熱血伝道しておられた滝元明先生が、神さまの思いを受け取って、金がいくら必要か、どうすれば成功するかなど、先のことは何も考えず、とにかく信仰だけで立ち上がられました。神さまが語ってくださって「やりなさい」と言われるのであれば立ち上がりましょう!と、信仰を持って立ち上がったのが甲子園ミッションのはじまりでした。
 当時、甲子園ミッションに参加された方はよくご存じのことだと思います。

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この写真は何日目か分かりませんが、メッセージに応答し招きに応じた方たちが十字架のステージの上に押しかけて、先生の講壇の目の前までぎっしりと隙間なく人々が溢れて、小さな子どももみんな真剣にお祈りしている姿です。
 僕も十字架のすぐ側で奉仕をさせていただいておりましたが、本当に毎晩、すばらしい光景に胸が熱くなって涙して、この甲子園は神さまが導いてくださった戦いであったなぁということを実感させていただいた者であるわけです。
 明先生もアブラハムのように、何ができるとか、どんな力があるとか、そういうことではなくて、ただ信仰によって、当時誰もやったことも考えたこともなかったような集まりですけれども、成し遂げられたわけです。神さまの助けがなければできない働きでありましたが、神さまが本当にさまざまな戦いの中で導いてくださって、勝利を与えてくださったのです。

 ヘブル人への手紙十一章八節〜九節をお読みしたいと思います。

『信仰によって、アブラハムは、相続財産として受け取るべき地に出て行けとの召しを受けたとき、これに従い、どこに行くのかを知らないで、出て行きました。信仰によって、彼は約束された地に他国人のようにして住み、同じ約束をともに相続するイサクやヤコブとともに天幕生活をしました。‥‥』

 続いて、ヘブル人への手紙十一章十三節〜十六節、

『これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。彼らはこのように言うことによって、自分の故郷を求めていることを示しています。もし、出て来た故郷のことを思っていたのであれば、帰る機会はあったでしょう。しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。それゆえ、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました。』

 アブラハムも、イサクも、ヤコブも、後の時代の人々からはイスラエルの大始祖と呼ばれるわけです。でも、これらの族長たちは、誰ひとり神さまが示された約束の地に所有権を持つことができた人はいなかったのです。ただ神さまの約束を信じて、神さまが良い方で、約束を違えない方であることを信仰によって握りしめていたわけです。周りにいる土地の人々に対しても、「私たちは旅人で寄留者です」と、自分たちで告白していました。それは彼らが出てきたハランやウルのことを故郷として見ていたわけではない。彼らは信仰によって天の故郷を見据えていた、とこのヘブル人への手紙の著者は書きました。彼らは族長として歩んでいたその歩みの中にすでに、約束の土地をも越えた天の故郷というものに、あこがれをもっていたに違いないということです。
 そして、後の時代、我々もそうですが、聖書を通して語り告げられた物語を見るとき、彼らははるか遠くに約束の成就を見据えていたわけですが、日常においては、それを実感することができないような生活をしていたわけなのです。でも彼らは信仰を揺るがすことはなかった。しかし、彼らの生き様と、その後の歴史を通じて神さまが約束を違えずに成就された、ということを、今私たちは見ることができるわけですね。
 後の世に生きる私たちが聖書を通して確認することができるということは、本当にすごい、すばらしいことだなぁと思います。

 このように「信仰の父」と言われるようなアブラハムが、その人生を通して徹底して神さまを信じ続けていったことを見ることがでます。
 アブラハムは全部、神さまが言われたことを守って、神さまが嫌うことを避けて正しい生活を送ってきたかというと、そうではありませんでした。このアブラハムも時として神さまの意志に反することを行ったり、またそれによって自分も周囲も問題に直面するといったようなことが起きたのです。失敗したり挫折したりということがあるのですが、そういった経験をしながら、なお神さまに信頼を抱き続けた。失敗の中で、「失敗したな。失敗のためにこんなことが起こっちゃったな」ということがあっても、彼はその中でなおも神さまに信頼を起き続けたというところが、彼が信仰の父といわれる所以なのかなと思います。

 聖書が描く人々とは誰も、イエスさま以外、完全無欠の人はいません。みんな人間味のある人物で、問題や失敗を重ねたりしながら、繰り返し神さまに立ち返り続けて、へりくだって神さまに信頼する、そういった人物なのです。
 そして、そのようなアブラハムに対して、神さまが語られました。

アブラハムの人生の中で最も大きな試練とされた出来事は、イサクをささげよ!と神さまから命じられた箇所であります。創世記二十二章一節〜三節、

『これらの出来事の後、神はアブラハムを試練に会わせられた。神は彼に、「アブラハムよ」と呼びかけられると、彼は、「はい。ここにおります」と答えた。神は仰せられた。「あなたの子、あなたの愛しているひとり子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。そしてわたしがあなたに示す一つの山の上で、全焼のいけにえとしてイサクをわたしにささげなさい。」翌朝早く、アブラハムはろばに鞍をつけ、ふたりの若い者と息子イサクとをいっしょに連れて行った。彼は全焼のいけにえのためのたきぎを割った。こうして彼は、神がお告げになった場所へ出かけて行った。』

 何と、アブラハムは、自分のひとり子イサクを、このイサクも神さまから約束され長年待って、その間にも失敗があったり紆余曲折があって、ようやく与えられた、念願の、待望のひとり子であったわけですが、そのひとり息子を「捧げよ」と言われたときに、彼は躊躇することなく従って、イサクを連れて神さまが示される燔祭の土地に出向いていったというのです。



 アブラハムにとって、何よりも大事、自分のいのちよりも大事という息子でありますが、アブラハムは躊躇しなかったのです。
 この背景にあるのは、当時その地方にあったモレク神に対する信仰で、初子をその神に生け贄としてささげる習慣があって、その周りではそういったことが行われていることをアブラハムも知っており、神によってそのようなことが語られたときに、文化背景の中でそんなに突飛なことのように思えなかったのかもしれないと言われていますが、とにかく彼らは出かけていくわけです。
創世記二十二章九~十四節、

『ふたりは神がアブラハムに告げられた場所に着き、アブラハムはその所に祭壇を築いた。そうしてたきぎを並べ、自分の子イサクを縛り、祭壇の上のたきぎの上に置いた。アブラハムは手を伸ばし、刀を取って自分の子をほふろうとした。そのとき、主の使いが天から彼を呼び、「アブラハム。アブラハム」と仰せられた。彼は答えた。「はい。ここにおります。」御使いは仰せられた。「あなたの手を、その子に下してはならない。その子に何もしてはならない。今、わたしは、あなたが神を恐れることがよくわかった。あなたは、自分の子、自分のひとり子さえ惜しまないでわたしにささげた。」アブラハムが目を上げて見ると、見よ、角をやぶにひっかけている一頭の雄羊がいた。アブラハムは行って、その雄羊を取り、それを自分の子の代わりに、全焼のいけにえとしてささげた。そうしてアブラハムは、その場所を、アドナイ・イルエと名づけた。今日でも、「主の山の上には備えがある」と言い伝えられている。』

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 神さまがアブラハムにイサクをささげよと命じた動機については、三つの解釈があるそうです。
 一つ目は、アブラハムの信仰心を試すためということであります。このような事態に陥っても動じることのなかった彼の信仰が、後の時代に示されるため。
 次は、燔祭の場所として指示された地域は、モレク信仰のような生け贄をささげることが一般的に行われていた。そのような人身供養が一般的になされている、その行為をイスラエルに持ち込まないために神さまはあえてイサクをささげよと言って、ささげる瞬間にやめよと言って代わりの羊を示された。人身供養というものをイスラエルに持ち込ませないために神さまがそのようなことをされたのではないかと言われています。
 そしてもう一つは、ささげよと言われた一つの山があって、それはモリヤの山といわれますが、その山が神聖な地で、後にエルサレムがその場所に建てられ、そこに神殿が据えられたことがわかります。その場所が聖なる場所であることを示すためにその場所でささげよ、と言われた。こういった三つの解釈があるそうです。

 前にお話したように、聖書は、歴史を通じて働かれた神さまの人類救済をメインテーマとした物語であるというお話をしました。
 アダムとエバが取って食べてはならないと言われた木の実を取って食べたことから罪人としての歴史が始まってしまった。そして人間は神さまとの親しい交わりから断たれ、生きる目的がそれまでの神中心から自分中心に移ってしまった。そしてこの人間の罪の生活のゆえに、さまざまなのろいを受けるようになってしまったわけです。そういう人間に対して、神さまは、「あぁ人間め、自由意志を与えたけど善悪の木の実を我慢することができず、やっぱり罪を犯しやがったか。私の愛を裏切りを持って返して、もう人間なんてどうにでもなれ!」とバッサリ切り捨てて、「あとは知らん!」と言われたわけではないのです。
 アダムとエバが罪を犯したその瞬間から、神さまは人類救済のご計画をスタートされたのです。人間が罪を犯すかもしれないということも神さまはご存じだったのでしょう。罪を犯した場合にはこのように救いの計画を持ってもう一度人間を救ってやろう、ということを神さまは計画されていたのだと思います。
 そして女の末によってヘビの頭が砕かれるという預言を与えられました。歴史が進んでいって、創世記十二章からアブラハムの人生が始まり、彼を特別に選んで、祝福を与えて、特に人類の回復のための計画、祝福の回復、そして救いにつながる道をスタートさせるということを、神さまは始められました。アブラハムは神さまを信じて従って、イサクをささげようとした。結果的にイサクの命は救われます。
ヘブル人への手紙十一章十七節~十九節

『信仰によって、アブラハムは、試みられたときイサクをささげました。彼は約束を与えられていましたが、自分のただひとりの子をささげたのです。神はアブラハムに対して、「イサクから出る者があなたの子孫と呼ばれる」と言われたのですが、彼は、神には人を死者の中からよみがえらせることもできる、と考えました。それで彼は、死者の中からイサクを取り戻したのです。これは型です。』

 ヘブル人への手紙の著者は、この出来事が「型」だと言いました。これは私たちとも深い関わりのある、イエスキリストによる十字架の贖いの「型」と言う意味です。
 約束の子であり、サラによって生まれたただひとりの子「イサク」を神さまに生け贄として捧げるという行為は、クリスチャンとして聖書に親しんでいる私たちだったらよく分かります。父なる神さまが我らの罪のために、罪のないひとり子イエス・キリストを捧げてくださったということと重なるわけです。
 実に、聖書の一番目の書巻である「創世記」、そして人類が歴史をはじめてまだ間もないとき、アブラハム、族長たちの物語は、紀元前二千年くらい、我々からいうと四千年くらい前のことではないかと言われていますが、世界の歴史の中では最初の文明ですね。チグリス・ユーフラテス川の文明が出て来たちょうどその頃のことであります。
 聖書の最初の時代に、すでに人類の救いの計画を明らかにされて、その型をアブラハムとイサクとの行為を通して現された。後に生きる我々が見れば、これはイエスさまの十字架と重なると知ることができるように、神さまは歴史の中でそのことを示されたのです。アブラハムから見て二千年も後の日に起きるはずであるイエス・キリストによる救い、アブラハムは知らない間に父なる神さまが、イエスさまを犠牲にささげられたのと同じ心の痛みを人間として体験したということなのです。それゆえに神さまはアブラハムを祝福された。創世記二十二章十五節〜十八節、

『それから主の使いは、再び天からアブラハムを呼んで、仰せられた。「これは主の御告げである。わたしは自分にかけて誓う。あなたが、このことをなし、あなたの子、あなたのひとり子を惜しまなかったから、わたしは確かにあなたを大いに祝福し、あなたの子孫を、空の星、海辺の砂のように数多く増し加えよう。そしてあなたの子孫は、その敵の門を勝ち取るであろう。あなたの子孫によって、地のすべての国々は祝福を受けるようになる。あなたがわたしの声に聞き従ったからである。」』

 このようにしてアブラハムは決定的に神さまの祝福を受けることになります。その祝福というのは、時代を超え代々受け継がれ、イスラエル民族の祝福となった。そしてこの民族からイエスさまがお生まれになって、イエスさまの十字架によって、アブラハムに約束された神の約束は成就するわけです。アブラハムによって世界のすべての人々が祝福を受けるようになる。そのような道が開かれたわけです。

 私たちはイスラエル人でもなんでもなくて、アブラハムから、またイスラエルから見れば異邦人です。信仰によってイエスキリストを受け入れることを通して、信仰によるアブラハムの子孫となる。そしてアブラハムが受けたのと同じ祝福を、イエスキリストの犠牲の故に、代価なしで受け取ることができるようになったということであります。
 このことを私たちは信じているから、今私たちはアブラハムの祝福を受けることができる。素晴らしいことです。アブラハムの祝福を創世記の中で見ると、それがイエス・キリストの救いとつながり、それがまた私たちを救う祝福の元となったということを見ることができるわけです。
 ここにいるほとんどのみなさんがその事を信じておられることだと思いますが、まだこの中にイエスさまを信じておられない、まだ救い主として受け入れていない、そういった方がおられましたら、今日ぜひこのイエスさまをご自分の救い主として受け入れていただきたいと心からお勧めいたします。
 イエス・キリストを信じて従うことが、祝福の人生のスタートなのです。アブラハムに対して神さまが「わたしが示す地に行きなさい」と言って、アブラハムが従うことを通して神さまへの信仰を表した。そのことを通して最終的な祝福を勝ち取ることができたということが書かれています。私たちはアブラハムにならう者として、信仰の子孫として、神さまに従って歩んでいきたいと思います。最後に一つみことばを読んで終わりにしたいと思います。ガラテヤ人への手紙三章七節〜九節、

『ですから、信仰による人々こそアブラハムの子孫だと知りなさい。聖書は、神が異邦人をその信仰によって義と認めてくださることを、前から知っていたので、アブラハムに対し、「あなたによってすべての国民が祝福される」と前もって福音を告げたのです。そういうわけで、信仰による人々が、信仰の人アブラハムとともに、祝福を受けるのです。』

 私たちは現代に生きるアブラハムの子孫として、神の祝福を受け継ぐ者として歩んでいきたいと願って、信仰を持って歩んでいきたいと思います。