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『信仰の戦いを勇敢に戦おう』

2011.8.21(SUN)
新城教会主任牧師 滝元 順
テモテ人への手紙第一 6章11節〜14節

『しかし、神の人よ。あなたは、これらのことを避け、正しさ、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和を熱心に求めなさい。信仰の戦いを勇敢に戦い、永遠のいのちを獲得しなさい。あなたはこのために召され、また、多くの証人たちの前でりっぱな告白をしました。私は、すべてのものにいのちを与える神と、ポンテオ・ピラトに対してすばらしい告白をもってあかしされたキリスト・イエスとの御前で、あなたに命じます。私たちの主イエス・キリストの現れの時まで、あなたは命令を守り、傷のない、非難されるところのない者でありなさい。』

 ハレルヤ!みなさん、おはようございます。今日は「平和韓国」の方々も来てくださいまして、韓国の方々と一緒に、また他の国々の方もおられますけれども、主を礼拝できますことを心から感謝します。
 私も平和韓国の集会で、6月に奉仕したのですが、この方々は特に「南北統一」を聖霊によって成し遂げようと、祈りの運動を展開している方々です。今回、会長先生も来る予定でしたが、急用が出来て来られなくて残念です。もし来られたら、午後からメッセージしてもらおうと思っていたのですが。
 太平洋戦争が終わってから、日本は分割される案が出ていました。北の方はロシアが占領し、一方はアメリカが取って、一方は中華民国が取ってというように、分割案がありました。そして日本は分断される寸前でした。しかしそれを台湾の蒋介石が、彼はクリスチャンでしたが「日本を分割してはいけない」と強く反対したことによって、今こうして日本があることを、感謝しなければなりません。もしも日本がいくつかに分割されていたら、本当に悲しいことです。
 しかし、お隣の韓国では、北と南に分かれている現実があります。また、それに日本が一役買った悪しき歴史がありますから、日本の教会がそのために祈らなければなりません。韓国に行きますと、そのことは切実な祈りの課題です。新城教会も、そのために祈っていますが、日本の為のとりなしの祈りが、南北の一致に大変重要な鍵を持っていると示され、彼らは毎年のように日本に来ているそうです。日本のリバイバルのために、また、国の統一のためにも祈っておられる団体です。今日は午後からみなさんで集まって、ご一緒に、韓国のために、南北の統一のために、また日本のリバイバルのために祈りたいと思います。

 視点を大きく持って祈る時、神の栄光が現されて行くのです。案外、私たちは自分の足下だけを見て祈っている事が多いのですが、それではいけません。視点を大きく持ち、遠い所まで見ながら祈って行くなら、主は栄光を現してくださいます。

 先週はみなさんに祈っていただき、大変素晴らしい週となりました。月曜日には浜名湖ガーデンパークで、JJJという働きがありました。そこには大勢の方が来てくださり、素晴らしいコンサートとなりました。
 私もリバイバルミッション等で、あのような大型集会をよくやっていますが、今回のJJJは本当に良かったと思いました。いろんな人たちの協力によって、聖霊による一致による流れがありました。みなさんもそれを感じられたと思います。
 出席出来なかった方々のために、少し写真をお見せしたいと思います。今日は礼拝が終わってからJJJから感謝報告ということで、映像を見せてくださるそうですが、先にちょっとお見せしたいと思います。

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 これは一般公募で募集したクワイヤーですが、九十名くらいの方々が加わってくださいました。先週は、マニング先生が素晴らしいメッセージを語って下さいましたが、マニング先生はクワイヤーの指導もすごく上手です。初めてのクワイヤーなのに、たいへん調和していました。また、演奏も素晴らしかったです。

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 日本代表で演奏してくれた安武さんのバンドです。

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 会場には全部で七百名くらいの方々が来られ、主を賛美し、御言葉にも耳を傾け、また特に今回は東北のために、一緒に祈ることができました。

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 ロン・ブラウンさんを始め、今回のバンドのメンバーは、音楽に興味のない方はあまりわからないかもしれませんが、今までの中でも最高レベルでした。
 先週もここでもドラムを弾いてくれた、リッキー・ローソンさんは、ローソンを始めた人ではありません。この方は、マイケル・ジャクソンのバンドでドラムを叩いていた人です。世界一の人ですが、本当に素晴らしい演奏をしてくれました。

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 マキーダは霊的雰囲気を変えました。彼女一人で会衆の霊的雰囲気を変えてしまうほどの賜物があります。今回は、クリスチャンでない方も多かったですから、私は最後にまとめるような形で、語らせていただきましたが、最後まで何を語っていいのかわかりませんでした。果たしてみんな聞いてくれるのか、どきどきもんでした。しかし、マキーダさんがちゃんと整えてくれましたから、それに乗っかってうまく出来ました。と、自分では思っています。

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 また、野亜君が証しました。彼は今回の震災で家を失い、持ち物を全て失いました。その彼が証してくれました。全ての物を失ってみて、本当に大事な物って多くはない、見える物じゃないんだ、と語りました。この証も心にじーんっと来ました。みんな、真剣に聞いてました。

 そして、十七日は、私の生まれた設楽町津具という所で集会がありました。この集会は私の父のたっての願いでした。なぜなら、父親の出身地だからです。天国に帰る前に、どうしてもこの働きをやりたいと言いました。今回の津具でのコンサートの主催は、新城教会じゃないのです。あれは、滝元明個人の主催でした。彼が自分でお金を貯めて、ロンさんたちを呼んで主催したのです。これで思い残すことはないみたいです。いつでも天にお帰りになってもよろしいみたいですが、もう一回やりたいと言い出しそうです。
 実は、津具村は前回もお話ししましたように、日本で最初にリバイバルが起こった村です。十九世紀の後半に、アメリカからジェームス・バラという、日本にプロテスタント教会を最初に作った人物ですが、彼が村に来たときにリバイバルが起こりました。そして、「今、日本でリバイバルが起こっています!」という手紙を本国に出したのです。それがなんと、私の父親が生まれ、私も生まれた津具村だったわけです。すごいですね!

 その後、村井与三吉という人が津具村で三十年間教会をやっていたのです。あのど田舎に、教会が三十年間あったというのです。しかし、与三吉さんが死んでから、火が消えたようでした。けれども、その後、私の父が生まれたのです。
 神様は、一度灯した聖霊の火を絶対に消しません。前回はそのことをお話させていただきました。

 ある意味、十七日の集会は十九世紀以来、百数十年ぶりの津具村での集会だったと思います。たぶん天国に帰った、ジェームス・バラさんや村井与三吉牧師、そしてかつて津具村のクリスチャンたちが、天国で狂喜したのではないかと思います。

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 津具村にはこのようなイベントは、めったありませんから、津具の方が言っておられましたが、「これは津具の非日常です」と。津具村にとっては、非日常のことだったのです。

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 三百人ほど入る会場が、ほとんど満員になりました。ロンさんたちのバンドが、日本のバンドと共演してくれました。本当に素晴らしい非日常の世界が繰り広げられました。

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 また父もメッセージで何を語るのか、息子ながら心配でした。彼は今年で八十二歳ですから、ちょっぴりぼけているところもあるかもしれないので、変なことを言わなきゃいいと私も祈りつつ見てましたけれど、息子から見ても、なかなか親父やるな、という感じでした。
 しかし、メッセージの内容がローカルなこと、ローカルなこと。村の誰々がなんとかかんとかって、部外者は分かりませんが、ローカルの人たちは大喝采でした。みんな食い入るように御言葉に耳を傾けておりました。これはまさしく、リバイバルじゃないでしょうか。

 神様はかつて、日本の片田舎にアメリカから宣教師を遣わし、リバイバルの火を灯したわけです。しかし、火が消えてしまったように見えたけれど、今回、もう一度燃え上がったのです。その火は絶対に消されません。必ず、日本にもリバイバルが来ることを信じなければなりません。

 私たち日本人が信仰を持つことは、なかなか大変です。今日は韓国からみなさんが来られていますが、韓国に行きますと、クリスチャン人口は二十五パーセントから三十パーセントと言われます。三人に一人くらいはクリスチャンだと言われます。
 でも、日本のクリスチャン率はどのくらいかご存知ですか?日曜日の礼拝に出ている人口は二十数万人です。ということは人口比で言ったら、〇・二パーセントくらいです。玄界灘をまたぐだけで、方や韓国に行ったら三十パーセントくらいですが、日本に来れば、〇・二パーセントです。この差はいかに、という感じです。

 社会的な雰囲気も全く違います。韓国ならばどこでもイエス様の名で祈っていてもおかしくは見られません。レストランに行って食べる前にお祈りしても、ウェイターやウェイトレスはちゃんと祈りが終わるのを待っていてくれます。時には一緒に祈ってくれます。
 日本ではどうでしょうか?レストランで祈っていたりしたら、「この人どうかしたの。病気なの?何をしているのかわからない」という感じです。
 日本では、先週は盆があって先祖崇拝がすごく強くて、そういう中でクリスチャンをやっていくのは、なかなかエネルギーがいるわけです。みなさんの中で、家族がまだクリスチャンでない一世の方々はたいへんだったと思います。クリスチャンとして立って行くのは大変なことかもしれません。
 でも、必ずこの先には、大きな神の約束と、祝福があることを堅く信じ、信仰の戦いを勇敢に戦いましょう、というのが今日の御言葉のテーマです。

 今回、私はJJJを見ながらすごく嬉しかったです。なぜかというと、そこには、クリスチャン一世の方も、また、二世も、三世、四世までいました。この教会もだいぶ世代が広がって、今回は三世くらいまでが一丸となって、自主的に奉仕していました。それを見て、私はすごく励まされ、感動しました。
 今回、JJJのコンサートのクオリティーはすごく高かったでしょう。しかし音響のシステムから何から何まで、ほとんど内輪でやりました。内製率と呼ぶのでしょうか、それは九十パーセント以上でした。津具村においては、ほとんど百パーセントでした。何もかも、すべて教会内で出来たのです。普通、業者さんに頼んだらどのくらいお金がかかるのかわかりません。けれども、すべて内側でやっているのです。音響の機材だけでも山ほどありましたが、それらを朝から運び込んでセッティングし、オペレートし、撤収して帰って来た方々は夜中の二時頃でした。よくがんばってくれました。陰の力持ちがいるわけです。それは、この教会の一世から三世の方たちが熱心に主に仕える中、そのことが起こったのです。私は本当に感謝しました。
 福音宣教が困難な日本においても、堅く信仰に立って、主を信じ続け、戦い続けていくならば、必ず、神様は大いなる祝福を与えてくださるという証拠です。
 今、新城教会も、そのような領域に入れてくださっているのではないかと、感動し嬉しかったです。

 私はこの間、新城教会のメンバーで、カフェを営業されている方のお店に行きました。そうしたら、八十代のじいちゃんとばあちゃんが仲良くコーヒーを飲んでいました。私が行きましたら、私をその老夫婦に紹介してくれました。「この人は、新城教会の主任牧師ですよ」と。そうしたら、八十代のおじいちゃんが私にこう言いました。「新城教会の牧師さんですか。私は何回も新城教会のクリスマスコンサートに行きましたよ」と言われました。「ありがとうございます!」と言うと、彼がこう言ったのです。
 「いや〜、新城教会はがんばってますね。地域に食い込んどる」と言われました。嬉しかったです。次の言葉がおもしろかったです。「しかし寺は駄目だ。あいつらはどうしようもない!」と。
 地域の人は見ているのです。八十歳以上のおじいちゃんの意見ですから、結構重みがあると思います。長いこと地域を見ていて、「教会は五十年以上になるけど、どうなるのか・・・・」と見ていたわけです。自分たちは仏教で、寺に身を置いていますから比較しているわけです。しかしその結果は、「いや〜、教会はうまくやっているな。地域に食い込んどる。しかし寺は駄目だ。あいつらはどうしようもない」と。それはおじいちゃんの意見です。私が言っているのではありません。
 私はそれを聞いて嬉しかったです。だから私はすぐにおじいさんに話しました。「おじいさん、葬式を教会でやりませんか?」と、葬式の注文を取っておきました。
 私たちが継続して祈りながら、堅く信仰に立って、地域に根をはり、一代だけで終わるのではなく、二代、三代、四代と続く時、必ず主の勝利が家庭にも、地域にも、国にも拡大するはずです。

 日本ではやはり戦いが激しいですから、一度クリスチャンになっても、クリスチャン寿命が短いのです。ある人の計算によると、日本のクリスチャン平均寿命は、「二・八年」だそうです。二・三年もすると、「あぁ、大変だ。この国でクリスチャンをやっていくのはしんどい。止めちゃおう」と止めてしまうそうです。それではいけません。一度信仰を持ったら、どんな戦いがあっても、堅く信仰に踏みとどまらなければなりません。
 内村鑑三という人物は、世界に影響を与えた日本のクリスチャンですが、彼が有名な演説をしました。その題名は「後世に残す最大の遺産」です。それが大変話題を呼びました。彼は、後世に残す最大の遺産は何かについて話しましたが、「田畑ではなく、清く勇ましい人生と神への信仰である」と語りました。
 この付近では、「後世に残す遺産」というと、先祖から受け継いだ田んぼや畑、土地を減らさないで次の世代に残すのを一番のテーマにしています。ですから、この新城近辺は田舎なのに、結構土地が高いです。びっくりするくらい高いです。なぜかというと、みんな土地を手放さないからです。これは先祖から受け継いだ土地だから手放さないぞ、という感じです。
 でも、いくらい広い土地を持ってみても、やがてなくなってしまいます。けれども、内村鑑三が語ったように、後世に残す最大の遺産は「田畑ではなく、清く勇ましい人生と神への信仰」であるのです。
 特に、私たち日本人は、初代のクリスチャンが多いですから、「清く勇ましい人生」が強く求められるのではないかと思います。

 テモテに対して、パウロがなんと書き送ったかというと、テモテへの手紙第一 六章十一節〜十二節、

『しかし、神の人よ。あなたは、これらのことを避け、正しさ、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和を熱心に求めなさい。信仰の戦いを勇敢に戦い、永遠のいのちを獲得しなさい。』

と彼を励ましたわけです。私たちは、このような異教の地にあって、クリスチャンとしてやっていくのは、なかなか難しいかもしれません。しかし自分の代で絶対に終わらせずに、二代目に引き継ぎ、二代目の方は三代目に継ぎ、三代目の方は四代目に継ぐ時、神の栄光が地域に現され、拡大していくのです。

 聖書を見ますと、信仰と父と呼ばれるのは「アブラハム」ですが、神がご自身を現す時に、どんな言葉を使ったかというと、「アブラハム、イサク、ヤコブの神」とご自分を紹介されました。
 アブラハム、イサク、ヤコブの神とは、三代を越える家族、家系の中に栄光を現してくださる神様だと思うのです。そして、ヤコブはやがて名前が変えられました。それは「イスラエル」と名前が変えられました。ヤコブ、すなわち、イスラエル、となったわけです。
 イスラエルとはどういう意味かと言いますと、これは、「神が共に戦ってくださる」、「神の支配」という意味があります。神が支配される国、それが「イスラエル」です。
 アブラハム、イサク、ヤコブと続いて、ヤコブの時に「イスラエル」と名前が変えられたように、神の国は、一代、二代、三代と継続し、イスラエルと名前が変えられるのかもしれません。神が支配される本格的な勝利は、三代目に現されるのかもしれません。初代には激しい戦いがあっても、初代が信仰に立って戦うかどうかで、次の世代が変えられるか否かにかかるのです。

 私の両親がこの地に入って、初めは激しい戦いがあったけれど、一生懸命戦ってくれたおかげで、私は働くことが出来ています。そして今や、三代目、四代目クリスチャンも出現しています。四代目くらいの時代になったら、教会は相当素晴らしくなるのではないかと期待しています。
 私は最近歳を取って、孫ネタが多くて申し訳ないのですが、孫の架語が、先日、主のいやしを体験した話をしました。彼女は一才半ですが便秘をしまして、祈ってくれと私に言いました。それで祈ってあげました。彼女は「うんち」の事を「ちっち」と言うんですが、「ちっちが出るように」と祈ってあげた途端、ぷりっと出ました。
 それからです。毎日のようにちっちが出るようになりました。彼女は毎日のように私の所に来て「祈ってくれ」というのです。そして、祈るとぷりっ、祈るとぷりっと、いう感じです。すると彼女は、だんだんと自分でも信仰がわいてきたみたいで、この頃では、自分で自分の頭に按手して、ぷりっ、自分で按手してはぷりっ、というようになりました。主がいやしてくださることを、一才半から体験したら素晴らしいです。
 それから彼女の信仰と霊性が変えられました。夜、寝る前に、お父さんとお母さんを呼びつけて、一緒に祈ろうと提案するようになったそうです。彼女が寝る前に、「ママ、アーメン。パパ、アーメン」と、家族一同で祈ってから寝るそうです。一才半の子供でも、主は触れてくださるんだと、励まされました。

 一人の人生は、後に大きな影響を与えます。「俺一人なんかどうでもいい、俺の人生は誰にも影響しない」と考えている人が多いのです。「自分勝手に生きていけばいい。影響なんかないから、自分勝手に生きたい」という人たちが多いですが、そうではないのです。人は、新しい世代に対して責任を負わなければなりません。

 ニューヨークの社会学者が、十八世紀にアメリカに移民して来た二人の男を追跡調査したそうです。その後、八代まで追跡調査をしたそうです。
 一人は十八世紀にオランダから移民してきたマックス・デュークスという男と、十八世紀に同じようにイギリスから移民してきた、ジョナサン・エドワーズの二人を八代に渡って調査しました。彼らからどのような子孫が生まれ、その子供たちがどんな人生を送ったかを調査しました。
 私がつい最近調べたものによると、このマックス・デュークスは八代で千二百四十人に増え広がったというのです。八代くらい経つと、普通に子供がいると、千人以上の子孫が残るそうです。
 マックス・デュークスの千二百四十人を調査すると、住所不定者が三百十人。窃盗常習者が六十三人。受刑者が百三十人。赤ちゃんの時に死亡した子が三百人。先天的異常者が四百人。そして貧窮者が三十人いたそうです。これは、職業差別とかではなく、何しろ現実を調べた結果です。
 では、彼自身はどんな人生を送ったのかというと、大酒のみで乱暴もの、奥さん共々、神を信じない人生を送ったというのです。八代後その家系は大変な人たちばかりでした。

 一方、同じ頃、イギリスから移民して来たジョナサン・エドワーズは牧師で神学者でした。後にプリンストン大学の学長になった人ですが、彼は同じ信仰を持つサラと結婚し、二人は力を合わせて、同じ信仰を持って子供たちを育てました。
 彼の男の子孫に限って、調査した結果によると、八代で七百三十人の男の子がいたらしいですが、大学の総長になった人が十六人。医者になった人が六十人。大学教授が百六十人。裁判官が三十人。軍人が七十六人。牧師、宣教師になった人が三百人。文学者になった人が六十人。アメリカの連邦議会の議員になった人が三名。弁護士になった人が百十名。副大統領になった人が一人いたそうです。
 そこには歴然の差があったそうです。もちろん、どのファミリーを抽出するかという方法にもよるとは思いますけれど、神を信じる人生と、信じない人生の後は、その人一人ではなく、後世に大きな影響を与えるのです。
 マックス・デュークスは、大酒者で乱暴者でした。後にそんな影響が残るなんて、全く考えてはいなかったと思います。でも八代後、振り返ってみたら、みんな不幸になっていたのです。

 これを全てに適応することは出来ないとしても、ある意味、原則は同じだと思います。堅く信仰に立って、信仰の戦いを勇敢に戦い続けて行くならば、新しい世代の中に大きな勝利が訪れるのです。それを聖書の御言葉も語っていますし、現実の調査によっても明らかです。
 新城教会の歴史はまだまだ短いですが、六十年の歴史の中でも、「神様は真実なお方だ。最初は大変かもしれないけれど、信仰に立っていくならば、必ず勝利が訪れる」ということが分かります。

 宇宙ロケットは三段くらいになっています。根元にある一段目が最も太いのです。そして、燃料もたくさん使います。けれども、二段目、三段目になるとだんだん細くなって燃料もあまり使わなくなります。
 大気圏をぶち抜いて宇宙に上がるには、すごい大きな推力がいるわけです。また、打ち上げの時が一番、事故も起こりやすいわけです。でも、一段目ががんばって持ち上げて行くと、二段目を打ち出し、三段目はさらに楽になって、最終的に宇宙に人工衛星が放出されます。すると自動的に、地球の周りを回るようになるのです。

 私たちの信仰生活も同様です。初代はいろいろと戦いがあるかもしれませんが、二代目、三代目、四代目になると神の祝福が流れて行くのです。
 日本においては初代のクリスチャンが多く、戦いが多いかもしれないけれど、主は私たちを励ましておられるのです。

 創世記六章五節〜八節を読んでいきますと、こんな言葉があります。

『主は、地上に人の悪が増大し、その心に計ることがみな、いつも悪いことだけに傾くのをご覧になった。それで主は、地上に人を造ったことを悔やみ、心を痛められた。そして主は仰せられた。「わたしが創造した人を地の面から消し去ろう。人をはじめ、家畜やはうもの、空の鳥に至るまで。わたしは、これらを造ったことを残念に思うからだ。」しかし、ノアは、主の心にかなっていた。』

 考古学によっても、聖書に出て来るノアの洪水のような大洪水が起こったことが証明されています。また、聖書と同年代、またそれ以前の神話などのを見ると、やはり洪水神話が残っています。これは何を意味するかといえば、聖書に記されている通り、世界規模の大洪水があったことを意味します。
 洪水とは今回の地震と同じように、自然災害です。しかし、自然災害の背後にやはり何らかの、霊的理由があることを聖書は示唆しています。
 世界規模の水害によって人類が滅びた原因が何かというと、「地上に人の悪が増大したため」と言うのです。人の考えることがいつも、悪いことだけに傾くようになったという理由です。そんな時、神がこの地から人を滅ぼそうとされたのです。
 もちろん今回の地震が神の裁きだとか、言ってはいけません。それは基本的には、自然の摂理ですが、しかしそれが、「人間の罪」と関わり、シンクロしているのです。人の罪が多くなると、自然も動き始め、人が罪を悔い改めると、自然の動きも変わって来るという法則があるようです。目に見える世界と、見えない世界が巧みに繋がっているのです。

 ノアの洪水の時代、人々は悪いことばかり考えて、罪が世界に満ちていたのです。そんな時に大洪水が起こったのです。
 しかし、何と記されているかというと、「しかしノアは主の心にかなっていた」

 世の中は悪で満ちていたけれど、ノアが主の心にかなう生活をしていたのです。そんな罪が蔓延する中で正しく歩くのは、なかなかエネルギーがいることだったと思われます。しかし、主の心にかたっていたがゆえに、主も、箱船を用意してくださったのです。
 みなさん、漢字っておもしろいですよね。「船」という漢字を思い出していただきますと、舟辺に、「八」に「口」と書きます。ノアの八人の家族が口から入って助かったのです。船とはノアの箱船を意味しているわけです。どんな災害の中でも、主を信じる者たちを、主は特別扱いしてくれると約束しています。
 ノアもその時代に主を信じ、聖い生活を送るのは、なかなかエネルギーがいることだったでしょう。しかしながら、彼が堅く主の御前に信仰を貫き通したことにより、世界規模の災の時にも、主はノアとノアの家族を守られたのです。

 今日本が、今後どうなるのかわからないような危機に直面しています。いつも話していますが、原子力発電所の問題は、これからどういう結果が出てくるのか誰にもわかりません。人類がいままで経験したことのない未知の世界です。しかし、堅く信仰に留まる者たちには、その人とその家族を救うために、神は箱船を用意してくださるのです。
 また同時に、第二歴代誌七章十四節、

『わたしの名を呼び求めているわたしの民がみずからへりくだり、祈りをささげ、わたしの顔を慕い求め、その悪い道から立ち返るなら、わたしが親しく天から聞いて、彼らの罪を赦し、彼らの地をいやそう。』

 さらに、日本において重要なのは、少ないかもしれないけれど、主を信じるクリスチャンたちが大変重要な鍵を持っているということです。私たちクリスチャンが神の前に聖く正しく歩み、日本の罪を自分の罪として悔い改め、神の前に出る時、「地がいやされる」のです。
 本当に、日本がいやされて欲しいと思います。しかし、そのカギと秘訣がどこにあるかというと、『わたしの名を呼び求めているわたしの民』、すなわち「クリスチャン」がさらに聖められ、神の前に出る時、日本はいやされるのです。
 ただ自分が救われる為の箱船で終わるのではなく、この地がいやされる、国の救いの箱舟まで約束してくださっています。本当に心強いお方であります。
 今、テモテに語られた言葉を、私たちにも語られた言葉として受け取りたいです。テモテへの手紙第一六章十一節

『しかし、神の人よ。あなたは、これらのことを避け、正しさ、敬虔、信仰、愛、忍耐、柔和を熱心に求めなさい。』

 主の前に悔い改め、しきり直して出て行く時、地がいやされる、バイバルに繋がって行くことを教えています。

 聖書を見ていきますと、ピリポという人物が出てきます。彼は聖霊が注がれた後、七人の伝道者が選ばれたのですが、その一人でした。ピリポを通してサマリヤに大きなリバイバルが起こったと記録されています。先日もそこから少し学ばせていただきました。ピリポという人は、その後、カイザリアという街に住みました。ピリポがサマリヤの街に行って、リバイバルが起こったという記述は、使徒の働き八章に出てきますけれど、時代が進んで二十一章に行きますと、ピリポの家族を垣間見ることができます。使徒の働き二十一章七節〜九節、

『私たちはツロからの航海を終えて、トレマイに着いた。そこの兄弟たちにあいさつをして、彼らのところに一日滞在した。翌日そこを立って、カイザリヤに着き、あの七人のひとりである伝道者ピリポの家に入って、そこに滞在した。この人には、預言する四人の未婚の娘がいた。』

 ピリポが主に仕えた時、四人娘がいたみたいですが、皆、神から預言の賜物をもらって主に仕えていたことがわかります。
 戦いのただ中でピリポが信仰を守り通した時、子供たちも祝福を受けたのです。新しい世代のためにも、私たちは堅く信仰を守っていかなければならないことを教えられます。

 テモテへの手紙を読みましたけれども、第二テモテ一章三節から五節を読んでいきますと、この若き伝道者テモテは、どうして主に用いられたかの理由を知ることができます。ここでパウロがテモテのことを大変気遣って手紙を書いているんですが、第二テモテ一章三節〜五節、

『私は、夜昼、祈りの中であなたのことを絶えず思い起こしては、先祖以来きよい良心をもって仕えている神に感謝しています。私は、あなたの涙を覚えているので、あなたに会って、喜びに満たされたいと願っています。私はあなたの純粋な信仰を思い起こしています。そのような信仰は、最初あなたの祖母ロイスと、あなたの母ユニケのうちに宿ったものですが、それがあなたのうちにも宿っていることを、私は確信しています。』

 テモテという青年は、若い頃から主に用いられたのですが、なぜかと言うと、おばあちゃんのロイスさんという人が、きよく、しっかりとした信仰を持っていたからです。そうしたら、それが娘のユニケさんに受け継がれ、息子のテモテも同じ純粋な信仰を持ったのです。
 私たちが持つべき信仰の態度は、「純粋な信仰」です。どうせクリスチャンになるならば、純粋な信仰を持って歩んで行くことが大事です。
 それはその人だけで終わるのではなく、次々と受け継がれるものだからです。

 私は、韓国によく行くのですが、韓国に行きますとクリスチャンが多いですから、やはり自由な雰囲気があります。日本では伝道しようとするとなかなか難しいところがありますけれど、韓国ではどこでも祈ったり、伝道したりできます。
 それはいつから始まったかというと、これはやはり一九五〇年に起きた韓国戦争、朝鮮動乱とも呼びますけれど、その後です。全てを失い、頼るものはイエス様しかないと、クリスチャンが堅い信仰を持って、当時、韓国は儒教や仏教、先祖崇拝がすごく強かったわけですが、しっかりと信仰を持って立ち上がったからです。
 ですから急速に社会が変えられ、二十パーセント、三十パーセントと人々がクリスチャンになったのです。
 韓国では三代、四代以上のクリスチャンがおられます。しかし、三代、四代にもなると、やはり自分の家の宗教とか、みんながクリスチャンだから俺もクリスチャンをやっているというような、なんちゃってクリスチャンと言うか、名ばかりのクリスチャンが出てきます。それではいけません。その世代・世代に託された使命を受け取って、信仰の火を燃やし続けなければならないのです。

 しばらく前のことですが韓国に行った時、地下鉄に乗って、南大門市場に買い物に行きました。日本では地下鉄に乗ってお隣の人と話をするとか、絶対にないのですが、また、レストランに入るとき、行列になっていて、隣近所の人と話をするのはあまりないです。しかしこれは日本だけです。他の国に行ったら、案外、周りの人と自由に話します。日本人は緊張していますけれど、アメリカなんかに行ったら、レストランの待ち時間に周りの人たちから話しかけられ、英語も出来ないのに大変です。だから知らん顔したりするのですが、韓国でも結構、お互いに、知らない人でも話が出来ます。
 私たちが南大門市場に行く地下鉄に乗っていたら、一人のおじいちゃんが私に「あんたたち日本人か?」と話しかけてきました。日本語ができる方でした。「そうです。日本人ですよ」と言ったら「どこに行くんだ」と突っ込まれました。
 「はい。私は南大門市場に買い物に行きます」というと、そのおじいちゃんはまた突っ込んで来て、「日本には何でもあるのに、なんで韓国で買い物するんだ?」言われました。私はその時になんて答えようかと思いましたが、「南大門市場に行くと韓国の習慣とか文化がわかるので行きます」と言うと、そのおじいちゃんはまた突っ込んで来て、「文化とか習慣が知りたかったら、博物館に行け」と言われました。ついには、「おまえの職業はなんだ?」と聞かれました。答えないわけにはいかないので、「私は牧師です」と答えたら、今度はこう言うのです。
 「その格好で牧師か?韓国じゃ、牧師はそんなへんな格好はしてない」と言うのです。韓国の牧師は、ちゃんと背広を着ていると。私はジーパンはいて、変な格好をしていましたから、「韓国の牧師はそんな格好をしないぞ。おまえは牧師なんかには見えない」と言われました。
 突っ込まれ、やられっぱなしだから、やり返さなければと思って、「ところでおじいちゃん、クリスチャン?」と聞くと、「俺は・・クリスチャンであるような、ないような、そうだな、迷えるヤギだ」なんて言うもんだから、「おじいちゃん!ヤキじゃなくて羊でしょ!」と逆に突っ込みました。
 すると、「俺は、クリスチャンとは言うけれど、なかなか救いの確信がない」と言うのです。そしてこう言いました。「この間、俺の友達が死んでいったんだ。死ぬ時に、俺の手を握って、俺は今からどこに行くんだ。どこに行くのか教えてくれと、涙を流して聞いたけれど、俺はそのことに答えることが出来なかった…」。
 クリスチャンならば、「イエス様を信じたら天国に行けますよ!イエス様を信じましょう」と言えばいいのに、彼には、確信がないものだから、死に逝く人の手を握りながら、どこに行くのか教えてあげられなかったというのです。心残りだというのです。
 私も突っ込んで、「おじいちゃん、イエス様をしっかり信じて、永遠の命の確信を持たなくちゃいけませんよ」と言いました。そうしたら、地下鉄の中でそのおじいちゃんが言いました。「じゃー、俺のために祈ってくれ」と。「おじいちゃん、職業は何?」と聞くと、「大学教授」と言っていました。嘘か本当か知りませんけれど、私は彼に手を置いて祈ってあげました。私の後について祈ってくださいと。「イエス様を自分の救い主として受け入れます。永遠の命を与えてください。アーメン!」と、地下鉄の中で祈ってあげました。
 「ありがとう、ありがとう」と私に何度も礼を言いました。南大門に来たので、私は「バイバイ!」と言って降りたのですが、そうしたら振り向いたらおじいちゃんが付いて来るのです。どうしたのかと聞くと、「あんたと話していて、乗り越してしまった」と言って、また他のホームに走って行きました。
 私たちは、永遠の命の確信を持たなければなりません。

 テモテにも語られています。「永遠の命を獲得するように」と、信仰の戦いを勇敢に戦い、永遠の命を獲得しなさいと語られています。
 イエス・キリストを信じて受け取った永遠の命を、決して手放してはいけません。それを次の世代、次の世代へも、持ち運ばなければならないのです。

 今、新城教会も三代、四代と信仰が継承されていますけれど、新しい世代がどのように純粋な信仰を持つかで、この教会の将来も変わります。教会全体が一代目から、三代、四代目に至るまで、共通の認識を持って祈っていかなければなりません。
 ですから、パウロは第二テモテ一章五節、

『私はあなたの純粋な信仰を思い起こしています。そのような信仰は、最初あなたの祖母ロイスと、あなたの母ユニケのうちに宿ったものですが、それがあなたのうちにも宿っていることを、私は確信しています。』

と言いましたが、次に、第二テモテ一章六節、

『それですから、私はあなたに注意したいのです。私の按手をもってあなたのうちに与えられた神の賜物を、再び燃え立たせてください。』

 これは、テモテの持っていた聖霊の火が、弱くなっていたのかもしれません。だから、もう一度燃え立たせてくださいと語られています。先々週も、「もう一度燃え立たせてください」という言葉を、主がこの教会に語られているのではないか、と話したのですが、世代が新しくなるにつれて、火が弱くなるのではなく、さらに燃え立たせていく時、主の勝利が拡大して行くのです。

 一九九二年に、新城教会に新しいことがありました。聖霊様が下って、霊的戦いが始まりました。あの時は私たちにとって困難な時でした。教会がすごく小さくなって、弱くなってしまいました。これからどうなってしまうのかと不安がありました。
 しかしそんな中でも、私は不安よりも期待がありました。聖霊によって始まったことは、絶対に聖霊様が決着をつけてくださると。
 一九九三年の五月でしたが、世界的に預言の働きをしているシンディ・ジェィコブス先生がこの教会に来られました。あの頃は、全く将来のことなんか考えられない時でした。しかし先生がこの教会に来て、メッセージを語ってくださったのをみなさんも覚えておられるかもしれません。
 その時、シンディ先生が聖霊に感じて、預言的なメッセージを語ってくれました。それから十八年が経っています。でも、近頃それをもう一度読んでみて、あれは本当に神様が先生の口を通して語られた言葉だったとわかります。
 それを読み返し、私たちは将来に向けて、信仰を持って、リバイバルを信じて歩んでいかなければいけない、と教えられました。それを読んでみます。


 主はあなた方に言われます。私はこの所を神の聖き山、祈りの山にいたします。そして、それは全世界のための祈りの山です。そして、私にさえも神があなた方に祈りの山を与えることが見えます。それは物質的な意味での祈りの山です。やがてその山に全世界から人々が来るようになります。そこに奇跡が起きます。そして、私が与えようとしているその場所には多くの神社が立っているでしょう。神はその神社を全部除かれ、その山が先生方の物となります。これは、神様にだけ出来ることです。
 そして、宣教を増し加え、あなた方はやがて全世界に教会を持つ教会になります。ここは日本で海外宣教師を最大に送る教会になります。
 木が新たに成長するために選定が必要なように、この教会も主によって一度、選定がされました。しかし、去って行った全ての者のために神は彼らの代わりに、三倍の人を連れて来るでしょう。そして、これは神が与える失われた者となります。
 この教会は大いなる伝道の教会となります。そして、この教会の若い世代の中から、将来の日本の最も偉大なる伝道者が出ます。そして、あなた方の子孫は悪魔の門を勝ち取ります。
 神はこの教会に不可能なことについて神を信じる信仰の賜物を与えられました。この教会からダニエルとヨセフが出ます。ダニエルは政治機関、ヨセフはこの教会に来る豊かな器です。そして、素晴らしい聖書神学校と、印刷物配布のための印刷所が生まれます。
 この教会には子供たちのために十分な部屋がありません。ですから私がこの教会を実を結ぶぶどうの木とします。この教会から子供たちのための学校が生まれます。これは神様のみが為される大きなビジョンです。
 そして、神はここに歌を作る学校を作ります。神はこの所から世界を駆け巡るであろう預言的な歌をもたらされます。そして、人々は日本語の讃美歌を英語に直します。神の恵みが豊かにありますように。


 一八年前に語られた預言ですが、まだ実現していないことも多くあります。しかしプレイズ出版を見ても、あの頃は信弘先生が六畳一間で中古の印刷機を回してただけでした。しかし、こんなに大きくなりました。神学校が出来ました。そして、この頃は音楽学校ができました。そして、海外の方々が集まり、祈りの山、県民の森の祈祷会等…。本当に多くが実現しています。
 あの頃、教会は弱まって、礼拝に来る人たちは百五十、百六十名くらいしかいませんでした。でも今は、どうでしょうか?先週の週間の出席者の実数は、「五百七十九名」となっています。いつの間に増えたのでしょうか?
 これは一代、二代、三代と堅く信仰を貫くとき、祝福を与えてくださるという励ましではないでしょうか。
 まだ実現していない預言もありますけれど、きっとそのうち、十年、二十年経って読み返すならば、それらが実現していることでしょう。神が語られたと気づくのは、後から気づくものです。別に語られたことを意識し、目標としなくても、主の言葉ならば、気づいたらそのことが実現しているのです。

 私たちは、もう一度、揺るがされることがないように、聖い信仰を持ち、次の世代に信仰を受け継いで行きたいと心から願う者であります。
 先週も主が、素晴らしいことをしてくださいましたが、これからも為し続けてくださると信じます。
 少し火が消えていると思われる方は、今日、再び燃え立たせてください。必ずこの日本に主が訪れてくださると信じ、後世に残す最大の遺産である、聖く勇ましい人生と神への信仰を保ち、信仰の戦いを勇敢に戦っていこうではありませんか。

 最後に一言お祈りして、聖餐の時にしたいと思います。みなさんでご一緒にお祈りしましょう。今、主が与えてくださっているものを、心から感謝して、私たちはこの信仰を次の世代にも、次の世代にも申し送ることが出来るように、主の御心が現されるように、心合わせてお祈りの時を持ちましょう。

 ハレルヤ!父なる神様。御名をあがめて心から感謝します。アブラハム、イサク、ヤコブの神と、あなたは世代を越えて、信仰を継承してくださり、祝福を拡大してくださる神ですから、心から感謝します。今まで私たちを守ってくださったことを心から感謝します。
 ここにはクリスチャン一世も、二世も、三世も、四世もおられますけれど、主よ、どうか信仰の戦いを勇敢に戦い抜くことができますように。そのために、今、もう一度、イエス様の十字架の赦しと、勝利に立ちます。私たちの全ての罪を赦し、聖めてください。
 私たちを聖霊に満たしてください。聖霊の火を燃えたたせてください。今からの聖餐式を祝福してください。聖霊によって御言葉によって、聖餐式を行ないます。イエス様と一つとなることができますように。イエス様の御名を通して、祈りを御前にお捧げいたします。アーメン。