「主はこの町の羊飼い」

2018年8月5(日)
新城教会牧師 滝元開
詩篇二十三篇一節〜六節

『主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。』

 感謝します。本当に暑い最中ですが、みなさんとともに心から賛美できることを感謝します。水分補給どうぞ。ゆっくりなさっていただければと思います。
 今日は詩篇二十三篇、六月の賛美礼拝のときに開いたみことばですが、もう一度そのみことばを開かせていただきます。「主は私の羊飼い」というとても有名なみことばですが、私たち一人ひとりの羊飼いであるのみならず、今日は「主はこの町の羊飼い」というテーマで学んでいきたいと思います。主が私たち一人ひとりを守ってここまで、このリバイバルの働き、歩み、この教会を支えてくださっていること、本当に心から感謝します。

 七月は賛美月間があり、毎日賛美集会がありました。すばらしい祝福が注がれて、毎晩八時から歌い続けて、歌いきってまいりました。神さまが本当に大きな祝福を、そして、ご臨在を現してくださって、この地の天が大きく開かれていることを信じます。今までは天が開かれて、天の軍勢が上り下りするのを見るというみことばを宣言したことがあるのですが、これからは天が開かれて天の大軍勢が上り下りする、そんなことが起こされていくと信じていきたいと思います。
 賛美月間三十一日間あったのですが、二十日間参加したらカレー券がもらえるということで、それを目指して、というよりもリバイバルを目指してですが、みなさんがんばってくださいました。最初はだいたい二十人くらいは参加してくれるんじゃないかなと思って、でも二十日参加するのは結構ハードなので頑張ってもせいぜい二十人くらいじゃないの?というところから始まりました。何度も言っていますように、それで順先生が、二十人、「二万円でリバイバルが起こったら安いものだ」と言っていたのですが、途中でみんなだいぶ出てくださるようになって、これはまずい…、まずくないですが、三十人くらい行きそうだ。「先生、三万円かかりますがいいですか?」と雅也先生は聞いたそうです。やはり同じように「リバイバルが起こるんだったら安いものだ」と言っておられたのですが、結果、四十五人でした!いや〜すごいですね。神さまへの賛美がこんなに力いっぱいささげられて、心から感謝します。主が賛美の中で働いてくださって、本当に聖霊さまが濃厚に働いておられるのをすごく見ることができました。
 今から二十六年前に聖霊が注がれて、二十五年前に甲子園ミッションがあって、その頃の聖霊さまの注ぎというのは本当に激しくて、もうなんというか、聖霊さまが来られてる!という感じをいつも受けていました。その頃の一つの特徴がありまして、賛美して聖霊さまが働かれ出すと子どもたちが走り出すのです。そういう現象がよくあって、今はもうお父さんお母さんになっている人たちがこの会堂をよく走っていたことを思い出しました。今回も子どもたちが走ってくれました。今日の礼拝の中でも代表して走ってくれていた少年がいました。本当に嬉しいですね。聖霊さまが働いておられるなと。
 今回、二家族の子どもたちが毎晩のように出ました。そして何を思ったか、ある日からハチマキをして出るようになりました。ハチマキをしてた子どもたちが、賛美が始まると走り出すのです。いや〜聖霊さまがこうして働いておられると見させていただいてすごく感謝しました。
 必ず主はこの賛美に応えて、天が大きく開いて天の大軍勢が上り下りするのを見ることを信じます。

 今日のみことばですが、『主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。』主が羊飼いで私たち一人ひとりを守ってくださる時にとぼしいことがないことを本当に心から感謝します。経済的にとぼしさを感じる人も、感じない人もおられるかもしれないのですが、でも一番の大切なのは心だと思います。心のとぼしさを感じていると、そんなに不幸なことはないと思います。
 私は肉が好きで、ステーキを食べるのが大好きです。そしてステーキ食べて、美味しい!と思って、次の日また同じのを食べたらやっぱりちょっと感動が薄れます。それを三日四日していたら、そのうちもういいやとなると思いますが、いくら美味しいものを提供され続けていっても、現実的に食事も感動がなくなるというのがあると思うのですが、経済だけが満たされても、イエスさまが共におられなかったら意味が無いのです。神さまの中、羊飼いであるイエスさまとともに生きたら、私たち心がとぼしくならないのです。イエスさまは今も生きて共にいてくださる。これ本当にすごいことだと思います。イエスさまが私たちが歩く時にともに歩いてくださって、私たちが喜ぶときに一緒に喜んでくださいますし、それだけじゃなくて、私たちが苦しくて助けて!という時に、イエスさまも一緒に叫んでくださっていると思います。

 今回、この七月に緊急の大きな祈りの課題がありました。二人の方々が病に伏し、まず七月九日にM兄が病院に行かれて、本当に危なかったんですね。そして七月二十二日に今度はK兄が倒れて、それぞれ家族が呼ばれました。そして、本当に命が危ない状況ですという中で家族が集められました。
連日の賛美集会の最中でしたから、やっぱりいろんな思いがよぎるのです。もしかしたら歌い続けられなくなるかなと、ちょこっとだけ思わないわけでもなかったです。でも主はこのみことばの通り、『たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。』まさしく死の陰の谷を歩くようなところから助け出してくださいました。皆さんが心注いでお祈りくださって、やっぱりなんかキリストのからだって素晴らしいと思います。教会がひとつになって結び合わされて、同じ傷みと同じうめきを持って祈ってくださる。いや〜本当にキリストのからだはすばらしいと思います。
 これが私たちのこの教会のみならず日本のいろいろな教会で同じように祈ってくださいました。私は先週は山口県にいました。山口県の小さな一つの教会に土曜日に行きました。萩という町の小さな民家、もう百年近く経っているような所を教会にされている畳敷きの教会で準備をして、さぁまもなく集会が始まると私が待っていたら、一人のご婦人が来て、「Kさん、大丈夫ですか?」と言ってくださいました。本当に日本のいろんな所で祈りの手があげられて、リバイバルという一つの大きな戦いに向かって私たちが進む中で、主はこの事も益としてくださって、そして必ず主は勝利してくださると信じて祈り続けていきたいと思います。必ず癒やされてM兄も元気になってまた走り回って、そしてK兄も元気になってドラムを叩く姿を信仰を持って描き続けていただければと思います。
 信じることって本当に大切だと思います。信仰と希望と愛。その中で最も大切なのは愛ですが、愛を持って、信じて祈っていくときに、神さまがみ業をなしてくださると信じています。

 アメリカのある一人の牧師先生が話していたメッセージですが、その方の姪っ子さんがK兄と同じような病気になったそうです。そしてもうどうにもならないというような状況だったらしいのですが、でも信じたんですって。必ず彼女は癒やされる!と信じて、病院に行って祈ったそうです。そして彼女の耳元でメッセージを流していたというのです。もちろん反応はないのですが、ずっとメッセージを流していて、でも先生は一生懸命真剣に祈っていて、必ずいやされる!と信じて、そしてまた病院に行ったらしいです。そうしたら病院のその病室が空だったんですって。普通ならば本当に命が亡くなっていてもおかしくないような状況のところが、その牧師先生、看護師の方になんと聞いたかというと、「彼女はどこに行ったんですか?」と聞いたんですって。そうしたら、あまりにも突然のことだったので、家族にも伝えることができなくて、「実は彼女、元気になって今出て行きました。処置して出て行ったんですよ!誰から聞いたんですか?」「いや、誰じゃない。神さまだ。」本当に神さまがその先生に信仰を与えてくださって信じ切ったゆえの結果として癒やされたという話をつい先日聞きました。彼女はその時流されていたメッセージが聞こえていたと言っていたそうです。神さまにはできないことはないので、そのお方に目を向けて進み続けていきたいと思います。
 神さまの業がこの地に現され続けて、そしてさらなるその祝福が私たちのこの教会、日本の教会のみならず、それぞれの地域に流れて、そしてアジアと全世界に流れる末の日のリバイバルのためにそのようなことが起こされると信じて、ひとつになって進んでいきたいと心から願っています。

 ということで、賛美月間一ヶ月続けられて本当に祝福されたのですが、せっかくこの火が燃えだして消えてもらっては困るなと私も思っています。参加してくださった方々、みなさんそうおっしゃってくださっているのですが、まずは九月からですが、毎週木曜日に、他の曜日はいろいろと集会があるので、とりあえず毎週木曜日に賛美の集会がいつまで続くのか分からないのですが行われますので、みなさんぜひご参加いただければと思います。

 そもそもこの年の最初に教会のミーティングありまして、私がその時にあった思いが、賛美月間じゃなくて、三百六十五日、毎日賛美が捧げられる教会になればいいなと本当にそんな思いがきました。本当に今もそう思っています。ですからこの教会もさらに祝福されて、三百六十五日、ずっと賛美が捧げられているそういった教会になればと思っています。
 だからそのスタッフ会の中で私はちょっと言いました。「あの〜、賛美をもう少しするような集会をしたらどうかな」と言いました。私はそれだけ言いました。だから一週間とか一ヶ月とか言ったわけではないのに、そうしたら順先生はなんと言ったかというと、「お?一年か?」とすぐにそう言いました。なかなかあの方するどいですね。「もちろん一年、ずっとしたいのはありますけど。」と言って、四月に一週間の賛美週間がありました。そして今回、賛美月間でした。
 本当に私たちの思いを超えた大きな祝福だったので、これからまずは毎週木曜日行われますのでぜひご参加ください。足らない方は自分たちで来てくださってそれぞれ歌ってくださればいいので、まずは九月から毎週木曜日にともに賛美してくださることを心から願います。

 行ったり来たりしていますが、詩篇二十三篇に戻りたいと思います。詩篇二十三篇四節をもう一度お読みします。

『たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。』

 私たち一人ひとりを守ってくださる牧者であるイエスさまが、私たち一人ひとりにとって、そのむちと杖が私の慰めだとここに書かれています。私、このみことば、みなさんはどのように理解されているか分からないですが、あなたのむちとあなたの杖、だから時々、むちで「開、そっちに行くな!」と叩かれて、「痛い、また戻ります。」というのがむちかなと思っていたら、どうやらそうではなかったのです。
 ちょっとこのみことばを調べたら、むちというのはヘブル語で、「シェイベット」と言うらしいのですが、この「むち」と訳されている言葉の原語を見ると、「杖」とか「こん棒」というふうに訳されるらしいです。そしてその杖とかこん棒は、羊に向かって「こら!そっち行くな!」と叩くものではなくて、敵に対して使うものらしいです。だから羊飼いも守っていて、狼が来た!と言ったら、そのこん棒で狼をこづくというのがこのむちらしいです。
 ですから私たち一人ひとりを、主はいろんな戦いの中で守って、その杖を持って、サタンの力を打ち破るという働きをしてくださっています。

 第一サムエル記十七章三十四節〜三十六節、

『ダビデはサウルに言った。「しもべは、父のために羊の群れを飼っています。獅子や、熊が来て、群れの羊を取って行くと、私はそのあとを追って出て、それを殺し、その口から羊を救い出します。それが私に襲いかかるときは、そのひげをつかんで(こん棒で)打ち殺しています。このしもべは、獅子でも、熊でも打ち殺しました。あの割礼を受けていないペリシテ人も、これらの獣の一匹のようになるでしょう。生ける神の陣をなぶったのですから。」』

 これは少年ダビデの姿が書かれていますが、少年ダビデも同じように羊飼いでした。そしてその羊飼いであった彼がゴリアテと戦う前にサウル王様に向かって言った言葉。ライオンでも熊でも来た時には打ち殺しましたとありますが、ここで使っている言葉がさきほど言った「シェイベット」というものらしく、「打ち殺した」というのは、このこん棒で、熊とかライオンを撃ち殺したという時に使われるらしいです。
 主は私たち一人ひとりを守ってくださいますが、私たち一人ひとりにも、そのような杖を与えてくださって、サタンの力を打ち破る働きを託しておられますので、戦い続ける必要があることを感じます。

 その杖を通して神さまはいろんな事をなさるのですが、聖書の中に出てくる杖を持っていろんな奇跡をしたという人がやはりモーセだと思います。
 エジプトからイスラエルの民を連れ出す時に、主が彼を選んで彼を通してイスラエルの民を導いたのですが、出エジプト記四章二節と十七節に、こう書かれています。

『主は彼に仰せられた。「あなたの手にあるそれは何か。」彼は答えた。「杖です。」あなたはこの杖を手に取り、これでしるしを行わなければならない。」』

と書かれています。「あなたの手にあるそれは何か。」私たちそれぞれに神さまからの賜物があって、それぞれ与えられている杖と呼ばれるものがあると思うのですが、神さまはそれは何か、それを用いなさいと言われました。そして結局モーセは杖を通して十の奇跡を行いましたし、紅海が分かれる時もその杖をあげました。出エジプト記十四章十六節、

『あなたは、あなたの杖を上げ、あなたの手を海の上に差し伸ばし、海を分けて、イスラエル人が海の真中のかわいた地を進み行くようにせよ。』

と書かれています。モーセがその杖を上げて、『あなたの手を海の上に差し伸ばし、海を分けて、イスラエル人が海の真中のかわいた地を進み行くようにせよ。』と、素晴らしい主の奇跡がなされたわけですが、彼の手にあったものを通して主の業がなされました。ですから、それぞれに与えられた杖を通して主の業がなされるようにと祈っています。

 こんなみことばの準備をしているときに、もう一人杖を持って戦っていた人がいたなということを思い出しました。それは明牧師です。明牧師が山に行って祈るときに、この杖を持って行きました。この杖を持って山に上がって、大きな大会があるとあの人はどういうわけかこういう木を持って上がることが好きで、山を上るにはやはり杖があると楽なので、杖を持っていくのですが、この杖は晩年ずっと明牧師が使っていた杖です。ですからあの人も杖を持ってよく戦ってきたなと思ったのですが、私たちも祈りの杖というものを持って戦い続けなければいけないなと思っています。
 もうちょうど三年になりますが、七月七日に癌宣告を受けて余命宣告を受けました。そして二日後の七月九日、霊的戦いが始まったその日ですが、父はどこに行ったかといったら、県民の森に行きました。県民の森で一生懸命祈って一緒に賛美しました。大きな大会、いろんな節目という時になると県民の森で祈って、そしてそこで勝利を得ました。先日の礼拝で赦しのメッセージがなされましたが、その赦しの言葉を受け取ったのもあの県民の森の山の上でした。その時もこの杖を持って山に上がったと思います。
 私は、七月九日は県民の森の広場で父と共に祈りました。山の上まで行ける状況ではありませんでした。その二日後、父の所に行きました。「親父さん、本当は山に上がって祈りたかったよね」と言ったら、「そうだよ。」と言うので、「じゃぁ代わりに行ってくる。」と私は行きました。父はいつも真夜中にたった一人で山の上に上がって祈っていたので、私も真夜中に上がろうと思いました。ただ私は一人で行くようなそんな勇気はなかったので二人で真夜中に上がって祈りました。その時は、この杖を借りて行きました。
 そして上がる前に私は父に聞きました。「親父さん、何を祈って来てほしい?」と聞いたら、父が何と言ったかというと、「癌の悪魔をやっつけて来てくれ。」と言われました。癌の悪魔やっつける?分かりました。じゃぁ癌の悪魔やっつけますと言って、山に上がって祈りました。そしてあの時は本当に癒やされて主の栄光が現されるようにと願って祈りました。あの時も本当に日本中、世界中の方々が祈ってくださいました。
 それで祈っている時に思い出しました。そうだ!癌の悪魔をやっつけなきゃいけないな!と思って、私はこの杖を振り回して祈りました。「イエス・キリストのみ名によって、親父さんを痛めつける癌の悪魔!打ち砕く!」とこれを振り回して祈りました。すると癌の悪魔がいました。あっ!癌の悪魔いる!確かに分かりました。
 私は以前この話を他の教会で話しました。そして癌の悪魔をやっつけたというお話をしたら、話って怖いですね。「なんか開先生、癌の悪魔見たんですね。そして叩いた時に何か感触があったんですって?」別に感触の話はどこにもしていないのに「感触があったんですって?」と、そんなぐにゃっというそんな感触はどこにも受けませんでしたが、ただ悪魔がいたな!というのははっきり分かって、だからあの時、祈りきりました。「この親父さんを痛めつける癌の悪魔を打ち砕く!」と祈り切って、「ハレルヤ!勝利!」と思って山を下りました。
 結果三週間で天に帰ってしまいましたが、でも祈り切った中で、決して癌の悪魔にやられて天に帰ったのではなくて、主のときの中で父は天に帰ったなぁと、勝利の凱旋であったと思っています。

 ヤコブ四章七節に、こんなみことばがあります。

『ですから、神に従いなさい。そして、悪魔に立ち向かいなさい。そうすれば、悪魔はあなたがたから逃げ去ります。』

 私たち、本当にこのリバイバルという大きな主の戦いを勝ち取るためには、やっぱり戦い抜く必要があるので、歌い続け、祈り続けて、主の勝利を勝ち取っていきたいと思います。

 今回、今日のこのメッセージのタイトルが「主は私の羊飼い」ではなくて、「主はこの町の羊飼い」とさせていただいたのは、イエスさまはこの町にお立ちになって、この町を守っておられるなとすごく感じました。

 何日か前のことですが、私は家でお休みの日に庭木の剪定をしていました。一日中庭仕事をしていました。そうしたら私の家の外に一人のおじさんが立っていました。だから出て行ったら、なんとこの地域の区長さんだったのです。そして区長さんが、「ごくろうさん!」とか言って、私に用事があったのではなくて、区長さんはいろんな話をしました。「あんたんとこはなんだん?」『滝元です。』「あぁ〜滝元さんか。お兄さんたちは知っとるが、あんたは分からんな〜」とか言って、私は下のほうなので物の数ではないのです。「あんたは分からんな」と言っておられましたが、でも区長さんだったので、「今年の区長さんですよね?私たち去年と一昨年、敬老会で歌わせてもらった滝元ですけど」と言うと、「あっ!そうか!あんたその滝元さんか!」と言いました。するとその次に、「実は今年も敬老会あるんだけど、あんたまた今年も来てくれるかな?」と、その道端でそのコンサートの要請をいただきました。
 去年も一昨年も行かせていただいた時に、次の区長さんがだいたい「来年もよろしく」みたいなことをおっしゃってくださるのですが不確定なのです。「他からオファーがあってもそこは入れないでくれ」と言われたので、私は忠実に何があってもそこは押さえていました。そして昨年行って、今年も押さえてはおきました。でもどうなるか分からないなと思っていましたが、そうしたらまたその区長さんが「頼む!来てくれ!」と言ってくださって、本当に感謝しました。
 そんな時に私、すごく思ったのは、神さまがこの新城という町を愛して、最初は新城中学校の近くで伝道を始めたのですが、この場所に来て五十八年です。ここで伝道して最初はいろいろと迫害があったのですが、しかし結局、父が天に帰り、母が天に帰って、その次の年から以前迫害してくれたようなおじいちゃん、おばあちゃんの所に私たちが出向いて歌うことができるようになったって、すごい、この地の回復だな!とすごく思いました。神さまは私たち一人ひとりの羊飼いだけじゃなくて、この地の羊飼いとして立っておられるなと感じました。

 ですからみなさんそれぞれ住んでおられる町の羊飼いとして、イエスさまをお迎えするという祈りをしたらいいと思います。私たちはそれぞれの地域の管理者なので、管理者としてこの地域を守ってもらうためには他でもない、イエスさまにこの地域に来ていただいて 、それぞれの地にどんっと立っていただくのが一番だと思います。
 羊飼いの働きはルカの福音書に書かれています。イエスさまが生まれる前に、羊飼いの所に天の軍勢が現れたのがルカの福音書二章八節、

『さて、この土地に、羊飼いたちが、野宿で夜番をしながら羊の群れを見守っていた。』

ということばがあるのですが、羊飼いが夜番をして羊を見守っていたんです。だからましてやイエスさま、夜番してこの地を守ってくださらないはずのないお方なので、私たち一人ひとりそれぞれみなさんが遣わされているというか、それぞれいらっしゃるその町の羊飼いはイエスさまです!と、今日家に帰ったら宣言していただければその業がこれから現されていくと信じています。
 ですからそれぞれに与えられた杖を振り回すことと同時に、その羊飼い、イエスさまご自身、私たちの主であられるイエスさまご自身をそれぞれの町にお迎えしていきたいと思います。

 ヨハネ十章十節〜十一節、

『盗人が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。わたしは、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます。』

 盗人、それは悪霊ですが、悪魔は何をするかといったら、盗んだり殺したり滅ぼしたり、そのようなことをします。私たちの家庭の中に入り込んだり、それぞれの地域に入ったりして、盗みや殺しをするわけですが、羊飼いであるイエスさまが、それぞれの町の羊飼いとなってくださったら、その町が変わるということが必ず起こされていきますので、そのようなみ業が現されていくと信じていきたいと思います。

 第二歴代誌十四章十一節、

『アサはその神、主に叫び求めて言った。「主よ。力の強い者を助けるのも、力のない者を助けるのも、あなたにあっては変わりはありません。私たちの神、主よ。私たちを助けてください。私たちはあなたに拠り頼み、御名によってこの大軍に当たります。主よ。あなたは私たちの神です。人間にすぎない者に、あなたに並ぶようなことはできないようにしてください。」』

 アサという王様が戦っていたのですが、大軍を目の前にして、相手の軍隊があまりにも多い時に、これは絶対に勝ち目がないという時に叫んだことばが、「主よ。力の強い者を助けるのも、力のない者を助けるのも、あなたにあっては変わりはありません。」と叫んだのです。

この新城という町が祝福されて変えられて、この町に来ると空気吸いやすいとおっしゃる方がいたりします。以前、ユダヤ人の方がバイクで日本をめぐっていたんですって。そして何も知らずにこの新城に入った途端、なんか息しやすいな!と思ったんですって。そうしたら新城教会があった、という話を聞いたことがありますが、神さまの祝福って、本当にその地の羊飼いとしてこの町を守ってくださっていると、この町の空気そのものも変わると思います。
 「でも私は豊川市よ」とおっしゃると、豊川はまだその支配が弱いと思わないでいいと思います。「主よ。力の強い者を助けるのも、力のない者を助けるのも、あなたにあっては変わりはありません。」なので、みなさんのそれぞれの町でイエスさまは羊飼いだと、そんなことをぜひ信じてほしいと思います。

 先週はザワメキで山口県のほうをぐるっと回りました。すごく祝福されました。四日間の集会だったのですが、その山口での教会の奉仕が与えられて、今回不思議に今まで行ったことのない場所がありました。
 それでそれぞれの場所での集会が本当に祝福されて、日本海側の萩という所と長門という所で集会をしました。いつも、ただ神さまが行きなさいと言われた所に行くのですが、今回も主に導かれて行ったのですが、行ったら「明治維新百五十周年記念」と目にしました。明治維新から百五十周年記念なの?と思って行ったら今の政治を司っている安倍首相の本籍がある所が長門油谷という所なのですが、その場所に私たちは行かせていただいて、今回結構ほとんど丸一日かけて、朝出かけて夜の集会までの間、ずっとそこをめぐってとりなしをさせていただきました。神さま素晴らしいなと思って、この地で賛美ができて、またそこをめぐってとりなしして、神さまが導いてくださっているなとすごく強く感じた集会でした。 
 そんな中で、ちょうど先週の聖日の集会は長門でしました。決して大きな集会ではなく、すごく小さな教会でした。「この場所が変わることは日本が変わります!」という話をしました。「ここで主の勝利が打ち立てられて、天が開かれたら日本が変わるので、その事を信じてください!」と言ったら、みんな本当に喜んでそのことを受け取ってくれました。

 第二歴代誌十五章七節に、こんな言葉があります。

『しかし、あなたがたこそ強くあってほしいのです。力を落としてはなりません。あなたがたの働きには報いが伴っているからです。」』

と書かれています。強い者を助けるのも、力のない者を助けるのも一緒ですし、私たちそれぞれいろんな戦いがありますが、「あなたがたこそ強くあってほしい。」それぞれの場所で、主に選ばれた、立てられているお一人一人が強くある時に、主は力を与えてくださって、大きな報いを与えてくださるお方なので、その事を信じて戦い続けていきたいと思います。

 今回、三十一日間の賛美集会、本当に霊的に祝福されて、集会もどんどんどんどん祝福されて、多くの方々も参加してくださって、本当に多くの恵みだったのですが、ただ現実的に、三十一日間、私、ずっとソングリードをさせていただきました。新城にいない時には他の教会で歌ってメッセージを一時間半から二時間近くずっとするのです。ミュージシャンは毎日演奏することを職業としているのでいいと思うのですが、連日するというのは私の人生の中で初めてなのです。三十一日間ずっとギターを弾きながら叫び続けました。結果、二十日過ぎたくらいから、肩がカチカチになって本当に肩が痛くなりだしました。もう痛くて夜中うなされるのです。「いててててっ」というのをずっとして、三十一日終わって、「やっと終わった。でも痛い!」というのが私の正直な感想でした。
 結果はこれから主がしてくださるのかもしれないけど、疲れちゃったなぁというのが私の正直な感想で、それで近くの薬局に行ってまず血圧測ろうと思って、いろんなことがあっちゃいけないかなぁと思って血圧を測りました。そうしたら至って正常でした。するとその横に脳内年齢を測るのがあったので、私は今五十七歳ですが、脳内年齢を測るのをやりました。ピピピと反射神経を調べるようなものだと思いますが、やったら四十四、五歳でした。やった!と思って、嬉しかったですね。私の家の体重計はいろんな数値が出ます。自分の体重だけじゃなくて、あなたの年齢は・・と出ると、だいたい四十四、五歳なのです。十歳以上下なので、ハレルヤ!とか思っていたのですが、今回最後にその薬局で指をピッと入れて、血管年齢というのを見ました。血管年齢、さぁどうかなと思ったら、なんと六十一歳でした。えー!六十一!私としてはだいたい四十代をキープしていたところ、おまえの本当の姿はこれだ!六十一だぞ!とあざ笑われたような気になって、あれはいい加減な機械だ!精度は低いに違いない!なんて打ち消そうとしても結果は出たのは出たので、「あなたの血管年齢は六十一歳。いや〜やられちまったな。」とすごい寂しい気持ちになりつつ、そして肩は痛いし、背中はガチガチだし、だから湿布をバチバチに貼って寝ていました。

 それで今回のメッセージの準備して、本当に今回、三十一日間祝福されたけど、肩痛いし、しかも大音量の中でやるじゃないですか。それでなんか耳が遠くなったなと本当に思うのです。家の中でも「は?」と聞いてしまうのです。よく人から話される時も、「は?」と聞いたり、いかにも二度目で言っているなという顔をしながら言ってくださる方がよくいて、結構深刻だなと思っていたのですが、今回三十一日間終わったら、完璧に耳が、これやばいなと思って、三十一日間がんばった成果はこれかと思いながら、まぁいいや、イエスさまがこの町の羊飼いになってくださって、それで変わればいいやと思って準備していました。

 そして昨日なんですが、そんな準備と共に、八月十五日はザワメキ同刻プレイズというのがあって、日本中で賛美をしてくださるので、そのための準備もしていました。そして海外でも歌ってくださるということで、海外の人たちの準備もしたりしていました。
 毎年のようにA国で歌ってくださる人がいます。彼はだいたいメールするとすぐに返信が来て、「はい、やります!」となるのですが、私はメールしたんですが、連絡がありませんでした。
 それでおかしいなと思ってまた一週間後くらいにメールしました。「ザワメキ同刻プレイズどうかな?」とメールしたんですが、それでもないのです。だから私は昨日、彼に電話しました。A国まで直接電話をしました。すると、「わー!開先生!ひさしぶり!嬉しいです!」と言ったんですが、「メール見た?」と聞くと、彼がこう言いました。「今実はうちのおじいちゃんが危なくて本当に今病院に行ったり来たりでメールもチェックできないんですよ。」と言いました。「だから本当にごめんなさい。また後からメールチェックしますね。」と言って、そこで話が終わろうとしたのですが、「それじゃぁおじいちゃんのためにお祈りするね!」と言って電話口で祈りました。「主よ、このおじいちゃんの上にイエスさまからの命を宣言します。いやされますように!家族中が祝福されますように!」と祈って、「アーメン」と言って電話を切りました。
 そうしたら昨晩、彼からメールが来ました。ちょっとお読みします。「開先生!ハレルヤ!おひさしぶりです。先生のお元気な声を聞こえることができて嬉しくて感謝です。すごく懐かしいです。お祈りもいただいてありがとうございます。メールの返信が大変遅くなってしまいます。申し訳ございません。お許しください。今年の八月十五日のザワメキ街角同刻プレイズにA国で参加いたします。よろしくお願いいたします。今日、本当にイエスさまが開先生のお祈りをききました。そして、おじいちゃんの病気も癒やされました。午後からおじいちゃんの心拍数と血液の酸素飽和度、両方とも正常に戻りました。私の家族全員皆が嬉しくて感動です。イエスさまの愛が本当に国を越え、言葉を越えました。すばらしい愛です。言葉で表せません。心から感謝しております。また先生のためにお祈りしています。」という、そんなメールでした。
 いや〜、イエスさま素晴らしいですね!神さま本当に祈りに応えてくださって、今回どうなっているかな〜、イエスさまここまで天が開かれた、天が開かれていることは感じるけど何もないなと思っていたのですが、主は祈りに応えてくださって、国を越えて言葉を越えてそのおじいちゃんの心拍数と酸素飽和度というのが両方とも正常に戻って元気になって直ったという、そういったおしらせでした。

 神さまは私たちの祈りに応えてくださって、やっぱりそれぞれいろんな働き、いろんな戦いをし続けていく中で、勇気を失うことなく戦い続けていく時に、必ず主は大いなるみ業をなしてくださいますので、そのことを信じて、主を見上げて戦い続けていきたいと思います。
 この町の羊飼いであるイエスさまをみなさんの町にもぜひお迎えください。そして私たちのまた家庭の羊飼いはイエスさまだと、夜番して守ってくださる方ですので、その方と共に今月も、今週も歩んでいきたいと思います。一言お祈りします。

 ハレルヤ。愛する天のお父様、あなたのすばらしいみ名をあがめて心から感謝します。主が今日こうして賛美礼拝を与えてくださっていること、本当に心から感謝します。ここまでの歩み、主が一つ一つを守って導いてくださったことを本当に心から感謝します。主は真実なお方です。私たちの祈りに応え、またささげ続けたこの賛美を主が受け取ってくださっていたことを信じて心から感謝します。天の窓が開かれ、この窓が開かれて、これから天の大軍勢が上り下りするのを私たちの教会、私たちの家庭、それぞれの歩みの中に見ることができることを信じて心から感謝します。
 今、もう一度、イエスさまを私たちの町の羊飼いとしてお迎えします。主よ、この町にお立ち上がりください。この町にお立ち上がりください。お一人お一人の地域の地の羊飼いとして主よ、お立ち上がりください。そして主よ、主のみ業をはじめてくださることを信じ心から感謝します。尊き主イエス・キリストのみ名によってこの祈りを父なる神さまのみ前におささげいたします。アーメン。