HOME > メッセージバックナンバー > 2013年バックナンバー > 9月 > 9月1日

『主が声を出すと

2013.9.1 (日)
新城教会副牧師 滝元開
エレミヤ書10章13節

『主が声を出すと、水のざわめきが天に起こる。主は地の果てから雲を上らせ、雨のためにいなずまを造り、その倉から風を出される。』


 今日は「主が声を出すと」という御言葉をテーマにさせていただきましたが、今日の礼拝の賛美では、最初に「主が声を出すと」を賛美し礼拝することができたことを心から感謝しています。
 今年になって何度も言われていますけれども、全日本リバイバル甲子園ミッションから今年で二十年という節目の年になりました。神様がこの節目の年の中で、主の大きなご計画を持ってここまで導いてくださったことを、本当に感謝しています。

 先日の和歌山ミッションも大変祝福されたことを心から感謝します。甲子園ミッションから二十年目に神様が何をされるのかと期待していましたが、主は和歌山に導いてくださり和歌山リバイバルミッションが行われるということになりました。様々な準備・働きとともに、和歌山に対する学びと調査がなされ、そして、とりなしの祈りが行われました。そして、特にこの日本を勝ち取るための二十年目の戦いに、日本を治める高き所が座する場所「和歌山」においてリバイバルミッションを開催することによって、日本全体に主の大きな勝利が現されるための大会となったことを心から感謝します。
 六月からは先生方、またロン・ブラウンさんを通して、決起大会が行われ「この大会より和歌山リバイバルミッションが始まっています」と伝えられて来ました。そして、その総決算として八月二十三日、二十四日に本大会が行われました。本当に祝福された恵みの時でした。
 今日配られましたミッションニュースの中に書かれていましたけれども、千八百六十人が延べ人数で集められたと書いてありましたが、千八百六十名の方々があの場所に来てくださって、本当にすばらしい恵みの時でした。
 集会が始まる寸前に、和歌山県で代表的な一人の先生がいらっしゃって、その先生とお話をしたら、その先生が「果たして人数が集まるだろうか」とすごく心配をしておられました。「でも来られる中に神様の計画がありますよね」と、そんな話をしながら、本大会の時間を迎えましたが、最初の集会から会場にいっぱいの人たちが集められて大きな恵みの時でした。
リバイバルミッションがあのような形式で集会をしたのは三年ぶりでした。特に東日本大震災の前に行われた東北ミッションぶりでしたので、久しぶりな感じがありました。そして、大会が始まって行く中で、いつものように、主への賛美が喜びの内にささげられ、続いて素晴らしいゲストの賛美が届けられ、そしてミッションの先生方により、福音が真っ直ぐに語られました。そんな集会が進められていく中で、私は「主はこんなにも大きな働きをこのリバイバルミッションに与えてくださり本当に感謝だな」と、しみじみ思いました。
 今回の大会は、たった二日間の集会だったものですから、先生方とスタッフのみなさんと、ある意味一丸となって戦う大会でした。最初の準備から、最後の片付けに至るまで、とてもタイトなスケジュールでした。一日目は朝から準備にかかり夜に集会がありました。ニ日は朝からセミナーでした。セミナーも本当に祝福されて、三百名以上の方々が来られて、すばらしいセミナーが行われました。セミナーが昼まであり、そして二時からまた次の集会がありました。その間、二時間ありましたが、私たちはその間にリハーサルをしました。リハーサル後すぐに昼食を取りました。ですから十二時過ぎに弁当をいただいて、そして午後の集会にのぞみました。二時から二時間の集会で、それもすごく祝福され、四時に終わりました。そして次の集会が五時からスタートでした。たった一時間だけのインターバルがありましたが、五時から七時までの集会で、七時に終わったら撤収をして帰るというスケジュールでしたので、食事をする時間はその四時から五時までの時間しかありませんでした。楽屋に行くとリバイバルミッションの先生方を始め、賛美チームが一つのテーブルに全員座って、みんな焼き肉弁当を食べていたんです。昼を食べたのは十二時過ぎで夕食が4時からだったのですが、さっき食べたばかりなのに先生方が「うまいうまい」と焼肉弁当をガツガツ食べておられるんです。平岡先生が「よく食べる人は長生きするんだ」と。私はちょっとヘルシーにビビンパ弁当にしましたが、みんなちょっと壊れていないか?と思うほどでした。そうしたら私の父も焼き肉弁当を持って入って来て「おいしそうな弁当だ」と八十四歳の彼が来て、そしてあっという間にぺろりと食べました。「うまい、これはうまい」と言って。彼のあの力は肉から来るのかなという感じでした。でもある意味、そういった一つ一つの小さな出来事の中にも大きな喜びがあり、感謝があり、そしてこの大きな主の戦いのための運命共同体として一丸となって戦っている!と感じる大会となりました。
 その結果、私たちの一番の願いである、高き所に座する暗闇の力が打ち破られ、主の栄光が現されることにつながって行くと信じています。集会の中にも、裏方の中にも、すべての中に平和と喜びがあるというのは、これは神様がくださった大きな勝利であると強く感じました。

 甲子園ミッションから二十年目ということで、大切な節目の年であるわけですが、確かに主は、今、新しい事を始めてくださったと信じています。甲子園ミッションの時のテーマのみ言葉と賛美が、今日のテーマである「主が声を出すと」です。主が声を出してくださったゆえに、リバイバルの働きというものが始まっていると思います。

 甲子園ミッションは、一九九三年十一月五・六・七日とありました。三日間でした。二日目が六日の土曜日でしたが、その時にPPHという、賛美と祈りの大集会で、あの甲子園球場でみんなで歌いました。あの時は六十分間の賛美があり、みなさんで一緒に賛美し、本当に神様が天を開いてくださったということを皆が感じ、皆がそこで踊り回ったそんな集会でした。
 そんな最中で今リバイバルミッションの代表をしてくださっている有賀先生が主の御言葉を聞いたというのです。それはどういう言葉だったかというと、「火を取れ!」という、み言葉をいただいたとおっしゃっていました。エゼキエル書十章二節ですけれども、この御言葉が先生の心に響いてきたという御言葉ですけれども、お読みします。

『炭火をあなたの両手に満たし、それを町の上にまき散らせ。』

 「火を取りなさい。」神様からの火を取って、今度はその火を街にまき散らせ!というのが、先生がいただいた御言葉でした。その後、神様がリバイバルミッションを各地方に導いてくださって、そして、その後、海外にも導いてくださっている。ここまで主が成してくださった御業を本当に心から感謝しています。

 あれから二十年の年月が経ったわけですけれども、私たちはザワメキの働きの中で、いろんな教会でザワメキチャーチライブという賛美集会をさせていただいていますけれども、八月十一日には、一麦西宮教会でザワメキの集会をさせていただきました。一麦西宮教会は、下條末紀子先生が牧会される教会で、あの先生がおられなかったら、ある意味、甲子園ミッションというものはなかったと思います。あの先生が、「私の夢は、私の街にある甲子園球場で、日本人の手によって、日本人の伝道者によって、日本人のための大伝道集会をすることが私の夢です」ということを先生が語られて、それをまともに受け取ったのが明牧師であるわけですけれども、なのである意味、あの先生がおっしゃらなかったら、集会はなかったし、またあの先生が牧会されている一麦西宮教会がなかったら、あの大会もできなかったのではないかと思います。そして、この二十年目の節目の中で、その教会に私たちはお邪魔させていただいて集会をしました。
 すごく恵まれました。その時の写真が少しだけあるので、少しご覧いただきたいと思います。

スライド17.JPG

 これが午後の集会です。私たちは礼拝で少しだけ奉仕して、午後からザワメキの賛美集会をしましたが、そこには「甲子園から世界へ」と書いてありますけれども、その時の熱き思いというのは今なお消えることなく掲げられています。
 そして今回、私たちの賛美チームが行ったメンバーが、私と家内と、ドラム、ベース、キーボードというメンバーで行きましたが、そのメンバーが全員、甲子園ミッション時代から奉仕し続けているメンバーでした。ですから、下條先生もすごく喜んでくださって、「その頃から働いてくれている方々が今も一生懸命がんばってくださっているのね。嬉しいわ」と大歓迎してくださいました。
 その時のメンバーの写真をちょっとだけ。

スライド18.JPG

 これは石塚さんです。今日もがんばってくださっていますが、石塚さん。甲子園ミッション時代は、四方から決起大会というのがあり、彼は四方からぐるぐると日本中の教会を回ってのキーボードの奉仕をしてくださいました。

スライド19.JPG

 そしてその次は、中野晋也さんです。晋也さんはその時に何をされていたか。ご存知ない方もたくさんいらっしゃるかと思いますが、その当時、リバイバルキャラバン隊というのがありました。文字通り、日産のキャラバンという車をねぐらにして、日本中の教会を巡って、「今回こういった甲子園ミッションというのがありますから、是非ご協力ください」と、突然教会に訪問して、突然案内するという働きでした。若かりし二十代の彼らは、車をねじろにしながら日本中回るという、そういった働きをしました。だからある意味、誰よりも風当たりの強い所に行きました。甲子園ミッションのことを喜んでくださる方もいらっしゃれば、喜んでくださらない方もいらっしゃるので、本当に激しい戦いを経験されましたが、その時からずっとがんばっていますということで皆さん大歓迎してくださいました。

スライド20.JPG

 そしてもう一人が松枝さんです。彼は今もドラムをしていますけれども、甲子園ミッションの時もドラムを叩いてくださって、「そのメンバーが今もしてくださっているんですね」とすごく喜んでくださいました。

スライド21.JPG

 午後の集会だったんですが、本当にいっぱいの方々が集ってくださって、老いも若きも、二十年前、甲子園ミッションが始まった時にがんばってくださっていたメンバーがみなさんいらっしゃるのです。懐かしいメンバーがたくさんいらっしゃる中での集会だったんですが、今日も最初に歌いました「主が声を出すと」を歌ったら、みんなが本当に熱く歌いました。ちょうど二十年前にもこの一麦教会で決起大会があったんですが、その時のことをすごく思い出しました。その時は順先生がソングリードをされていて、兄の滝元望がギターを弾いて、私はベースを弾いていて、それで決起大会をしたんですが、あの時に熱く、激しく吹いていた風が、再び、巡り巡って吹いているようなそんな集会でした。
 いろんな集会の中で神様が働いてくださる姿を見ますけれども、神様はやはりあの教会を本当に選んでおられて、愛しておられて、こんなにもこの二十年間導き続けておられるのだなということを強く感じて、涙溢れるほどの恵みの集会でした。

 主が声を出すと水のざわめきが天に起こる。「主が声を出す」ということは、どんなに大きなことなのかということを今回改めてすごく強く感じさせられました。「主が声を出す」というのは、何気なく与えられたような御言葉ですけれども、すごく大きな御言葉だと思います。創世記一章一節に主が声を出されたことが書かれています。

『初めに、神が天と地を創造した。地は形がなく何もなかった。やみが大いなる水の上にあり、神の霊は水の上を動いていた。その時、神が「光よあれ」と仰せられた。すると光ができた。』

 神様御自身が声を出された瞬間です。「光よあれ!」と、その声を出されたら何が起こったかというと光ができた。そしてそれを良しとされたという御言葉が続いていくわけですが、神様の天地創造の働きは、声を出されることによって成されていきました。その主の声がこの甲子園ミッションにおいて出されました。さらに、また私たち一人ひとりの救いにおいても主が声を出されていることを聖書の中で見ることができます。第二コリント四章六節、

『「光が、やみの中から輝き出よ」と言われた神は、私たちの心を照らし、キリストの御顔にある神の栄光を知る知識を輝かせてくださったのです。』

と書かれています。「光が、やみの中から輝き出よ。」これが「光よあれ!」と言われた神様は、私たちの心を照らしてくださった。私たち一人ひとりの救いのために主が御声を出してくださったわけです。これは大きな愛の現れです。イエス様ご自身が声を出すということは、この天地創造の時に出された御声であるわけですけれども、その声が甲子園ミッションの時に出されて、そして今なお日本に響いているということは、これはどんなに大きなことなのかなということを思いました。

 六月に私たちザワメキで九州に行きました。九州佐賀県の嬉野の教会でザワメキの賛美集会をさせていただきました。すごく大きな恵みの時でした。木曜日、そんなに多くの人たちではないんですけれども、集まってくださった方々とともに賛美をしました。その中で一人の壮年の方、六十過ぎくらいの一人のおじさんがすごく元気に賛美をしてくださっているのです。にこやかに賛美してくださっていて、恵まれた方だなと思って見ていたんですが、集会が終わったらその方が私の所に来て、「実は私は甲子園ミッションの決起大会でイエス様に出会った」と、おっしゃっていました。
 二十年前、私もちょうどその決起大会に伺いましたが、長崎で行われた決起大会でした。その集会はウィークデーの昼間に、山の中の体育館を会場に行われました。人が来るはずのないような場所と日程の中で行われました。私と地元九州の兄弟がキーボードをしてくださり、そしてメッセンジャーは安海先生という先生でした。その時にその方が来られていたそうです。
 その方は昔教会に行っていたそうですが、ずっと教会に行っていなく、三十一年間教会から離れていたと言っていました。三十一年ぶりにその集会に来られたそうですが、その時は運転手で来たそうです。「決起集会があるから運転手で来ていただけませんか」と言われて、「はい、わかりました」と言って、その昼間の集会に運転して来られ、その中で座っておられました。
 そして集会が始まって、今日と同じように「主が声を出すと」「息よ四方から」と歌ったんですが、歌っていくうちに、その方の知らない歌なので最初は聞いていたんですが、でも同じ歌詞を何度も何度も繰り返すので、ふと気づいたら歌っていたというのです。歌うつもりはなかったんですが、ふと気づいたら歌っておられて、そしてその次の瞬間、ふと気づいたら涙がワーっと流れているんですって。それで「どうしたんだろう?」と自分でも分からなくて涙が止まらない状況になったというのです。神様が触れてくださった時だったと思うのですが、そして帰りにザワメキ一のCD「主が声を出すと」を買って、家に帰って聴き始めたというのです。
 そしてある時、お茶の間でイエス様の話をし出したら「お父さん、なんでそんなこと突然言い出すの?」と家族の人たちが言い出して、「実は僕はこういった集会でこうなったんだ」ということで、「それじゃぁもう一度教会に行ってみようか」ということで、再び三十一年後に嬉野の教会に行ったそうです。そしてその方も、その方の奥様も、また子どもたちも、またその方の弟さんも、弟さんの奥さんも、その家族も、みんなクリスチャンになって、「今は十数名のクリスチャンファミリーになりました」と、そういった証しをされていました。「二十年前のあの時がなかったら今の私はありません」とその方がおっしゃっておられましたが、主が声を出してくださって、み業を始めてくださった時に、その響いた声というのは、今なおそこにも響いている。その火が消えるものではなくて燃え続けているものなんだなということを見させていただきました。

 先週の日曜日は素晴らしいメッセージを順牧師からいただきました。主イエス様ご自身が私たちを造ってくださった、そのオリジナルのDNA情報を回復して、悪魔に渡ってしまっている領域を書き換えていただきましょう!という祈りをみんなでして、本当に大きな恵みでした。
 そもそも主ご自身が私たち一人ひとりに対して立ててくださっている計画というのは、すばらしい大きく完全な恵みであるわけですけれども、それをサタンはなんとかして奪い取って、神様のものじゃないものに私たちの人生をしようと働いています。また、私たち個人のみならず、国そのもの、また地域そのものを変えようとしていると思います。
 それは何故かと言ったら、罪によってサタンが介入して、罪によって汚されていくという現実があります。創世記三章十七節を見るとこのような事が書かれています。アダムが罪を犯した後に主が語られたことですけれども、創世記三章十七節、

『また、アダムに仰せられた。「あなたが、妻の声に聞き従い、食べてはならないとわたしが命じておいた木から食べたので、土地は、あなたのゆえにのろわれてしまった。あなたは、一生、苦しんで食を得なければならない。』

と書かれています。主がしてはならないと言われることに対して、アダムはその妻エバの言いつけに従って罪を犯してしまったわけですけれども、それゆえ、土地そのものが「あなたのゆえに呪われてしまった」とあります。罪のゆえに呪われて、祝福されていた土地そのものが悪魔の手に渡ってしまったと書かれているわけですけれども、これは私たち一人ひとりの心にも、罪のゆえに悪魔が介入してくることはたくさんあると思います。土地そのものに対してもそのような状況があるのだということがここに書かれています。またローマ人への手紙 八章二十一節〜二十二節、

『被造物自体も、滅びの束縛から解放され、神の子どもたちの栄光の自由の中に入れられます。私たちは、被造物全体が今に至るまで、ともにうめきともに産みの苦しみをしていることを知っています。』

と書かれています。ですから、大地そのものがうめいて苦しんでいるというのです。神様御自身が起こそうとしておられるリバイバルは、遺伝子レベルから私たちを変えようとしておられるリバイバルであり、またこの土地そのものを癒やそうとされている業がリバイバルなんじゃないかなと最近そんなことを感じています。

 私はこの新城生まれ、新城育ちで、ずっと新城で生きてきた者ですから、この土地の常識が自分の常識になっていることがたくさんあると思います。私は車で日本中回るようになって、いろんな所に行って、そしてまたこの新城に帰って来ると、新城の人の運転と、他の地域の人の運転って違うなと感じます。なんか新城の人の運転というのは危ないなと感じることがたくさんあります。「このタイミングで出て来るか?」ということで出て来ることがよくあって、「この~!」と思いながら運転することがよくあります。でもこれは人ごとではなくて、自分が運転していて、自分の運転そのものも、この新城にどっぷり浸かっているものですから、がーっと走って行って、がーっと思いっきり勝手なことをしていて、自分って新城人だなとすごく感じます。やはりこの地域そのものにある悪しき束縛というのが運転の中にも出て来るのかなというようなことを思いながらよく運転します。

 先週の火曜日に、すぐ近くにあるセブンイレブンから私は家に帰ろうと思って運転していました。すると、私の二台前にトラックが走っていました。私のすぐ前は初心者マークをつけた小さな車だったんですが、運転していてぱっと見たら、なんとニ台前のトラックの後ろの扉が開いたり閉まったりしているのです。これは危ないなと思いながら見ていたら、よく見たらその中に段ボールがいっぱい積んであるのです。だからこれで信号で停まったら落ちてくるなと思ったので、「これはなんとかして言わなきゃ!」と思いました。でも、私の前に一台の車があったので「初心者マークじゃどうにもならないな」と思いながらちょっと我慢していました。
 そうしたら、初心者マークの車がすっと横に行きました。だから私はすっと近くに行って、パーっとクラクションを鳴らしました。そして窓を開けて「開いてるよ!開いてるよ!」と、口で言っても聞こえないんですが、手で合図を一生懸命しました。でもその方は気づいてくださらなくて、私の家はそれより手前なもんですから、帰ることもできるのですが、このまま行っちゃいけないなと思ってずっとついて行きました。
 すると、中をよく見ると、アイスクリームじゃないかなと思われるような箱が並んでいて、これで落ちて来たら大変なことになるなと思って、さらにずっとついて行って、その間、パーパークラクションを鳴らし続けました。と、「信号が赤になる!今だ!」と思った時に、すっとまた青になるのです。赤になって欲しい時にならないことは世の常で、そしてそれを何回か続けて行ったらやっと停まりました。停まったら、何が起こったかといったら、案の定、扉が開いて、中にあったアイスが一箱ぼこーんと落ちて来ました。
 それで私はすぐに出て、「アイスが落ちたよ!」と叫んで、急いでアイスを拾いました。そうしたら、そのアイスは結構溶け始めていて、「いや、せっかくの商品が」と思ったら、何とその車が行っちゃったんです。「行っちゃった!」と思って、「このアイスどうすんの?いただく?それはないな」と色々な思いが頭を駆け回る中、すぐに車の中にアイスを入れて、また車を運転して、「おーい!おーい!」とずっと叫び続けました。
 でも私がそのアイスを拾っているうちに彼はその間に行ってしまいました。だから「信号無視しようかな。主のためにはどうしようかな」と思いましたが、ぐっと我慢して、次に行ったら次も私は赤で彼は行ってしまいました。「これはもう駄目かな」「そんなにおいしそうなアイスでもないし持って帰るのもなんだな」と思ったら運転していて、そしてずっと進むと、なにかの異変を感じたらしく、その車がユーターンをしようとしていました。やった!と思って、クラクションを鳴らし「おーい!アイス落としてる!」と言ったら、彼は私に向かって手を合わせて頭を下げていました。やっと追いついてアイスをお渡しして、「落ちてましたよ」と言ったら「すいません」とそのおじさんが受け取ってくださいました。なんのためにこんな話をしているかというと、私たちには罪に対して後ろの扉というのがあるわけで、順牧師がよく「後ろの扉を閉じなさい」という御言葉をエリシャの言葉から言っていますが、第二列王記四章四節、

『家に入ったなら、あなたと子どもたちのうしろの戸を閉じなさい。そのすべての器に油をつぎなさい。いっぱいになったものはわきに置きなさい。』

 私たちの開けてはならない扉というのが、私たちの人生の中に、またこの国、この地域にもあると思います。それを開けてしまったがゆえに、せっかくおいしいアイスが溶けてしまったり、またそれが奪われてしまったりということが私たちの人生には起こるのではないかということを、先週のそんな出来事を通してまた教えられました。
 私たちはこの街に住んでいて、この街にある神様のくださった良き物が、サタンの手によって変えられてしまったことってたくさんあると思います。創世記に書かれている御言葉の中で、創世記一章三十一節をお読みしたいと思います。

『そのようにして、神はお造りになったすべてのものを見られた。見よ。それは非常に良かった。夕があり、朝があった。第六日。』

 神様がすべてのものを造られて、すべてを造られた後に言われたことは、それを見て「それは非常に良かった。」最高の物を主は造ってくださって、この天地万物を造ってくださり、そして私たち人間も最高の状態で造ってくださったわけですけれども、それが罪のゆえにサタンが介入し、その人生であったり、その地に対してであったり、それを汚して、その祝福を奪うという働きをサタンはしてきているわけです。けれども、私たちはその後ろの扉を閉じる働きを私たちはしていかなければいけないのではないかと思っております。

 主が声を出してくださって、主ご自身のみ業が、このリバイバルの働きを進めてくださっていますけれども、リバイバルの働きというものは、主のみ声をどこに響かすか、ということではないかと思います。サタンが入り込んで汚してしまった地に、またサタンが入り込んで崩された人生に対して、主ご自身が「光よあれ」と言って光を造られたそのみ声を、私たち一人ひとりがその人々の心に対して、またそれぞれの地域に対して発して行く時に、神様が新しいみ業を成してくださると、そう信じています。

 八月三日に、この教会ではゴスペルのコンサートがあって、すばらしい主の祝福が注がれました。実は私と家内はその日にここにいることができませんでした。どうしてかといいますと、春に軽井沢でザワメキの集会をした時に、そこにいた宣教師の先生が「なんとかこの夏に軽井沢に来て伝道集会をして欲しい」と、そうおっしゃいました。「この夏の時間じゃなければ駄目なんですか?」と聞くと、「夏が人がいっぱい来るから、なんとかその時にイエス様を伝えたいんだ」と言われて、そしてスケジュールを見たら、そこだけが開いていたので、「ここでも良ければ」と言ったら「ぜひ来てください」とおっしゃってくださって、私たちは行きました。
 この新城は本当に激しい戦いの中に、かたや私たちは避暑地軽井沢に行っていて何をしているんだと思ってくださった方もおられたかもしれませんが、決して遊びに行ったわけではなくて、そのような経緯で行くことになって、でも行くにあたって、その街のために祈ろうと思って祈るための準備をしました。普段、何度も軽井沢に行ってザワメキの賛美集会をさせていただいたりしているので、何度もとりなしに行って祈りはしたんですが、ふと一つの情報を家内が見つけました。
 それは、軽井沢に行かれたことのある方は分かると思いますが、軽井沢銀座というのがありますが、その軽井沢銀座をずっと上がって行った一番上に何があるかというと神社があります。K神社というんですけれども、よく見たら、そのK神社というのが、日本三大K神社と言いまして、ちょうど和歌山ミッションのために祈っていたテーマと同じテーマでしたので、これは神様の導きと信じて、私たちはそこに出向きました。
 そこに行って、その地域の悪しき力を打ち砕くために、特に軽井沢の氏神とされる神社なので、軽井沢に働くサタンの力が打ち砕かれると共に、また和歌山ミッションに大きな勝利が現されるようにという祈りをしました。
 私たちは今まで知らずに、涼しい中を楽しんで歩いていたわけですけれども、ある意味あそこは参道みたいな場所です。ですから戦って祈って主の勝利をということで祈りの時を持つことができて非常に感謝でした。神様がその祈りも導いてくださって、そこに対しての大きな勝利を与えてくださったんじゃないかなと、そんなことを感じました。
 そこに一本、神木といわれる大きな木がありました。木そのものには罪はないですが「悪い木だな」と思って、木自体も内にうめいているだろうなと思ったので、私と家内で「その木の周りを七回回ろう」と言って、結構大きな木でしたが、二人とも言葉を発せずに七回ぐるぐる回りました。そうしたらそのすぐ近くに神主が立って見ているのです。でも彼は何も言いません。変な顔もせずただ平然としておられるのです。それで私たちもひたすら祈って帰ったんですけれども、そして宿舎に戻って見ていたら、その神木のことが雑誌に載っていて、「その神木は一周回ると一年寿命が延びる」と書いてあって、「さぞ長生きしたい夫婦だろうな」と彼は思っていたんだなと思ったんですが、でもそこにある悪しき呪いを打ち砕いて、そしてまた集会にのぞみました。

 今回集会をしたのはユニオンチャーチという教会でした。もう立てられて百年以上経つすごく古い教会です。その所のステージの写真だけがあるのですが、そのステージです。

スライド22.JPG

 そもそも軽井沢は避暑地で観光地なのですが、私たちはコンサートをするということで四十五分のコンサートを一日目は三回しました。そして二日目の午後にまた二回して、四十五分のコンサートを計五回しました。
 始まる前に私たちを招いてくださった宣教師の先生が「人が来たらいいね」と言うのです。「もちろん。でも一人でも来てくれたら、私たちはその一人のためで十分ですから、来たらいいと思います」という話をしていました。
 しかも最後の集会が日曜日の午後の四時くらいの集会だったので、夕方四時になると観光客は帰ってしまうから人がいなくなるのが心配だとおっしゃっていたので、「でもいいです。一人でもいてくださったらいいです」と準備をして、先ほどのように場所を備えて、コンサートをするために、私と家内と一番前の席で祈っていました。
 そしてもうすぐ時間だからと二人で祈って「アーメン」と言って、ふと後ろを見たら、誰もいないのです。人は一人も来ていないのです。あと十分という所で、コンサートが始まるという十分前で、一人もいないのです。「一人でもいいから」と言ったんですが、「さすがに一人もいないのはちょっとな」と家内と話していました。
 さあ、もう時間だなと思って始めようかと立ち上がったら、何とそのたった十分くらいの間に、三十人から四十人の人たちが入っているのです。そして整然と座っておられて、いつの間に来られたの?という感じで、コンサートが始まりました。結局、四十人くらいの方々が来てくださったんですが、四十五分間のコンサートで、賛美を聴いてくださって、教会なのでイエス様の福音をストレートに語らせていただいて、イエス様が救いだということを語らせていただきました。「イエス様という名前に救いの力があるので、イエス様という名前を呼んでください」という話をしつつ賛美をしました。
 ある意味、観光客のみなさんとっては、宗教の時間になってしまうわけですけれども、来られたみなさんは出ることもできるし、入ることもできる。入ることも自由ですけれども、出ることも自由なのです。なので四十五分間、一曲、二曲聴いてくださったら感謝だなと思って私たちは歌っていました。そうしたら不思議でした。みなさん立ち上がらないのです。「もうそろそろ出るかな」と不信仰な思いで歌ったり話したりしているのですが、みなさんずっと聴いてくださって、九十パーセント近くの人がみなさんずっといらっしゃるのです。これはあそこで祈った祈りを神様は聞いてくださったなと思いました。軽井沢のために祈りますと祈って、昨日もぐるぐる回って、人が見たら何してるんだろというようなことなんですが、主は確かにその街に対して声を出してその暗闇の力を打ち砕くという、その結果としての働きだなということを見させていただきました。
 一日目に一人のおばあちゃんが来てくださって、すごく喜んでくれました。そのおばあちゃんは観光客ではなく、地元のおばあちゃんでした。しかも二人のお孫さんも連れて来られていたのですが、そのおばあちゃんがすごく喜んで家に帰られて、食事の時間にこう言ったというのです。「今日コンサートに行って来たけど本当にいいコンサートだったから、明日はおまえたちも一緒に行こう」と言って、そのお孫さんのそれぞれの親、おばあちゃんにとっての娘さん二人を連れて、次の日はその娘さん二人とお孫さんがもう少し増えて一団で来てくださいました。神様は本当にすばらしいことをしてくださったと思いました。「これから教会に行くよ」とおばあちゃんは言ってくださっていました。神様は真実なお方で、祈ったら祈りに答えてくださるお方。「ここで祈って何が起こるんだろう。」と思うことがあるのかもしれませんが、主が声を出してくださることを信じて、その地域のために祈り続けて行きたいと願っています。
 神様のみ業がこの夏もいろんな形で成されて来ましたけれども、主が声を出してくださったそのみ声というのは今なお響いていて、その声は天地万物を造った大きな力ある声なので、そのみ声を私たち一人ひとりを通して主は発せようとしておられるのではないかと思います。
 賛美の働きをさせていただく中で、賛美の中に大きな力があると本当に心から信じています。ですから、賛美する中で主が声を出してくださる大きな働きだなと思います。どこで賛美するのか。一番歌うべき場所はやはり敵の前だと思います。第二歴代誌二十章に書かれていますけれども、ヨシャパテがアモン人、モアブ人、セイル山の人々との戦いの中で歌いました。第二歴代誌二十章二十一節〜二十二節、

『それから、彼は民と相談し、主に向かって歌う者たち、聖なる飾り物を着けて賛美する者たちを任命した。彼らが武装した者の前に出て行って、こう歌うためであった。「主に感謝せよ。その恵みはとこしえまで。」彼らが喜びの声、賛美の声をあげ始めたとき、主は伏兵を設けて、ユダに攻めて来たアモン人、モアブ人、セイル山の人々を襲わせたので、彼らは打ち負かされた。』

 敵の前で賛美をする時に、主ご自身がみ声を出してくださって、その敵の力を打ち破ってくださる。ですから私たちの日々の生活の中で、敵の前で神様を賛美するという時に主ご自身が御声を出してくださるということを信じてさらに歌い続けていただきたいと心から願っています。

 最後に一つだけお証しして終わりにしたいと思いますけれども、先週は中高生のキャンプがありました。すごく大きな恵みの時でした。春と夏に行われるんですけれども、毎回どこにキャンプするかと一生懸命祈ります。主が行けという所に行って主が歌えという所で歌えるようにと思って行きます。そしてなおかつ楽しくて喜びいっぱいのキャンプで、みんな喜んで帰って来られるように。そのキャンプに行って帰って来たらみんながイエス様に近づいてイエス様はすばらしいなと感じることができるようなキャンプになるようにとみんなで祈って準備するんですね。
 そんな中で今回導かれたのが河口湖でした。河口湖でキャンプするということで行きましたが、特に今回は富士山が世界遺産登録されたので、富士山に対して本当にイエス様ご自身の勝利が現されるようにと願って出かけました。今年は多くの人が富士山に登っており、そこで悪しき偶像礼拝をしてその地を汚す働きをしているので、そこで賛美したいなと思ったんですね。
 何年か前にも中高生のキャンプで富士の五合目まで行って、五合目で楽器をセットしてみんなで賛美をするということを一度したんですが、今回行く前にちょっと調べたら、五合目に行くまでにもう何時間もかかってしまうほどの渋滞がこの夏は起こっているということで、これは無理だなと思って、富士山をぐるりと回って賛美しようということで、大きく一周、周りを回って賛美することにしました。
 当教会の中高生はみんな賛美を一生懸命してくれます。今回は全部で二十四名だったんですが、後ろの座席から一曲ずつ選んで歌うということをずっとしました。そして前まで来るとまた後ろに行くという、自動的にずっと、彼らは嫌だと言わずに歌い続けてくれました。この新城を出た時からずっと、富士山の周りもずっと歌ってくれ、本当に不思議ですね。神様が導いてくださって、ずっと賛美で取り囲むようなキャンプにしてくださってすごく大きな喜びと感謝のキャンプでした。
 ところで、富士山の世界遺産登録ってどんなものだろうと、帰ってからインターネットで見たのですが、正式名称は「富士山―信仰の対象と芸術の源泉」と決まっているのです。ですから、世界遺産登録というのは、富士山そのものだけではなくて、富士山とそれを取り囲む多くの神社、それらすべてを含めてたものが遺産登録されたものが富士山だというのです。
 サタンはこの日本をもっと暗闇の中に陥れようと計画するわけですけれども、それを賛美を通して切り開くという業を神様ご自身のご計画の中でしてくださったなという本当に楽しいすばらしいキャンプでした。
 私たちにできない領域を若者たちがしてくれた、そんな姿の中に大きな恵みを見ました。中学生、高校生ですので、二十年前の甲子園ミッションといっても誰一人として知りません。誰一人として生まれていないので、だから、その時のことじゃなくて、彼らの口を通して、今主がしようとしておられる働きがあるんだなということを今回すごく強く感じました。最後に詩篇一〇二篇十八節〜二十節をお読みしたいと思います。

『次のことが、後の時代のために書きしるされ、新しく造られる民が主を賛美しますように。主はその聖なるいと高き所から見おろし、天から地の上に目を注がれました。捕らわれ人のうめきを聞き、死に定められた者を解き放つために。』

 「新しく造られる民が主を賛美しますように」とここに書かれています。その新しく造られた者が主を賛美する時に、「捕らわれ人のうめきを聞き、死に定められた者を解き放つ」そのような働きをするのだと。ですから、主ご自身が二十年前にそのみ声を出してくださって、そのみ声は今なお響いていますけれども、新しく造られたその民から、そしてまた二十年前から励んでおられるすべての聖徒等が、主ご自身のみ声を私たちの口を通して発していきたいと、いや発し続けていかなければならないんじゃないかなと、そのようなことを思っています。

 まもなくイエス様が帰って来られようとしておられるこのような時代の中です。ですから、私たちに与えられた人生、いつまで続くか分からないと思います。ですから主がくださったこの一日一日を一歩一歩しっかりと進んでいかなければいけないと、そのように強く思わされています。今しかできないこと、今しか伝えられないことがあります。イエス様御自身の福音を、私たちの唇を通して、主の声を発して行く、そのような者にさせていただきたいと願っています。一言お祈りします。

 ハレルヤ。愛する天のお父様。あなたのすばらしい御名をあがめて心から感謝します。主が声を出すと水のざわめきが天に起こると、あなたご自身があの二十年前、この日本に対してみ声を発してくださって、そして日本のみならず全世界のリバイバルのためにあなたのみ業が始められていることを覚えて心から感謝をします。
 サタンがこの地を暗闇の中に陥れ、また汚してきましたけれども、そこに対して主ご自身の勝利が、主の声が発せられていることを感謝します。どうぞ私たち一人ひとりの口を通してあなたのみ声となることができるように助けてください。
 そしてこの日本が勝ち取られ、またアジアが、全世界が勝ち取られるために、私たち一人ひとりの唇を、主よ、私たち一人ひとりの声を主がどうぞ用いてくださいますように。そして、あらゆるサタンの計画が打ち破られて、あなたご自身の勝利が現されていくことを私たちが見ていくことができるようにどうぞ助けてください。
 今日も私たちはあなたご自身のみ前に多くの賛美をささげてあなたを礼拝することができました。心から感謝します。イエス様、なおも主がこの賛美の中でみ業を成し続けてくださいますように。私たち一人ひとりの生活のただ中であなた御自身のみ業を現し続けて行くことができるように助けてください。今日の恵みを心から感謝して、すべての栄光を主にお返ししつつ、尊き主イエス・キリストのみ名によって、この祈りを父なる神様の御前にお捧げいたします。アーメン。