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『聖められることを求めなさい』

2011.9.11(SUN)
新城教会牧師 滝元 明
ヘブル人への手紙 12章14節〜17節

『すべての人との平和を追い求め、また、聖められることを追い求めなさい。聖くなければ、だれも主を見ることができません。そのためには、あなたがたはよく監督して、だれも神の恵みから落ちる者がないように、また、苦い根が芽を出して悩ましたり、これによって多くの人が汚されたりすることのないように、また、不品行の者や、一杯の食物と引き替えに自分のものであった長子の権利を売ったエサウのような俗悪な者がないようにしなさい。あなたがたが知っているとおり、彼は後になって祝福を相続したいと思ったが、退けられました。涙を流して求めても、彼には心を変えてもらう余地がありませんでした。』

 ハレルヤ!みなさんおはようございます。今日は上條牧師がメッセージの予定でしたが、都合によりチェンジしまして、私が話すことになりました。感謝です。
 今日もこうしてみなさんと一緒に礼拝が出来て感謝です。今日も美佐子さんの素晴らしいバッハの演奏を聴きましたが、私は不思議なんですけれど、素晴らしい演奏を聞くと、聖書の中に「掘り出された穴を見よ」とありますけれども、自分の郷里のことを考えます。私が産まれたのは、愛知県の北設楽郡の津具村ですけれど、家が四軒しかない地域で、暑い日には冷水を汲みに行って飲んだことを思い出します。ちょうどその辺の光景だとか、山の光景だとかが目に浮かんできます。そして、イエス様があのような所から、私を救ってくださり、今日まで導いてくださったことを本当に感謝しています。

 みなさんに心から感謝したいのですが、八月十七日、津具でのコンサート伝道が開かれたわけですが、お祈りによって無事に、祝福されたコンサートとなったことを心から感謝します。
 来られた方はわかるかと思いますが、三百人入るホールをお借りしたのですが、役場から電話がありまして、「消防法によって三百人以上は入れないでください」ということでした。しかしふたを開けたら、ちょうど一杯で、スタッフも入れてちょうど三百人くらい入ったかと思います。多すぎることもなく、少なすぎることもなく、素晴らしい集りができて、本当に心から感謝でした。
 今回の集会は、私の生まれたふるさとでコンサート伝道ということで、とても感謝でした。私が救われたのは今から六十二年前ですが、イエス様を信じてすぐに郷里の下津具に開拓伝道に入りました。津具鉱山と八橋マンガンで働きながら伝道をしました。
 その時、上津具に大津屋という旅館があり、そこで二年くらい家庭集会をやったのですが、都合で新城に出て以来、ずっと向こうでは集会ができなかったわけです。その頃、清崎という場所で日曜学校をやっていました。今回、嬉しかったことは、六十年前に日曜学校に来ていた人たちが、大勢集まりました。本当に感謝でした。
 その一人は岡本さんの親戚の方ですが、岡本姉妹がまだ元気な頃、私に「先生、うちの親戚があそこにいるから、先生の書いた本をあげてください」言われて訪問しました。「ごめんください。新城教会の牧師の滝元明と言いますけれども、岡本さんから頼まれました」と行くと、その方が私の顔をじっと見て、「ちょっとお伺いしたいんですけれども、随分昔に清崎で日曜学校をやってい人がいたけど、あなたはその人の息子さんですか?」と聞かれました。「いや、本人ですよ」と言ってお話をしました。
私がその人をよく見ると「ということはあんたは・・・?」
 そこに小学校五年生のいくちゃんという子がいましたが、「あっ!あんたはいくちゃんかっ!」「そうです!」と言って、すごく感動しました。その方は町長さんの奥さんになられたわけですが、その方も来られました。それから八橋にいる時の日曜学校に出たという、元の町長さんの奥さんも来られたり、私の親戚だとか、いろいろな人が来ました。
 後から、手紙も来ました。「とっても懐かしかった。六十年前に聞いた話を思い出しました」と、感想をいろいろ書いてくださいました。
 当時、よくお母さんから、『おまえたちイエス様の所に行くとどんな話を聞いてくるの?』と聞かれたそうです。『右の頬を打ったら左の頬を出せ、という話を聞いてくる』と話したことを思い出しました」と書いてありました。六十年前に蒔いた種が、あの場所で芽が出たと本当に感謝しました。
 そして、大勢の決心者がありました。「うちは天理教だけど、前向きにイエス様を信じていきます」とか、私は「あなた方は心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。」と何回も言わせましたが、そうしたら、アンケートに「あなた方は心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。信じます!」とありまして、みなさんが祈ってくださったことを心から感謝いたします。

 ロンさんをはじめ、九人のミュージシャンたちが行ったわけですけれど、全て必要な費用も与えられ、この教会からもマイクロバスを二台出しましたけれど、一台は中島姉妹が無料で提供してくださり、応援してくださいました。心から感謝します。

 今日は、聖書の御言葉を学んでいきますけれど、今日は「聖められることを求めなさい」というタイトルです。聖い生活ができるように求めていきましょうというタイトルでお話します。
 「聖められる」ということですが、イエス様を信じるということは非常に素晴らしいことで、私たちの過去の罪を、どんな罪でもイエス様の血潮で聖めてくださるのです。そして聖霊の力によって新しく生まれ変わるのです。素晴らしいことです。

 私がイエス様を信じたのは、一九四九年二月二十日でした。東京に勉強に行っている時でした。ちょうど私が教会に行き始めた頃、教会で「悔い改め運動」というのをやっていました。
 私の行った教会の側に神学校があり、神学校に入って学んでいた大原という友達がふるさとに帰りました。何をしに帰ったかと聞くと、「若い頃、自分の村で悪いことをしたのを悔い改めに行ってきた。一人一人謝って来た」というのです。すごいと思いました。
 それで私も自分の罪を示されました。農業研究所でトマトを盗んだり、柿を盗んだりしたことを先生に謝りに行きました。無賃乗車したことも謝りに行きました。しかし、その時考えたことは、私も小さい時に村で悪いことをやったことがあるので、「そうだ!村に帰って謝って来よう」と、こちらに伝道に入る前でしたが、九月頃だと思いますけれども、わざわざ郷里に帰って、悔い改めに廻りました。
 悪いことをやると、良心に咎めがあります。特に私が良心的に咎められたのは何かというと、中学二年生の時に公民館に集まっていた時、友達がこういう話をしました。「おい!あそこの家の梨を盗みに行くか。」悪い小僧ばかりで、梨を盗みに行ったことがあります。盗んでそれをたくさん食べました。余ったやつは縁の下に隠しておいて、学校から帰ってきて食べたり、考えると悪いことをしました。それから学校の帰りに柿や桃を盗んだこともありました。
 だから私は東京から帰って、盗んだ家に謝りに行きました。一人の梨を盗んだ家に行って、「ごめんなさい。滝元明だけど、イエス様を信じたから悔い改めに来ました。お宅の梨を中学生の時に盗んだことを許してください。ごめんなさい。」と心から謝りました。もちろん償いの金も持って行きました。するとその人は、「そりゃ、子供の時は誰でもやるわ」と言ってくださいましたが、「でも、許してください」と言って謝りました。やっぱり、すっきりしました。
 それからもう一軒、友達と桃を盗んだおばさんの家に行きました。そんなにたくさんではなくて、一つか二つでしたが、「すいません。五年生の時にお宅の桃を盗みましたから許してください」と言うと、その奥さんが涙をぽろぽろ流しました。「毎年、うちの桃を子供たちが盗むけど、謝りに来てくれたのはあんたが初めてだ」と言われました。私もやはり泣きながら「すいません」と言いました。「来てくれてうれしい」とすごく喜んで許してくださいました。その時、本当にすかっとしました。

 悔い改めるということは、ある意味で恥ずかしいです。しかし、悔い改めをしたことが良かったと思います。
 何年か前ですけれど、下津具は昔リバイバルが起きた場所ですから、神学校の生徒たちと一緒に村井先生の碑だとかいろいろ見学に行きました。
 その近くに山口先生というお医者さんがいます。今、九十歳くらいです。そのお医者さんのところに行って、「私、滝元明ですけれど、こちらに来たもんですから、ちょっと寄らせていただきました」と寄ったら、「いや〜、君!君のことは忘れんよ!」と言うのです。なぜかと聞くと、「君がクリスチャンになった時に、君は柿を盗んだからと言って家に謝りに来たんだ。わしはあの時、君は将来大物になると思ったよ」と、その人は私が謝ったことを覚えてくれていました。
 この間も、私が「ごめんください」とその家に入った途端、そこの娘さんが出て来て、「先生!滝元さんがいらっしゃいましたよ!」とものすごく喜んでくださいました。

 みなさん、聖書の中に「悔い改めて福音を信じなさい」とありますから、向きを変える、悔い改める、けじめをつけるということは非常に大切です。私はあの悔い改めの時から、人生がある意味で変わったと思います。それまでは、人が生きているのか、自分が生きているのか、どっちかわかりませんでした。こう言ったら人はなんて言うのか、こう言ったら人はなんて思うのかと、人のことばかり考えていました。しかし、神と人の前で罪を悔い改めた時、あまり人が怖くなくなりました。赦された、神の前に生きることができる、というのは素晴らしいことです。
 家庭集会をしていた大津屋さんという旅館は、ちょうど我が家に長男が産まれたばかりで、連れて行って集会をすると喜んでくれて、遠いからよくそこに泊まって帰りました。すると「今日は旅館の費用は入りません」とか、おみやげまで持たせてくれて、すごく良くしてくださいました。

 ある日のことです。私がかつて田口で教えてもらった、おっかない先生と校長先生が酒を飲んでいました。私は挨拶をしました。「先生!おひさしぶりです!僕はここでキリスト教の集会をやっています」と言うと、「君!ちょっとおいで!一杯飲もうじゃないか!」と言われました。私は「お断りします。僕はクリスチャンになって、酒はいっさい止めました。煙草も飲みません。」と言うと、その先生が、「君、そんな酒も飲まないで世の中渡っていけると思うのかい?」と言われました。
 私はその二人に、「あのね、飲まなければ世の中渡れないというような世の中は、変えなきゃいけない」と言ったら、「いや!本当に俺たちは恥ずかしい・・・」と言っていました。みなさん、私たちがしっかりと悔い改めるというのは、素晴らしいことです。イエス様を信じるということは、ちょうど門に例えると、門には看板があって、イエス様を信じる門には「恵み」と書いてあるのです。「恵み」とは、過去にどんな悪いことがあってもイエス様を信じるだけで、全部赦してあげるという事です。
 そしてもう一つ、そこにはなんと書いてあるのかというと、「聖め」と書いてあるのです。過去はどんなであっても、イエス様を信じたら、聖い生活をしなければならないのです。ですから聖書の中に、今日も読んだように、『すべての人との平和を追い求め、また、聖められることを追い求めなさい。聖くなければ、だれも主を見ることができません。』とあります。
 聖くなければ神を見ることができないのです。そして、その後には不品行をしてはいけないと書いています。人生は、聖く歩むことに力があります。
 聖書の中に『手の聖い者はますます強く歩む』と書いてありますから、世の中にはいろいろな力がありますけれど、「聖さ」がクリスチャンの力なのです。聖く生きることです。

 クリスチャン生活は霊的な戦いです。救われるということは、悪魔の支配から神の支配に移ることです。けれども、この悪魔の支配からイエス様の支配になっても、悪魔は、私たちが死ぬまで引き戻そうとします。もう一回、悪魔の陣営に戻そうとする。だから、それは戦いです。けれども、しっかりしなければなりません。
 一九七四年にアメリカに三ヶ月間行きました。それは何のために行ったのかというと、アメリカを見るために行きました。特別招かれて説教をしに行ったのではなく、私を連れて行ってくれた先生と一緒に、ずっと西海岸から東海岸から南からいろいろ、アメリカ中を廻ってみました。
 その時、今でも私は忘れることができないことがあります。新城にも、昔来たことのあるダーストラムという先生の家に行きました。すると、その先生が私を見て、「牧師に対するサタンの誘惑があるから、気をつけなさい」と言われました。「牧師になってもサタンはなんとか、引き落とそうとするから、気をつけなさいよ。」と言われました。
 そして、サタンの罠について話してくれました。罠とは何かというと、いくつかの罠を話してくださったのですが、五つくらい私に話してくださいました。

 第一に、悪魔の罠は何かというと、みなさんも同じかと思いますが、「病気」と言われました。だから「病気にならないように気をつけなさい」と言われました。どんなに熱心でも、病気になったら伝道はできません。病気にならないようにしなさいと言われました。
 今日、九月ですけれども、私は九月二十日で八十二歳になります。けれども、今日こうしてみなさんの前に立てるのは、神様の恵みだと思います。
 「なぜ健康ですか?」と私はよく聞かれます。その秘訣は何かといいますと、今日メッセージする予定だった上條牧師は名前を「実」といいますけれども、彼が生まれた頃は、新城中学校の前に教会がありました。彼が産まれる前、私の母親が手伝いに来ることになっていましたが、手伝いに来ることが出来なくなりました。
 ちょうどその時分、私はなんとかして神様に用いられたいと思って、歴史的に用いられた人の伝記を読んでいました。チャールズ・フィニーだとか、D.R.ムーディーだとか、中国ですばらしい働きをした、ハドソン・テイラーという人たちの伝記を読みました。
 それを読んでわかったことは、主に用いられている人は、必ず、朝早く起きて祈っていたということでした。寝坊じゃなくて、朝早く起きてよく祈った人が用いられていることがわかりました。
 特に私にとって非常に感銘を受けたことは、ハドソン・テイラーでした。その伝記にこう書いてありました。「ハドソン・テイラーの祈りを見ずして、中国の太陽は昇ったことはなかった」とありました。
 ということは、ハドソン・テイラーは太陽が昇る前に、必ず、起きてお祈りしていたということです。私は感動しました。
 「そうか!俺は祈りが少ない。」ということで、その時分は、六時くらいから祈り会をしていたのですが、「毎朝五時から祈り会をしよう!」と決心しました。五時から祈り会をするには、遅くても四時半には起きなければなりませんでした。
 それと共に、産まれたばかりの赤ちゃんの世話、お風呂、洗濯、飯を作ること、全て私がやりました。すごく忙しかったです。朝、子どもたちにご飯を食べさせ、洗濯をして、掃除をして、やれやれとゆっくりしたいと思っていると、その時に限って高校生たちが「ごめんください。イエス様の話を聞かせてください」と来るのです。それでイエス様の話をして、それからまた、子供たちの夕食の準備をして、お風呂に入れて、眠ろうかと思うと、その頃、田中政男先生が救われた時分で、「遊びに来たよ!」なんて、教会に来てなかなか帰らないのです。毎晩のように夜十時か十二時くらいまで、べちゃくちゃしゃべって、賛美して、遊んで帰って行きました。それで、私は夜、寝るのは一時くらいでした。そして朝は四時半に起きる。こんな生活をずっと繰り返していました。
 そうしていると、今でも忘れることができませんが、奈良の教会に招かれて説教に行く前でしたが、私の頭がぐーんと重くなりました。ちょうど鉄兜でもかぶったかのように、頭が重たくなりました。その時、私は、「このままでは、必ず病気になる」と確信しました。

 それでその時に考えました。なぜこんなに熱心に祈っているのに、主に仕えているのに病気になるのか?どうしてか・・・?
 静かに考えて一つのことに気づきました。私は伝記の書き方に問題があるということに気づきました。「ハドソン・テイラーの祈りなくして、中国に太陽が昇ったことがない・・・。」
 しかし、よく考えてみると、ハドソン・テイラーにしても、ムーディーにしても、昔の人なのです。今みたいに電灯がない時代です。だからハドソン・テイラーが就寝した時間は何時頃かというと、電気がないから、多分、八時か九時くらいには寝たと思うのです。
 考えてみたら、八時に寝たら誰だって朝早く起きるのは当然です。今の時代は電灯があるから、一時頃寝て、朝四時半に起きたら、病気になるわけです。伝記には、起きた時間だけ書いてあるのでが、彼らが寝た時間は書いてないのです。
 「これはいかん!これは罪だ!」と私は思いました。それから私は寝る時間を決めました。寝る時間はどんなに遅くても、夜十一時半には寝ようと決めました。朝起きるのは五時にしよう!と決めました。あれから五十数年間、私はずっと、特別徹夜祈祷会の場合は別ですけれど、ほとんど就寝時間を崩さずに来ました。
 なぜ健康でここまでこれたかとというと、寝る時間をしっかり決めたからだと思います。みなさん、寝ることは大切ですからよく寝てください。

 イギリスでリバイバルが起きた時、そこの人たちがものすごく働いたそうです。ジョン・ウェスレーだとか、チャールズ・ウェスレーという有名な人が出た時代です。しかし若い伝道者がぱたぱたと死んでいったそうです。その時、ウェスレーが語った言葉は、「彼らは馬鹿だ。働きすぎた」と言ったそうです。
 私たちが誘惑から遠ざかって、聖く歩む為には、まず健康である事が大切です。

 それからもう一つの秘訣は、悩みとか心配事を持ち込まないことだと思います。あるとき、私はいい事を教えてもらいました。浜松にジョセフ・シメオンソンという先生がいました。私はクリスマスの時、なんの予告もなしに先生の所に行ったことがありました。「先生!クリスマスおめでとうございます!」と行くと、先生はびっくりして、私にクリスマス・プレゼントをくれました。私は「ありがとうございます」と受け取り、重たかったですが、家に帰ってあけてみると砂糖でした。砂糖は嬉しかったですが、びっくりしたことに、包装を開けてみたら、「粗品」と日本人の名前が書いてあったからです。日本人の名前が書いてあるという事は、中を見ないで先生は私にそれをくれたということです。
 
 その時私はいい事に気がつきました。普通ならば、貰ったらすぐに開けて見なければいけませんけれど、その時、私は考えました。
 「あっ!そうか。クリスチャン生活も同じだ。」悩みがある時、持っているから重たいわけです。すぐにあげたらいいのです。いくら悩みが来ても、イエス様に「イエス様、お願いします」とあげたらいいのです。聖書の中にこう書いてあります。ピリピ四章六節、七節、

『何も思い煩わないで、あらゆる場合に、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。』

 みなさん、思い煩い、心配を自分で持たないことです。すぐにイエス様の所に行って、「イエス様、あげます!」とイエス様にあげなければいけません。詩篇五十五篇二十二節にはこのように書かれています。

『あなたの重荷を主にゆだねよ。主は、あなたのことを心配してくださる。主は決して、正しい者がゆるがされるようにはなさらない。』

 みなさん、「病気」とは、病に気と書きますが、やはり心配事が関係しています。
 私と家内は長い間、六十一年間、一緒に生活をしてきました。しかし一つ決めたことがあります。教会をしていると、いろいろな人の問題があります。あの人がどうだ、この人はどうだといろいろとありますが、「寝るときは教会の問題を話すことは止めよう!」と決めました。ベッドに入っても、「あの人はどうだ、この人はどうか。」ではいけません。「眠る時間は自分たちの時間」と決めました。
 一つ、みなさん、何か心配事がきたら、心配しないで全部イエス様に委ねてください。そうしたら健康になります。もう一つ、ペテロ第一の手紙五章七節、

『あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。』

 思い煩いを、全て神に委ねなさい。神様があなたのことを心配してくださる。本当に感謝です。
 私も六十数年の間、伝道してきて、確かにイエス様が私のことを心配してくださいました。だから、限界のある頭で心配するより、なんでも解決できるイエス様にお委ねすることが大切です。

 それから、私の人生も終わりに近づいていると思います。八十二歳ですから、どこに行っても話していますが、「私ももうすぐ召されると思います。あと三十年くらいかと思います」と話していますけれど、三十年あるかどうかはわかりませんが、召される時が近づいていることは確かです。
 私には、どうしても神に聞いてもらいたい祈りがあります。それは何かというと、有名になるとか、そうではなく、「死ぬ日まで、妻を愛し通すことが出来るように」というのが私の祈りです。
 みなさん、いくら伝道者でも、もし、「浮気をしてた」なんてニュースに出たらどうでしょうか。教会はめちゃめちゃになってしまいます。今日まで、家内を愛して、家内と一緒に生活した事は、とても神の前に喜ばれることです。
 ヘブル人への手紙十三章四節、

『結婚がすべての人に尊ばれるようにしなさい。寝床を汚してはいけません。なぜなら、神は不品行な者と姦淫を行う者とをさばかれるからです。』

 毎朝、私は起きたらすぐに家内と聖書を三章読んで、共にお祈りすることにしています。旧約聖書をずっと読んでいるのですが、今度も聖書を読んでいる時、士師記の中に、サムソンという人がいます。サムソンは、トランクの名前に使われたりして、サムソンが強いということは誰でも知っています。
 サムソンという人は特別強い人でした。生まれた時から頭の毛を切らないナジリ人でした。それが彼の力で、ペリシテ人をロバの顎骨で一千人殺したなんてすごいです。彼は、二十年間、イスラエルを裁いた力ある人でした。
 しかし、彼の最後を見ると、結局どうなったかというと、デリラというペリシテ人の女を愛したのです。そうしたら、ペリシテ人が来て、「サムソンの力はどこにあるか。教えてくれ。教えてくれたら銀百枚をあげよう」ということで、デリラが、「あなた、力はどこにあるの?教えて」と聞きました。サムソンは初めは嘘を言っていたけれど、毎日寄り添って、「あなた力はどこにあるの?」と聞くので、とうとう彼は最後に、その女の言うことに負けて、「僕は頭の毛を一度も切ったことがないんだ。切ったら力がなくなる」と言ってしまいました。
 デリラはペリシテ人を呼んで、サムソンの髪の毛を切りました。その時、彼の力はなくなりました。どうなったかというと、聖書をみると、彼は捕えられ、二つの目玉はえぐり出されたと書いてあります。

 私たちがどんなに素晴らしい働きをしても、もしも、女性問題で負けたら、それで終わりになります。時々、世界には有名な伝道者がいても、不倫なんかをして人生が終わった人もいます。だから、死ぬまで、みなさんもとにかく、奥さんをを愛して下さい。それから、独身の方々はこれから良い結婚をすることです。これがアメリカの先生が私に教えてくださった第二番目の誘惑についてです。「異性に気をつけるんだよ」と言いました。

 その次は何かというと、不信仰だと言いました。信仰とは何かというと、聖書を神の言葉だと信じることです。みなさん、私たちの信仰はどこまでも聖書です。
 御言葉をしっかり信じ込むことが大事なことです。先週、私が水、木とお話をしましたけれども、その時に「御言葉の上に立ちなさい」というメッセージをしましたが、クリスチャンで素晴らしい勝利の生活をすることは、御言葉をよく読むことから始まります。
 みなさんの中で、一日一章以上聖書読んでいる人はどのくらいいますか?案外いますね。素晴らしいです。読んでいない人は読みなさい。ただ、感情じゃいけません。「今日はいい天気だな。今日は誰かが誉めてくれたな。調子がいいなぁ。儲かったなぁ。」このような感情は消えてしまいます。
 しかし、どんなことがあっても聖書は一章でもいいから必ず読むことです。礼拝の時に全部はわからなくてもいいけど、一つでも、「順牧師の話、ここが良かった」とか、「信先生の話、ここが良かった」とか、「実先生の話、ここが良かった」とか、大勢の説教者がいるでしょ。みなさん、一つでもいいから御言葉を捕まえておくことです。不信仰にならないことは非常に大切なことです。

 それから、金銭の問題に関しても気をつけなさいと教えられました。
 今日、順牧師はどこで集会をしているかというと、大分カルバリーチャペルです。橋本守という先生の教会で午前中と午後あります。昨日もインターネットでメッセージを聞きました。昨日も釘宮先生の所で、その前は中津で集会をしました。
 明日は順牧師はどこに行くかというと、イエス・キリスト栄光教会という所に行きます。その教会の牧師先生は女性です。ご主人は信徒。ご主人は奥さんにお茶を出したり、また、牧師の接待をするのがご主人なんです。
 随分昔の話になりますが、私の所に電話がかかってきました。
 「滝元先生。先生がお書きになった我土方なれどという本を読みましたけれども、私、すごく感動しました。」と言われました。その方は銀行員で何十年も銀行で働いた方でしたが、「私も献身したいと思います!」と言われるのです。献身ということはイエス様のために働きたいということです。「献身するのはいいことでしょうか?悪いことでしょうか?教えてください」と言われるのです。
 それは二十数年前かと思いますけれど、私は「そうですか。愛知県民の森で青年リーダー研修会がありますから、そこに来なさい。そこで決めなさい」と言いました。すると、大分県からわざわざ休みを取って愛知県民の森に来られました。ちょうどその時に、大川従道先生がメッセージをしました。大川先生のメッセージは、「マタイの献身」というテーマで話されました。マタイは取税人で銀行員です。金を数えていました。そのマタイがイエス様に「わたしに従ってきなさい」と言われて献身しました。その話を大川先生がされて、「あっ!私のためだ!献身します!」と決心しました。
 彼女は長い間、銀行に勤めていましたが、止めて、家に帰って、「お父様、お母様、私はこれから献身して神学校に行きます」と言ったそうです。すると、お父さんがものすごく怒ったそうです。なぜ怒ったかというと、その方には妹たちがいて、その方の儲けたお金で、妹たちの学費を出していたからです。
 そうしたら、その人が属していた教会の牧師先生は、えらいと思いますけれど、その方に「あなた、献身するんだったら、お父さんとお母さんに、あなたの貯めたお金を全部差し上げなさい。それから神学校に行きなさい」と言ったそうです。
 もらったお金ではありません。自分で貯めたお金をお父さんとお母さんにあげなさいと言うのです。お父さんたちは彼女が献身したら妹たちの学費を出せないということですから、そこで、「はい!わかりました!」と言って、その方は貯めていたお金を出して「お父さん、私は神学校に行くけれど、これで妹たちを学校に出してあげてください。お父さんたちも生活してください。」と全部出したそうです。
 私は聞きました。「いくら出したの?」と言ったら、三千万円出したというのです。長いこと働いて貯めた、三千万円、父と母に渡したそうです。お父さんとお母さんはにこにこして「行っといで」と言ってくれたそうです。
 でも、偉いじゃないですか。献身するということは犠牲を払っても従っていくということです。
 それから、日本キリスト教団の神学校を出て、帰って伝道をしていました。しかし赴任先の教会は、私も甲子園ミッションの時に行った時にメッセージをしました。そうしたら最後に「今日の献金の報告を致します。今日の捧げられた献金は、百七万でございます」というのです。集会に三十人くらいしかいないのに、百七万円。びっくりしました。すると長老が、「領収書書いてもらいなさい。そんなに出るはずがない」と言うのです。誰が出したかというと、その先生が百万出したのです。
 なぜ出したかというと、お父さんとお母さんの土地が大分空港の土地のすぐ近くにあったそうです。すると、空港で是非とも売ってくれということで、その土地を売ったことによって、多くの土地代が入ったそうです。だから、お父さんとお母さんは三千万円全部そのまま、「牧師になった時にはおまえに返します」と返してくれたからです。
 けれど、その教会の長老たちは偶像と妥協していました。その先生が燃えて帰って、「みなさん!罪から離れましょう!偶像はいけません!」と話すと、「そんな話はするな!そんな話をするなら出て行け!」と、とうとう教会から追い出されたのです。それで、何年か前から、新しく始めている教会に明日、順牧師は行くのです。

 しかし、みなさん、神様に真実に従うと神様は祝福してくださいます。私たちも不信仰にならないで、しっかりしていかなければいけないと思います。

 そしてもう一つ、私に教えてくれたのは、不調和だと言いました。不調和ということは、ある教会に行くと一匹狼の先生がいます。「私の言う事はなんでも聞け!」というような、なかなか協力しない人がいます。ミッションをやっていると、協力しない先生がいます。「俺はおまえたちとはやらん」と。人と仲良くすることは大切です。仲良くしなければいけません。

 私の人生の中で、一番大きな宝は何かというと、みなさんによく話していますけれど、甲子園ミッションをやった時に、いろいろな所から中傷があって妬みがあった時に、県民の森に上がって祈って、「イエス様!力をください!何でも私は悔い改めますから教えてください!」と祈った時に、言われたことは、「あなたに反対して、妨害して裏切った人たちを全部許しなさい。許すだけじゃなくて祝福しなさい。」
 あの言葉をイエス様が語られた時、私はいろいろと反対した牧師たちや裏切った人たちの名前を出して、「イエス様。許します。このことによって彼らが災にあったりすることがないように祝福します」と祈りました。そのように最後に祈った時に、「立ちなさい!さぁ、行くのです」と言われました。
 イエス様がおっしゃったことは私にとって宝です。「立ちなさい!さぁ、行くのです!」心から人を許し、祝福した時、祝福が来ました。
 みなさん、私たちも人生の中で大切なことは、私たちが許すこと。憎んでいてはいけません。
 それからもう一つ、エペソ人への手紙 四章二十五節、

『ですから、あなたがたは偽りを捨て、おのおの隣人に対して真実を語りなさい。私たちはからだの一部分として互いにそれぞれのものだからです。』

 何を聖められなければならないかというと、クリスチャンは嘘を言ってはいけない。嘘はみなさん少しは隠すことができても、長続きはしません。私たちの信じる神様は真実なる神様だから、絶対嘘は言わない。
 ある時一人の宣教師がこう言いました。「滝元先生。気をつけてくださいよ。有名になると、いろんな教会に招かれますけれども、時々、小さい教会に何月何日に行きますと招かれた時、今度は大きい教会から招かれると、ある先生は小さい所をキャンセルして、大きい所に行ったりします。だけど、先生、そういうことはしてはいけませんよ。私の知っている先生が、都合が悪くなって来れないと言われましたが、その先生はその日、大きな教会に行って集会をしていました」と言われました。

 私は田中先生と一緒に三十六年間一緒に働いたけれど、先生と一緒に決めたことは、「絶対に約束したことは破らないように、嘘は言わないように。」これが聖めになりました。
 田中先生が救われた時、ちょうど桜淵でキャンプがあってオーケ・レナンデルという先生がいて、「君。今晩、集会があるから来なさい」と言われ、田中先生は「はいはい!行きます!行きます!」と答えて帰ったそうです。
 しかしその晩は行かなかったんです。その次に田中先生は「こんにちわ〜!先生!」と言ったら、レナンデル先生は「あんたは嘘つきだ」と頭を捕まえて、「昨日、来ると言って嘘を言ったじゃないか!」と言われたそうです。
 日本人には嘘も方便という言葉があって、「来なさい」と言われたら「はいはい!」と言ってしまうようなところがありますが、スウェーデン人は違います。来ると言ったら来る。然りは然り。否は否なのです。

 私は田中先生とスウェーデンに一九七二年に初めて五十二日間行きました。七十二回の集会をしました。行く時に長男が、「お父さん。あそこはスイスに近いから、いい時計があるから時計を買って来て」と言いました。「金があったら買って来るわ」と言いましたが、時計を買いに行きました。
 スウェーデン語は私も田中先生もあんまりわかりません。スウェーデン語でありがとうは「タックスミケ」、嫌だったら「ネータック」、そんなことくらい覚えているけど、時計屋さんに行って、田中先生と時計を見て、田中先生がまけてもらおうと言いました。先生はスウェーデン語もわからないのに、「ヤパンサービスアル」と言いました。「ヤパン」というのは日本のこと。「サービス」というのは日本語だか英語だかわかりませんが、「アル」というのは日本語ですから、「ヤパンサービスアル」と言ったら、首を振っているのです。いくら「ヤパンサービスアル。」まけてくれと言っても、全然まけてくれませんでした。
 そのまま買って、「スウェーデンの国はいくらまけてくれって言ってもまけてくれないんですね」と言うと、スウェーデンの先生が顔色を変えて、「先生!この国まで来てそんなに恥ずかしいことをしないでください。この国には二重価格はない。嘘がない」と言うのです。
 私は十六年間、スウェーデン人と働きましたが、嘘を言ったら終わりです。
嘘を言ってはいけません。何時何分に行きますと言ったら、行かなければなりません。嘘を言ってはいけないのです。これが聖められた生活です。そして、聖書の中にこういう言葉があります。エペソ人への手紙四章二十六節〜二十七節、

『怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。悪魔に機会を与えないようにしなさい。』

 怒っていると悪魔はうまく捕まえます。自分の怒りは正当だと考えますけれども、みなさん、私たちも聖められた生活をしなければなりません。それから、エペソ人への手紙四章二十八節、

『盗みをしている者は、もう盗んではいけません。かえって、困っている人に施しをするため、自分の手をもって正しい仕事をし、ほねおって働きなさい。』

 今の時代というのは、盗む必要はありません。トマト泥棒するなんて、終戦直後しましたが、今の子供たちに「トマトを持ってって」と言ったって、「そんな物いらんよー」という感じです。野菜も果物もいくらでもあります。今はいい時代です。
 しかし、私たちは神様の前にやはり十分の一を盗んではいけない。神様から与えられた物の十分の一は盗んではいけないのです。やはり神様に返しなさい。それが祝福になることができます。
 いろいろとサタンとの戦い、誘惑もありますけれど、しっかりと信じて、聖い生活を送りましょう。
 失敗したことがあったら、今日はこれから聖餐式がありますけれども、イエス様に赦していただいて、血潮で聖めていただきましょう。そして、心が痛んでいるのならば、イエス様の打たれた傷によって癒してください。病気の人は癒してください、とお祈りしながら聖餐にあずかりたいと思います。
 一言お祈りします。みなさん、一緒にお祈りしましょう。今日、何か悔い改めなければいけないことがあったら、悔い改めて、これから聖い道を歩いて行くことができるように祈ってまいりましょう。


 愛するイエス様。感謝をします。あなたは天から人の子としてこの地に来られて、私たちの罪を負い、十字架につけられて死んでくださったことを感謝します。聖書の中には病を負い、痛みを担ったとありますから、今日この中に病める人がいたらいやして下さい。イエス様ご自身の贖いによって、あなたが背負ってくださった十字架によって、病を取り去り、痛みを担ったとありますから、既に、あなたが呪いとなって痛みを受けてくださっていますから、痛みのある人が癒されますように。そして、これから聖い道を歩むことができますように。
 もし、今日、許せない人がいたら、許すことができるように。そして、また、神の御言葉をしっかり信じて、成長することができるように導いてください。これからの聖餐を祝福してください。イエス様の御名によって祝福してお祈りします。アーメン。